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厚労省が注意喚起―麻疹は死にもつながる危険な病気、そのリスクと対処法を知る

公開日

2023年06月28日

更新日

2023年06月28日

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2023年06月28日

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国際医療福祉大学救急医学 主任教授、国際医療福祉大学成田病院 救急科部長

志賀 隆 先生

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)が感染症法上の5類となり、社会も徐々に“コロナ前”に戻ろうとしています。ただ、COVID-19も含めて感染症との闘いに終わりはありません。現在、日本では麻疹(ましん)の感染発生が確認されています。麻疹ウイルスは、ワクチンが広まった今ではあまり知られていないかもしれませんが「感染しやすく、死にもつながる危険なウイルス」なのです。

基本再生産数が高く、空気感染する

2023年4月に茨城県が、海外渡航歴のある県内居住者の麻疹感染確認を発表。その後、感染確認前に同じ新幹線に乗り合わせていた2人の感染も判明しました。麻疹は、同じ空間の離れた場所にいるだけでもうつる、感染力の強い病気です。その後も断続的に感染事例の報告があり、厚生労働省などが注意を呼び掛けています。

麻疹は基本再生産数(Basic Reproduction Number:R0)がほかのウイルスに比べて極めて大きく、感染が広がりやすいのが特徴です。基本再生産数というのは、1人の感染した人が、免疫の獲得もしくは死亡によりその感染力を失うまでにほかの何人に感染させたかを示す数です。

ほかのウイルスと数字を比べてみましょう。

  • 麻疹:12~18
  • 風疹:5~7
  • インフルエンザ (スペイン風邪):2~3

――と、大きな違いがあることが分かります。

麻疹の主な感染経路は「空気感染」で、結核菌でも認められるものです。ほかのウイルスと違って、より小さな飛沫が空気中を長時間漂います。そのため空調などを通じて拡散し、長い距離を隔てても感染が起こり得ます。

ただ、麻疹ウイルス自体は熱、紫外線、酸、エーテルなどですぐに生存しなくなります。また、空気中や物体の表面での生存時間は短いことも分かっています。

海外からの輸入症例から始まる

日本にもともとあった麻疹ウイルス株、遺伝子型D5は2010年5月を最後に国内での検出はなくなっています。「適切なサーベイランスの制度の下、土着株による麻疹の感染が3年間確認されないこと、または遺伝子型の解析によりそのことが示唆されること」という排除達成の認定基準を満たしたため、2015年3月27日、WHO西太平洋地域事務局は、日本を麻疹の「排除状態」にあると認定しています。

現在の日本で、麻疹の感染は輸入から始まることになります。上記の麻疹のウイルスも遺伝子型D8(主にインド、ネパール、バングラデシュで流行)となっています。

普段は日本国内での感染はなく、ワクチンを打っていない方々もいます。また「排除状態」のため医師も麻疹を診ることがあまりないのです。そのため、一度流行が始まると感染が拡大しやすくなります。

具体的な症状は?

麻疹の症状は「カタル期」「発疹期」「回復期」の3つのフェーズに別れます。

カタル期

麻疹は感染した後に10~12日程度の潜伏期を経て症状が出てきます。典型的には、38℃前後の発熱が2~4日間続き、倦怠感が出てきます。そして、咳・鼻漏・咽頭痛などの上気道炎症状が現れます。また、目が充血して赤くなったり、目やにが出たり光をまぶしく感じたりするなどの結膜炎症状が現れるのも特徴です。感染力は、このカタル期がもっとも強いことが知られています。

小児の場合には倦怠感から不機嫌となります。小児では8~30%に下痢、腹痛を伴う消化器の症状が出ることが知られています。発疹が出る1~2日前頃に、頬の粘膜にやや盛り上がって周囲に赤みがある1mm程度の白色の点が認められることがあります。これはコプリック斑といわれます。

発疹期

カタル期の後は発疹期と呼ばれます。カタル期の体温から1℃くらい下がった後に、半日くらいのうちに再び高熱が出ることが多いです。その際に、特有の発疹が耳の後ろ・首・額のあたりに出てきます。この発疹はどんどん広がって、翌日には顔、胸やお腹、手足に広がっていきます。皮膚の発疹は、初めは赤くて平たい感じです。その後、盛り上がってきて、となりの発疹と融合していきます。発疹が出てからも発熱は3~4日間続きます。

回復期

発疹期の後は回復期に移ります。この頃になると解熱し、体の調子も改善してきて、元気も出てきます。発疹の色も薄くなり、すこし薄暗い色が残ります(色素沈着)。合併症がない限り7~10日後には回復していきます。ウイルスの排出は、発疹が出てから5~6日以後(色素沈着以後)は検出されないようになります。

死の危険もある合併症

麻疹は死に至ることもある非常に危険な感染症です。先進国でも約1000人に1人の割合で死亡する可能性があると考えられます。中でも、肺炎や脳炎の合併による死亡が多いのです。

肺炎

肺炎の合併は、麻疹患者さん全体の6%程度に認められます。特に、乳児では死亡例の60%は肺炎に起因すると報告されています。

麻疹ウイルスそのものによる肺炎は、感染後初期に認められます。基本的には、胸のX線写真で診断します。

発疹期を過ぎても熱が下がらない場合には、ウイルス感染の後に細菌による感染が起きていることがあります。これも診断は胸のX線写真で行います。細菌による肺炎の場合は、抗菌薬で治療します。

