医療法人社団善仁会 中田駅前泉クリニック 院長、医療法人社団ときわ 理事、横浜市立大学腎臓高血圧内科 客員研究員
定期健診や医療機関で問題がないからと血圧を気にせずに生活していたら、知らず知らずのうちに動脈硬化が進行――。高血圧とはあまり縁がないイメージの30代にも、そんな“隠れ高血圧”の人がいます。一方で、病院では血圧が高めに出るため、過剰な治療を受けている可能性がある人も。これらの人は、年に数回の血圧測定では正しく診断できなくても、家庭で血圧を測っていれば異常に気付くきっかけになります。
「病院以外では血圧を測ったことがないです。先生がいつも測ってくれるので……。血圧の薬は何があっても一生飲み続けるものだと聞いたことがあります」
70代の女性Aさんは、目まいとふらつきを訴えて救急外来を受診。頭部CTやその他検査では異常が見られず、経過観察目的で入院となりました。
Aさんは10年以上前に頭痛を訴えて受診した際、血圧が160台だったため降圧剤を処方され、その後も合計3種類の血圧の薬を内服し続けていました。
入院中、Aさんの収縮期血圧は70〜80台と低かったため血圧の薬を中止したところ、徐々に血圧が回復し100〜110台で推移。症状も落ち着いたため退院となりました。
Aさんは緊張しやすい真面目な性格。3カ月に一度の受診の際の血圧は高めだったので血圧の薬は欠かさず飲んでいました。糖尿病の夫に合わせて外食を減らし、ウォーキングを開始したところ目まいなどの症状が出てきたことが判明しました。
その後の調べでAさんはストレスがかかった時や緊張時、外食が続いた時のみ血圧が高くなることがわかり、退院後も血圧の薬は中止し状態が改善しました。
血圧は1日のうちに何度も大きく変わります。暑さ・寒さ、体調やストレス、食事、トイレ、会話、喫煙など、ちょっとした刺激でも変動のきっかけになります。ですから、健診や診察室で測った血圧が正常範囲内だからといって「高血圧ではない」とは断言できません。診察時の測定だけでは正しく診断できないタイプの高血圧は、健診などで見逃されることも。そんな“隠れ高血圧”には次のようなタイプがあります。
家庭や職場などでは正常値なのに、診察時(白衣の前)には緊張や不安のため高血圧の数値になってしまうタイプです。冒頭で紹介したAさんも、この「白衣高血圧」でした。このうち家庭では正常血圧の場合、合併症がなければ治療の必要性は低く、慎重に経過観察をします。
白衣高血圧とは逆に、健診や診察時は正常値なのに家庭や職場での血圧が高い人がいます。診察時には高血圧が仮面をかぶったように本当の姿が隠れていることから、仮面高血圧と呼ばれています。診察時以外の多くの時間帯で血圧が高く血管に高い圧力がかかり続け、気づかないまま放置すると動脈硬化が進むなど危険性が高まるため、治療が必要です。
仮面高血圧には、血圧が高くなる時間帯が決まっているものがあります。このうち、早朝の血圧が上昇するのを「早朝高血圧」、夜の血圧が高い場合を「夜間高血圧」と呼びます。
早朝には血圧が上がるホルモンが放出される影響や交感神経優位となるため、朝の血圧が高くなることが多いのです。早朝高血圧は脳血管障害や心臓病を発症する危険性が増加するといわれます。また、すでに高血圧の治療を受けていても、早朝に薬の効果が切れて血圧が上がってしまうケースが多くみられます。これらのタイプの人でも、24時間の血圧変動を測定する「ABPM」という検査で診断が可能です。
血圧とは、心臓から全身に送り出された血液が血管の内側(血管壁)を押すときの圧力のことです。血圧測定では心臓の収縮によって血液が送り出されるときの「収縮期(最高)血圧」と、血液が送り出された後に心臓が広がるときの「拡張期(最低)血圧」の2つの数値を測ります。いわゆる高血圧とされるのは家庭血圧135/85mmHg(診察室血圧140/90mmHg)以上です。
血圧が高くなる生活習慣は塩分過剰、運動不足、ストレスや睡眠不足、過労などです。特に塩分は高血圧以外にも心不全や腎臓病、がんなどの原因となりますので日本高血圧学会は1日6g未満に減らすことを推奨しています。
