連載明日に生かす「感染症ノート」

東京五輪で「はしか」流行も?! 免疫がない人はワクチン接種を!

公開日

2019年06月24日

更新日

2019年06月24日

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2019年06月24日

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藤沢市民病院 臨床検査科

清水 博之 先生

東京オリンピック・パラリンピックまであと1年となりました。今年9月にはラグビーワールドカップ日本大会も開幕します。このような国際的なイベントでは、多種多様な国の人々が1カ所に集まる機会が多くなります。すると日本国内では流行していない感染症が、海外から持ち込まれる可能性が高くなります。中でも最も懸念されるのが麻疹(はしか)です。日本国内では免疫が不十分な人が少なくないため、持ち込まれれば大規模な流行になる危険性があります。どのような備えがあれば安心でしょうか。

東南アジア旅行から帰国後に発熱

もともと健康で元気だった20代男性Aさんは、東南アジアに7日間の旅行をしました。現地では世界遺産などの名所を巡り、アクティブに過ごせたようです。日本に帰国して10日目から38℃台の発熱と、せきや鼻水が出はじめました。近くの内科を受診したところ“風邪”と診断されて、解熱薬やせき止めをもらいました。3日ほどして、一旦平熱に戻りましたが、その翌日から再度発熱、同時に全身に発疹が出てきました。解熱剤を飲みながら、何とか仕事を続けていましたが、徐々にせきも悪化してきたため、もう1度内科を受診しました。

Aさんを診察した医師は当初、症状から一般的な風邪と考えました。しかし、2回目の受診時には発疹が出ていたため、普通の風邪とは違うのではないかと思い、いくつかの感染症を頭に浮かべました。海外での感染も考えて、「最近海外旅行に行っていませんか」と尋ねたところ「2週間くらい前まで東南アジアを旅行していました」「もうだいぶ前のことなので、今の熱や発疹は関係ないですよね?」と答えが返ってきました。

日本では少なくなっても海外では流行している感染症はたくさんあります。また、感染症の原因になる病原微生物によっては、感染してから発症するまでの期間(これを潜伏期間といいます)が長いものもあります。特に発疹が現れるウイルス感染症として有名な麻疹、風疹水痘(水ぼうそう)などは、いずれも2週間ほどの潜伏期間があります。Aさんは帰国して10日目に症状が出てきたので、渡航先で感染した可能性は十分にあるということになります。東南アジアに滞在していたこと、症状の経過から、医師は麻疹が疑わしいと考えました。

東南アジアのイメージ

「はしかのような」と軽視は禁物

昔から「はしかのようなもの」という言い回しがあり、麻疹は誰もがかかる“通過儀礼”のような病気というイメージがあるかもしれません。実際、数十年前の日本では、近所の子どもから感染して発症した人もたくさんいました。1960年代にワクチンが開発され、78年から定期接種化(公費助成による接種)されたことにより、あらかじめ防ぐことができる病気となりました。おかげで感染者の数は徐々に減り、ついに2015年に日本は国際的に「麻疹排除国」の認定を受けることができたのです。

ところが、海外、特にアジアとアフリカではまだ流行していて、世界中で年間9万人の死亡者が出ています。そのため、最近はAさんのように海外で感染して日本に帰国してから発症するケースがとても増えています。さらに、オリンピックのような大きなイベント時には、潜伏期間中に入国した外国人旅行者が起点となって、国内で流行が起こることも想定しておかなければなりません。

1人から14人に感染拡大

麻疹は、実はとても恐ろしい感染症です。その理由は2つあります。

1つ目は感染力の強さです。麻疹は空気感染で人から人へと感染します。発症している人がくしゃみやせきをすると、その人の周りには麻疹ウイルスを含んだしぶきが飛び散ります。そして乾燥し水分がなくなると、軽くなったウイルス粒子はそのまま空気中を長時間漂います。これを他の人が吸い込むことで、感染します。

例えば麻疹を発症した人が1人いると、周囲の12~14人が感染するといわれています。インフルエンザウイルスなどは長い時間漂うことができず、1人の発症者から感染するのは周囲の1~2人に限られるのと比べると、麻疹ウイルスの感染力が圧倒的に強いことがお分かりいただけると思います。

2つ目の理由は、合併症が多いことです。肺炎中耳炎心筋炎脳炎などを合併することがあり、この確率は全体の30%にも達するといわれています。また、頻度は低いですが、麻疹に感染して7~10年後に発症する亜急性硬化性全脳炎(SSPE)は、有効な治療法がなく、知的障害や運動障害が出現しやがては死に至る恐ろしい合併症です。

典型的な症状が出ないケースも

麻疹はおよそ10~14日間の潜伏期間を経て、発熱やせき、鼻水などの風邪症状が出現します。発熱は38℃前後で、さらに目ヤニや目の充血などの結膜症状を伴い、徐々に悪化します。その後1度熱が下がりかけますが、半日くらいのうちに再び発熱し、このときに発疹が出現します。発疹は頭や顔から始まり、全身に広がります。

ところが、麻疹を発症する人全員で上記のような症状が見られるわけではありません。冒頭で紹介したAさんは子どものときに1回だけワクチンを接種していました。1回では確実に免疫がついているとはいえません。このような人が麻疹を発症した場合、発熱が微熱であったり、発疹が体の一部にしか出なかったりすることがあります。「修飾麻疹」と呼ばれるこのような発症の仕方では、医師が麻疹を疑うことが難しく、診断が遅れてしまう可能性があるという問題が生じます。

ワクチンを接種すべき人は

麻疹の感染力は極めて強く、手洗いやマスクでは防ぐことはできません。最も確実で効果の高い予防方法はワクチン接種です。1才以上で2回接種している人、もしくは過去にかかったことが明らかな人は充分に免疫を持っていると考えます。自分の母子手帳を確認していただき、この条件を満たさない人は、ぜひワクチンを接種しましょう。特に1972年(昭和47年)9月30日より前に生まれた人は、定期接種化されたときに6歳以上で対象から外れていたため1回もワクチンを接種していない可能性があり要注意です。

もし免疫がない人が麻疹ウイルスにさらされたらどうすればよいでしょうか。発症している人に接触してから72時間以内であれば、緊急にワクチンを接種することで発症を予防できる可能性があります。また接触してから6日以内であれば、「ガンマグロブリン」を注射することで予防できる可能性もあります。ただし、どこの病院でもできるわけではありませんので、かかりつけの医師と相談してください。

ワクチン

周囲に多大な迷惑も

冒頭のAさんは2回目の受診時の検査で麻疹に感染していたことが判明しました。幸い合併症もなく、症状は徐々に改善して発疹も消えました。Aさんもほっと一安心の様子でしたが、問題は周りの人たちへの影響です。麻疹の感染力は強烈です。Aさんは発症している状態にもかかわらず、仕事に行っていました。さらに家には小さい子どももいます。ワクチンを1度も接種していない子どもが感染したら、発症する可能性は100%です。会社の同僚や家族は皆、麻疹に感染している可能性があり、保健所の調査が行われることになりました。

Aさんは「麻疹は聞いたことのある病気でしたが、これほど感染力が強いとは知りませんでした」と話していました。麻疹を発症してしまうと、周りの人たちに多大な迷惑がかかることも知っておいてほしいと思います。

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