毎日暑い日が続いています。夏にお腹が痛くなると、「食中毒」を思い浮かべる人が多いと思います。厚生労働省の統計によると、食中毒は年間を通して発生していますが、梅雨の時期(5月~6月)と夏(7月~9月)は湿度や気温が高く、細菌が増えやすいことから、特にこの時期に多く発生します。また、食中毒の原因は細菌だけではありません。ほかにもウイルス、寄生虫、自然毒など病原体の種類は実に200種類以上もあります。夏が終わって冬が来たら、今度は冬の「食中毒」であるノロウイルスに注意が必要になります。サバやイカなどが原因になるアニサキス、キノコやフグなどの自然毒は季節を問わず発生しています。
食中毒は誰もが感染する可能性があり、とてもつらいものです。新型コロナウイルス感染症が五類感染症になり、今年の夏は外で食べたり飲んだりする機会も多くなったと思います。感染しないようにするために私たちはどのようなことに気を付ければよいでしょうか。
普段とても元気な10歳の男の子Aくん。楽しみにしていた夏休み、親戚が集まって皆でバーベキューをすることになりました。近くのスーパーで買ってきたお肉や野菜をお父さんがトングで焼いて、Aくんのお皿に同じトングを使ってお肉を取ってくれました。Aくんはお肉が大好きで、お腹いっぱい食べて、とても楽しい一日でした。その2日後、Aくんは朝からお腹が痛くなって、トイレに行ったら下痢でした。その後、熱が出てきて、便に血が混じるようになりました。
次の日になっても腹痛と血便が続いたため、お母さんはAくんを小児科に連れて行きました。診察の結果、細菌性腸炎、「恐らく食中毒ですね」と小児科の先生に言われ、水分をよく取るようにアドバイスを受けました。その後、少しずつ症状は改善して、いつもの元気なAくんに戻りました。
食べ物の中で温度や湿度などの条件がそろうと細菌が増えて、その食べ物を食べることでヒトの体に細菌が侵入します。そして胃や小腸、大腸で炎症を起こして腹痛、下痢(便に血が混じる血便になることも)、嘔吐を起こし、食中毒を発症します。細菌の代表的なものには、腸管出血性大腸菌、カンピロバクター、サルモネラ菌、ウェルシュ菌などがあります。簡単にそれぞれの細菌の特徴を知っておくことも予防に役立ちます。
まず毎年夏になると耳にすることも多い腸管出血性大腸菌が一番有名かと思います。これは牛や豚の腸管内にいる病原性の高い大腸菌でO157、O111、O26など多くの種類があります。加熱不十分な肉が原因になることが多いですが、感染力が強いためこれらの細菌が付着した食べ物はどのようなものでも感染源になり得ます。例えば、過去に冷やしキュウリ、井戸水、浅漬けなどを介して集団感染に至った事例も報告されています。カンピロバクターは家畜の腸管内にいる細菌で、食肉の処理過程の中で付着し、加熱不十分な鶏肉などが原因になります。サルモネラ菌は、牛、豚、鶏などの食肉や鶏卵などが原因になります。さらにサルモネラ菌は、ミドリガメなどにも付着していて、触った後の手洗いが不十分なために感染することもまれではありません。ウェルシュ菌はカレーやシチューなどの肉を使った煮込んだ料理を、常温の室温に放置したときや、再加熱が不十分なときに増殖した細菌を摂取して感染します。これはウェルシュ菌が熱に非常に強いという特徴があるためです。
また、感染してから発症するまでの時間(これを潜伏期間といいます)が細菌によって異なることも知っておきたい知識です。カンピロバクターや腸管出血性大腸菌は比較的長くて、摂取してから2~7日間かかります。一方でサルモネラ菌やウェルシュ菌は6~48時間で短いことが特徴です。この潜伏期間を考えると、原因となった食べ物を特定しやすくなります。
厚生労働省の統計によれば、食中毒の起こっている場所は飲食店が約40%でもっとも多く、2番目は家庭内で約15%を占めています。そのほかは学校、旅館がそれぞれ数%で、感染場所が分からないケースも約30%あります。お肉を不十分な加熱で調理したり、カレーやシチューを再加熱する際に十分に温めなかったりすると、食中毒を起こすことがあります。スーパーなどで買ってきた食材に細菌やウイルスが付着している可能性もありますので、調理前にはしっかりと手洗いをすることが大切です。食中毒は外食のときだけではなく、自宅であっても十分に起こり得ることを知っておいてください。