よく患者さんから、「(高)血圧の薬は飲み始めると、一生飲み続けなければならないんですか?」と聞かれますが、そんなことはありません。生活習慣を改善することができれば、薬を飲まなくても血圧の管理が可能になることもあります。「減塩に慣れてきたので、これまでの食事がしょっぱく感じるようになりました」と患者さんが言い、測定結果から「血圧が下がってきたので薬をやめてみましょう」という会話はよくあることです。
加齢は高血圧の原因の1つです。40歳を過ぎる頃から血管の弾力性が低下するため、少しずつ収縮期血圧が上がる傾向があります。しかし、30〜40代でも油断は禁物。前述のような血圧が高くなる生活習慣を続けていると、高血圧やそれに伴う合併症を発症するケースもあります。こうした人は、現在は正常(域)でも将来高血圧になる可能性が高いため、生活習慣に気をつけ、血圧の測定を続けることが大切です。
血圧は病院で測ればいいというのは古い考えです。「前回の健診では(最高血圧が)110だったのに今回は135だった」というような時、一時的に高くなったのか、ずっと高い状態(高血圧)かは、1回のチェックでは判断できません。
そこで役立つのが家庭血圧測定です。高血圧治療中の人の家庭血圧測定は、実際の血圧の状態を反映した結果を得やすい▽降圧剤を服用している場合などには効果の評価がしやすい▽1日の時間帯ごとの「日内変動」、日々の「日間変動」、季節ごとの「季節変動」、病院に行っていない間の「受診間変動」などを評価するのに最適▽合併症との関連が判断しやすい――ことがわかっています。そのため現在では、家庭血圧により治療の評価を行うことが推奨されています。
継続することで、生活習慣や自分の体の状態を把握することができるメリットがありますので、高血圧の人だけでなく、肥満、ストレスが多い、腎機能が弱い、正常な血圧の基準値ギリギリ、家族に高血圧がいる――などハイリスク要因のある人にも、万一の場合に備えて家庭血圧の測定をお勧めします。
市販の家庭用血圧計は「自動電子血圧計」が主に使われています。腕などに袋状のベルト(カフ)を巻いて、ボタンを押すと自動的に血圧を測定してくれます。指先や手首で測るタイプもありますが、日本高血圧学会は正確な測定値が得やすい上腕式血圧計を推奨しています。
血圧は1日の中で変化しています。そのため日本高血圧学会は、家庭で正しく血圧を記録するために、「朝」と「夜」の決まった時間に上腕で測定すること、また1回に2度測定してその平均値を取ることを推奨しています。そうすることで病院の血圧測定では見つからない、夜間高血圧、白衣高血圧などの早期発見にもつながります。
朝は排尿を済ませ、食事、服薬をする前に、夜は就寝前に、日々できるだけ同じ状態にそろえて測定をしましょう。直前に、喫煙やお酒、カフェインを含む飲み物を摂取することも血圧の値に影響するため避けてください。
正しい姿勢で測定しないと正しい数値が得られない場合があります。背筋を伸ばして椅子に腰かけ、上腕の素肌に巻いたカフが心臓と同じ高さになるようにします。1分程度安静にしてリラックスし、腕に力を入れずに測定しましょう。素肌を出すために上着の袖を無理やりたくし上げると、腕の血管を圧迫してしまい測定結果に影響します。きつい場合には袖を抜いて測定するようにしましょう。
前回も書いたように、高血圧は「サイレントキラー」とも呼ばれ、自覚症状がなく進行し、合併症で生活の質(QOL)を大きく低下させ、時には命を奪うこともあります。ですが、予防する方法はあります。健康長寿のためにも、若いうちから生活習慣を整え、定期的な血圧チェックを習慣にしましょう。大切なことは、毎回の測定結果を記録し、高血圧が疑われるときは早めに受診することです。
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医療法人社団善仁会 中田駅前泉クリニック 院長、医療法人社団ときわ 理事、横浜市立大学腎臓高血圧内科 客員研究員
全人的総合的腎不全医療(Total Renal Care:TRC)を推進・普及させるためにアウトリーチ活動を行っている。一人ひとりの腎不全患者が自己管理や行動変容を実現するための教育というミクロなアプローチから、腎不全患者自身がさまざまな治療の選択肢を持てるようにするための社会システム全体の構築というマクロなアプローチも積極的に行っている。