「虫垂炎は外科手術の基本」ともいわれ、周りを見渡せば1人は手術を受けた経験者がいるほど、よくある病気です。痛みが出始めると急に悪化するため、激しい腹痛で救急病院を受診される方の中には、少なからず虫垂炎の患者さんがいらっしゃいます。痛みを我慢して時間がたつと、虫垂が破れたりして危険な合併症を起こすこともありますので、早めの対処が必要です。今回は、どんな時に虫垂炎を疑うべきかを説明します。
20歳の男子大学生Aさんは朝、みぞおちの痛みを感じました。「これは胃の痛みなのか? なんだか調子もわるい」。気分がすぐれず、朝食はオレンジジュースとトースト2、3口だけ。その日の講義を休んで横になっていました。その後、気持ちの悪さはひどくなり、ついにお昼には嘔吐(おうと)。そうこうしているうちに、痛む場所がだんだん右の下腹部に移動してきた気がします。歩いたり動いたりすると右下腹に痛みが響きます。母親にスマホでメッセージを入れると「病院に行って!」と返事が。病院はあまり好きではありませんが、そんなことを言っていられる状況でもありません。救急車を呼んで近くの救急病院へ。診察の結果、急性虫垂炎と診断され、手術を受けることになりました。
「虫垂」はおなかの右下付近、小腸との接合部に近い大腸から突き出た細長い器官で、一方の端が閉じた袋状になっています。虫垂は俗に「盲腸」ともいわれますが、実際の盲腸は虫垂がつながっている大腸の一部のことです。
何らかの原因で虫垂に炎症を起こしたのが虫垂炎です。治療しないままでいると、虫垂が破れる(穿孔)などしておなかの中に感染が広がり、腹膜炎を合併する恐れもあります。そうなってしまうと激しい痛みを生じ大がかりな手術が必要になってしまいかねません。ですから、早めに治療することが大切です。
虫垂炎に限らず、強い腹痛のため救急車で病院に運ばれることもあります。ただ、「どんな時に救急車を呼べばいいのか」「こんな状態で救急車を呼んでいいのだろうか」などと悩むこともありますよね。
私は、以下のような場合には救急車を呼んでよいと考えます。
――こうしたときには、手術や入院となる可能性が高いことが理由です。
上記に該当しなくとも病院に行くべき場合があります。腹痛とともに以下のような症状がある場合には、診察・検査をしてなぜ痛いのか、検討する必要があります。
上記のような症状があり、救急病院にやってきても、場合によってはすぐに診療してもらえず待つこともあります。診断が確定するまでの流れをご説明しましょう。
厚生労働省の方針もあり、救急外来では医師の診察の前に「トリアージ」が行われます。症状を聞き、血圧▽脈拍▽呼吸数▽体温▽血中酸素濃度(SpO2)――などを測定し患者さんの緊急度を判定することを言います。多くの場合、痛みが強い、血圧が低い、脈拍が早いなどがあれば、緊急度が高いと判断されて優先度が上がります。救急病院では、先に受け付けをしたからといって順番に診察が受けられるとは限らないことを知っておいてください。
順番が来ると、いよいよ診察。まずは問診です。この時、どのような症状の経過であるかは重要な情報です。おなかが痛くなったとき、考えられる病気は多数ありますが、病気によっては特徴的な痛み方があります。虫垂炎の際にはみぞおちの腹痛から始まり、次第に下腹に痛みが移動するという症状の経過が典型的です(ただし、当てはまらないケースもあります)。そして、過去の病気や手術・入院、薬のアレルギー、内服薬、などの情報を聞きます。内服薬などについて正確に把握できますので、「お薬手帳」があればぜひお持ちください。
診察では特に腹部を押した際の痛みが重要な手がかりになります。虫垂炎の場合は「右下腹部」を押したときの痛み(圧痛)や押した手を離したときの痛み(反跳痛)が典型的です。痛みの強さや広がりなどから「これは手術になりそうだ!」という強い印象を持つこともあります。
診断を確定し、手術が必要かなどを判断するために、以下のような検査が行われます。
レントゲンやCTで使われる放射線は、累積で多量に浴びると将来のご本人の健康や生殖に影響が生じる可能性もあり得るため、お子さんや若い患者さんではこうした検査を慎重に考慮する必要があります。これに対して、超音波(エコー)は被ばくの心配がありません。また、金銭的負担も比較的小さく、時間もそれほどかかりません。ですから、まずは超音波検査を行います。ただ、虫垂の位置が普段と違ったり、肥満体形であったりすると、画像的に虫垂をしっかりと確認できないことがあります。
採血検査だけで虫垂炎の診断はできず、補助的なものになります。体の中で起きている炎症、肝臓・膵臓(すいぞう)・腎臓の機能をみることができます。特に、胆石や膵臓からの痛みの場合に参考になることがあります。また、体の中のミネラルや血糖を確認することも多いです。
多くの場合は、その後の薬剤投与や脱水補正を考えて、同時に点滴もします。
成人の場合には、
――などのメリットがあるためCT撮影が行われることが多いです。
ただ、費用や被ばくの問題があります。加えて、診断を確かにするために使われる造影剤という薬剤によって腎臓の機能が一時的に悪化する可能性もあります。このため、きちんとメリット・デメリットそして必要性を説明し、理解していただいた上で話し合って実施しています。
これらの検査を経て、診断が確定します。
虫垂炎の治療の基本は手術です。
症状が始まってから24時間を超えているかどうかで、以下のように考えます。
24時間を超えない時、虫垂が破れていれば手術で治療。破れていない場合も手術をお薦めするものの、患者さん希望する場合は、抗菌薬などの薬物で治療します。いわゆる「薬で散らす」という方法です。
24時間を超えた場合には、「おなか全体に強い所見(汎発性腹膜炎といいます)」がある場合には手術で治療します。おなかの診察で「痛みの範囲が限られている」ときには薬物での治療となります。
また、 虫垂が破れて周囲にうみがある場合には、そのまま手術をすると切除範囲が大きくなったり合併症の危険が高まったりすることから、うみを排出するための管をおなかに入れる「ドレナージ」と薬物でいったん治療し、落ち着いた時点で手術も検討します。
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国際医療福祉大学救急医学 主任教授、国際医療福祉大学成田病院 救急科部長
学生時代より総合診療・救急を志し、米国メイヨー・クリニックでの救急研修を経てハーバード大学マサチューセッツ総合病院で指導医を務めた救急医療のスペシャリスト。東京ベイ・浦安市川医療センターでは救急の基盤をつくり、国際医療福祉大学医学部救急医学講座教授に着任。後進の育成にも力を注ぐ。