脳炎など

麻疹患者さん1000例に0.5~1例の割合で脳炎を合併します。思春期以降では、麻疹による死因としては脳炎が肺炎よりも多くなっています。発疹出現後2~6日頃に発症することが多いです。麻疹の重症度と脳炎発症には関係性はないとされています。脳炎になると致死率は約15%と非常に高い一方で、約60%は完全に回復します。しかし、25%に中枢神経系の後遺症(精神発達遅滞、けいれん、行動異常、聴力障害、まひなど)を残すとされています。

亜急性硬化性全脳炎(subacute sclerosing panencephalitis :SSPE)

麻疹にかかった後の重い合併症の1つとして、亜急性硬化性全脳炎があります。麻疹ウイルスの脳・脊髄への持続的な感染が原因で起きるものです。長い潜伏期間(感染しているが症状がない)の後に、進行する脳や脊髄の症状が出ます。その長さは4~8年とされています。SSPEの最終的な予後は非常に悪いことが分かっています。 

SSPEは男性の方が女性よりも2~3倍多いことが知られています。最近のドイツ・米国からの報告では、5歳未満の麻疹患者のうち、1300~3300人に1人がSSPEを発症したと推計されています。これは、従来考えられていた発症率よりも多いものです。

SSPE発症のリスクとして知られているのは、2歳未満での麻疹への感染です。潜伏期間を経て、6~10歳頃に発症することが多いです。まず、知能障害・運動障害が徐々に進行します。その後、ミオクローヌスなどの錐体・錐体外路症状(ふるえ、突発的な動き、筋肉が固まるような症状、顔がこわばるなどの症状)が出てきます。

成人発症例では、非典型的な経過を取ることが多いので診断が難しくなります。若く発症した進行する認知機能障害などが認められた場合は、SSPEも可能性として考えます。

修飾麻疹とは?

修飾麻疹は、ワクチンなどですでに免疫がある人に麻疹の感染が起きたときのことをいいます。上述したような典型的な麻疹の症状は出にくく、比較的軽症で、感染力も通常の感染と比べると弱いです。▽母親からの抗体を持つ乳児▽麻疹含有ワクチンによって誘導された免疫が不十分な場合▽麻疹ウイルスに曝露された後にヒト免疫グロブリンを投与された場合――など麻疹ウイルスに対する免疫が不十分な場合には修飾麻疹となります。潜伏期間も14日以上と通常の感染より長くなることがあります。症状は、微熱、発熱期間が短い、カタル症状を認めない、発疹があまり広がらないなど、かなり分かりにくいのです。そのため、修飾麻疹は、通常の麻疹とは異なり、症状のみから診断することは困難で、採血やPCRなどの検査をすることで診断が可能になります。ワクチン接種歴や渡航歴はもちろん、麻疹患者との接触歴、職場や学校での患者発生の有無の確認がより重要となってきます。

ワクチンの有用性

麻疹感染を避ける方法は「ワクチン」です。日本で排除状態になったのも、厚生労働省や市民の大変な努力でワクチン接種が浸透したことも大きいでしょう。ワクチンの効果は、1回接種による免疫獲得率は93~95%以上、2回接種による免疫獲得率は97~99%以上と報告されており、有効性は明らかです。ワクチン接種2週間後から麻疹の抗体が体内でみられるようになります。

通常のワクチン接種方法による予防に加えて、緊急でできることもあります。それは、麻疹患者と接触後、72時間以内に麻疹含有ワクチンの接種を受けることです。

ワクチンは初回接種後の反応としては発熱が約20~30%、発疹は約10%に認められます。ただ、いずれも軽症となっています。ごくまれに(100~150万接種に1例程度)脳炎・脳症が報告されています。実際に麻疹に感染したときの脳炎の発症率に比べるとはるかに低いところです。

私は2001年に医師になり、2006~2011年はアメリカで診療をしていました。その当時、麻疹に感染し、脳炎になって集中治療室に入院した10歳代の患者さんを担当することがありました。無事回復されたものの、大変な経過であったことを覚えています。その後、アメリカで麻疹の症例にあたることなく、2011年に帰国。程なく2015年に前述のように日本は排除状態になったのです。現在ベテランの医師や感染症を専門とする医師を除けば、麻疹の診断や治療の経験のある医師は極めて少なくなっています。また、ワクチンの普及とともに修飾麻疹の場合も多くなっています。その中で海外からの輸入による感染・流行が一度起きると大変です。1番危険なのはワクチン接種をしていない方々です。ぜひ有効な防衛策をご検討ください。
 

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国際医療福祉大学救急医学 主任教授、国際医療福祉大学成田病院 救急科部長

志賀 隆 先生

学生時代より総合診療・救急を志し、米国メイヨー・クリニックでの救急研修を経てハーバード大学マサチューセッツ総合病院で指導医を務めた救急医療のスペシャリスト。東京ベイ・浦安市川医療センターでは救急の基盤をつくり、国際医療福祉大学医学部救急医学講座教授に着任。後進の育成にも力を注ぐ。