千葉大学 名誉教授、千葉大学真菌医学研究センター 呼吸器生体制御解析プロジェクト 特任教授、千葉大学医学部 呼吸器内科 非常勤講師、国際医療福祉大学医学部・大学院 特任教授
女性はもちろん、男性も気にしている人が多い「いびき」。昔は「熟睡している証拠」といわれていましたが、家族などから「うるさい」と言われるほどのいびきは睡眠に悪影響を与えるうえ、病気の原因にもなるので注意が必要です。いびきは体からのシグナル。早めに対策をとりましょう。
パートナーから「いびきがうるさくて眠れないので何とかして」と𠮟られたという40代男性が治療に訪れました。身長165cm、体重80kgの太め体型。本人に自覚はありませんが、パートナーからは「『グォー』というすごい音で頻繁に目が覚めるので、毎日寝不足だ」と冷たい視線を向けられているそうです。その一方で、このところ夜中に頻繁に呼吸が止まることがあり「死ぬんじゃないか」と心配されてもいる、とおっしゃいます。
いびきや睡眠中の無呼吸はどうして気をつけなければならないのでしょうか。いびき・無呼吸が繰り返されることにより、狭心症や心筋梗塞(こうそく)などの心疾患、脳梗塞や脳出血、クモ膜下出血などの脳血管疾患、糖尿病といった突然死や命に関わる疾患を引き起こすことは珍しくないからです。
睡眠中に10秒以上呼吸が止まる「無呼吸」が1時間に5回以上発生するのが「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」です。無呼吸のあとは、大抵「ガハー」といった大いびきになります。SASはさまざまな生活習慣病を引き起こしたり、悪化させたりすることが知られています。中でも注目されるのが、脳卒中など深刻な疾患と深く関わっている高血圧です。
呼吸が止まると血圧が高くなるのはなぜでしょう。睡眠中に何度も無呼吸になると、そのたびに体内の酸素が不足します。その影響で全身の血管が収縮し、血圧が上昇するのです。後述する「上気道抵抗症候群」の方も同様のリスクを抱えています。
さらに、SASは不眠、頭痛、だるさ、集中力低下などの症状が出る場合も多く、これが交通事故やうつ症状といった、より重大な問題につながる心配があります。
毎日大きないびきをかくだけなら「単純いびき症」といい、それだけであれば健康に大きな影響はありません。しかし、進行するとSASに移行することもあり、注意が必要です。
そもそも、なぜいびきをかいてしまうのでしょうか? いびきのあの“音”は、口蓋垂(こうがいすい=いわゆる「のどちんこ」)やその上の軟口蓋が振動する音です。
呼吸をするときに空気が通る、鼻やのどの部分を「上気道」といいます。上体を起こした姿勢から仰向けに寝ることによって、この上気道が狭くなることがいびきの主な原因です。特に上あごの奥や舌のつけ根がふさがりやすくなります。そうなると、寝ていても息苦しさから呼吸をしようという努力が生じます。それにより上気道は開き、おもいきり息を吸うと口蓋垂などが振動してしまうのです
人は通常、鼻で呼吸をする方が、舌などによる気流の抵抗が少ないためスムーズです。鼻の粘膜には空気の流れを感知するセンサーがあり、呼吸のリズムを保つのにも役立っています。しかし、息苦しいときは、多くの酸素を吸い込むのに効率的な口呼吸になり、前述の鼻のセンサーが作動しなくなって呼吸が乱れることもいびきの原因になります。
お酒を飲むと、いびきが激しくなったり普段かかない人がいびきをかいたりすることがあります。なぜかというと、上気道を開く神経活動が低下して筋肉がゆるみ、呼吸の通り道が狭くなるからです。過度に飲酒すると鼻粘膜が充血し腫れ上がって鼻では呼吸しにくくなり、口呼吸をしてしまうこともいびきの原因になります。
体質や体の状態によって、いびきをかきやすい人がいます。
肥満はいびきの最大の原因です。太ると上気道にも脂肪がついて狭くなり、空気の通りが悪くなります。また、代謝のために必要な酸素の量は体重に比例して多くなるので、肥満の人はより多くの酸素を必要として懸命に呼吸します。たくさんの空気が一度に上気道を通ろうとするので、いびきの症状が出やすくなります。
顎の骨格が小さい、あるいは顎が後退していると舌がのどの奥に沈み込むなどして上気道を狭くする可能性が高くなります。
女性ホルモンにはいびきを防ぐ働きがあります。そのため男性や、閉経後で女性ホルモンの分泌が低下した女性は注意が必要です。
心身が疲労しているときも、人は酸素を多くとり込もうとして口呼吸になりがちです。さらに疲労時は上気道の筋肉のゆるみが顕著になり、舌がのどに落ち込みやすくなります。
いびきには病気で出るものもあります。
SASは、ほとんどは上気道がふさがることが原因です。また、患者さんの約75%が肥満傾向にあります。無呼吸時は、腹部や胸部は動いているにもかかわらず、呼吸(気流)は停止しています。ほとんどの場合、無呼吸に加えて睡眠中に息苦しくなり頻繁に目が覚める、日中は居眠りしやすいといった自覚症状があります。
前述の単純いびき症とSASの中間状態です。睡眠中に上気道が狭くなり、強く呼吸をしなければ十分に空気を取り込めないので、睡眠が分断される、激しいいびきをかくといった症状が現れます。熟睡できないので日中に集中力や思考力が低下したり、激しい眠気に襲われたりすることがあります。
単純いびき症に関連した疾患は、アレルギー性鼻炎、鼻中隔弯曲症、慢性副鼻腔炎(蓄のう症)などによる鼻づまり、扁桃(へんとう)の肥大によりのどの通り道が狭くなっているなどが考えられます。逆にいびきで口呼吸をすることが、咽頭(いんとう)炎などの原因になる場合も少なくありません。
最初に述べたように、いびきは放置すると深刻な病気や、睡眠不足による生活への影響を引き起こす恐れがあるので、検査や治療を検討しましょう。最近は「睡眠時無呼吸外来」「いびき外来」を設けている医療機関が増えてきました。医療機関では、まずいびきと無呼吸の種類や程度を検査します。SASや上気道抵抗症候群と診断されたら、治療の必要があります。特に高血圧などの合併症があるなら、悪化を防ぐためにも積極的に治療しましょう。治療には「CPAP装置」という呼吸を補助する機械や、マウスピースなどの器具を使用するとともに、減量を目指します。
一方、いびきをかいても呼吸は正常、あるいは無呼吸でもそれほど頻繁ではない、日中の眠気などの自覚症状がほとんどない「睡眠呼吸障害」という場合は、様子を見ることが多いようです。ただ、いびきが気になってよく眠れない、家族に迷惑をかけてしまうなど生活に支障がある場合は、医学的に必要なくても治療対象と考えてよいでしょう。うるさいだけのいびきでしたら、耳鼻咽喉科で口蓋垂・軟口蓋の切除、あるいは扁桃肥大のある場合は縮小術という方法もあります。
受診する医療機関に迷ったら、鼻やのどに問題がありそうな時や子どもは耳鼻咽喉科、肥満傾向の人は呼吸器内科へ相談してください。
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