食中毒を起こす病原体は私たちの身の回りに潜んでいて、感染する機会を虎視眈々とうかがっています。食中毒を防ぐための三大原則として(1)病原体を食べ物に付けない(2)食べ物に付いた病原体を増やさない(3)増えた病原体をやっつける――ことが大切です。
まず細菌を食べ物に付けないためにはどうすればよいでしょうか。一番確実な方法は、食べ物や食器に触れる前、触れた後に忘れずに手を洗うことです。ほかにも、先ほどのAくんのケースであったように、調理前の生肉をつかむのに用いたトングや箸には細菌が付いている可能性がありますので、焼けた肉を取り分けるときに使わないことも大切です。また、生肉や魚などを切ったまな板で、加熱しないでそのまま食べる野菜などを切ると病原体が付いてしまう場合があります。面倒ですがそのつどまな板を洗うようにしましょう。洗剤で洗った後は、熱湯をかけておくとより効果的です。
2番目に、食べ物に付いた細菌を増やさないためにはどうすればよいでしょうか。私たちは非常に多くの細菌やウイルスに囲まれて生活しています。まったく細菌を付けないで食べ物を取り扱うのはかなり難しいわけですが、食中毒を発症するにはある程度、細菌が増える必要があります。細菌の多くは高温多湿な環境(30~40℃)で活発に増えることができますが、低温(10℃以下)では増えるスピードが極端に遅くなります。すぐに調理しない食材は、常温で放置せずに速やかに冷蔵庫、冷凍庫に入れるようにしましょう。ただし、エルシニア、リステリアなどの一部の細菌は4℃以下でも増えることができますので、冷蔵庫に入れたら必ずしも安心というわけではありません。保管時間を短くして、できるだけ早めに食べきることが大切です。
3番目に、増えた細菌を減らすにはどうすればよいでしょうか。最終的にヒトの口に入る前に細菌を減らせばよいわけです。ほとんどの細菌やウイルスは加熱によって死滅します。特に肉は中心までしっかりと加熱することが大切です。目安は中心部分の温度が75℃で1分間以上です。
食中毒の症状は発熱、腹痛、嘔吐、下痢などが中心ですが、便に血液が混じる血便がみられることも多くあります。食中毒かなと思う症状が現れたらどうすればよいでしょうか。食中毒は胃腸炎の一種ですから、まずもっとも大切なことは、体から水分が失われて脱水症にならないよう、飲めるときに少しずつでもよいので水分を取ることです。冷たい水は腸を刺激しますので、常温の水や白湯がよいでしょう。赤ちゃんや小さい子ども、基礎疾患のある高齢者などでは脱水が進行しやすく、抗菌薬を内服したほうがよい場合もあるので、早めに病院を受診することも覚えておきましょう。病院を受診すると、医師や看護師から数日前からの食べ物や、生ものを食べたかどうかを聞かれます。すぐに忘れてしまいがちなので、過去3日間ほどの食事メニューを覚えているうちに書き出しておくとよいでしょう。
水分が取れるようになったら、次に少しずつ食べ物を取り始めましょう。できるだけ消化のよい食べ物、例えばおかゆ、うどん、野菜スープ、豆腐、リンゴ、バナナなどがよいでしょう。
治療薬がない食中毒も多く、基本的に対症療法で“嵐が過ぎるのを待つ”ことになります。怖い合併症として、腸管出血性大腸菌による溶血性尿毒症症候群や、カンピロバクターによるギラン・バレー症候群があります。前者は大腸菌が産生したベロ毒素によって、腎障害、貧血、血小板減少、意識障害などが起こり、重症例では血液透析が必要になることもあります。後者では四肢に力が入らなくなる神経障害がみられ、重症例は人工呼吸器管理が必要になることもあります。このような症状が現れたら、早急な受診が必要です。
食中毒は軽症から重症までさまざまです。重症例では死亡することもあり得るので、予防がとても大切になります。前述のように食中毒予防の三大原則は(1)付けない(2)増やさない(3)やっつける――です。食中毒を起こす病原体に関する正しい知識を持って、正しい感染対策を行いましょう。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。
藤沢市民病院 臨床検査科
藤沢市民病院 臨床検査科に所属する感染症内科医。出身は小児科であり、幅広い年齢の患者さんに対応できる医師。一人ひとりの患者さんに優しく丁寧な診療を行っている。