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肝硬変や肝がんはお酒と無関係?!C型肝炎との攻防30年史

公開日

2019年05月23日

更新日

2019年05月23日

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2019年05月23日

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湘南藤沢徳洲会病院 肝胆膵消化器病センター センター長

岩渕 省吾 先生

C型肝炎」という病気を、全く聞いたことないという方は少ないでしょう。ところがこの病気の原因ウイルスが発見されたのはわずか30年前の1989年、昭和から平成に年号が変わった年でした。当初は治療がなかなかうまくいかず、また副作用でつらい思いをする患者さんも多くいらっしゃいました。この5年ほどの間に新薬が続々と登場し、ついに内服薬だけでほぼ治る病気になりました。今回は、かつては治療が難しかったC型肝炎との攻防を振り返ります。

初めての献血でC型肝炎感染の指摘が

「会社に献血バスが来ていたので、初めて献血に協力したんです。そうしたらしばらくして自宅に『C型肝炎ウイルスに感染している可能性が高いことが判明しました。医療機関を受診することをお勧めします。今後の献血はご遠慮ください』というお知らせが届いたんですよ。特に体の不調があるわけでもないのですが、驚いたので急いで受診に来ました」。50代後半の男性患者さんは、困惑の表情を浮かべながら受診した理由をそのように話しました。

日本は“HCV汚染国”

AでもBでもない肝炎の原因ウイルスが1989年に米国で発見されました。「輸血後肝炎」や原因不明の「非A非B型肝炎」と言われてきた病気の原因は、ほとんどこのC型肝炎ウイルス(HCV)だったのです。

「肝臓の病気」というと、お酒の飲みすぎが原因と誤解をする方がいまだに多くいますが、実際には我が国の肝硬変の半数以上、肝がんの70%以上がHCV感染に由来することが明らかになってきました。それまで、お酒による肝硬変や肝がんと思われてきた患者さんにも、次々と感染が見つかりました。C型肝炎は自覚症状が乏しいため感染に気づいていない方も多く、献血や保健所の検査結果が報告されるにつれ、日本は驚くほどのHCV汚染国であることがわかりました。現在70歳以上の20人に1人以上が、1度は感染したことがあるのです。

当初はインターフェロンが治療の主役

HCVは主に血液を介して感染します。感染経路としては、汚染された輸血や血液製剤(現在、国内でHCVを含む血液や血液製剤が使用される可能性はほとんどありません)▽入れ墨▽消毒が不十分な器具を使ってのピアスの穴あけ▽覚せい剤などの注射器の使いまわし――などが考えられますが、原因不明であることも少なくありません。

輸血

インフルエンザなど一部のウイルスは、感染しても免疫機能によって排除され、自然治癒します。しかし、HCVではこのようにウイルスが排除されるのは3割程度。7割は持続感染となり、この状態で20~30年経過すると肝硬変や肝がんを発症します。

HCVが発見されて以来、長い間、抗ウイルス作用のあるたんぱく質「インターフェロン注射(IFN)」が治療の中心でした。当初、効果が見られるのは20~30%でしたが、「リバビリン(一般名)」という抗ウイルス内服薬の併用や、2004年には血中に長くとどまるよう改良された「ペグIFN」が開発され、約半数でHCV排除がなされるようになりました。さらに2012年以降、HCV遺伝子に直接作用する「テラプレビル(一般名)」「シメプレビル(一般名)」という内服薬が開発され、IFN、リバビリンとの3剤併用で80%以上をウイルス陰性化(検出されない状態)することが可能になりました。

ただしIFNベースの治療は、発熱や倦怠(けんたい)感などさまざまな副作用があるため中断例も多く、高齢や体力の弱い方には不向きでした。

INFベースの治療が中心だった1990~2013年の23年間、私が治療に関わった1121例でウイルスを排除できたのが53%、再発27%、無効ないし中断が20%でした。ウイルスが消えなければ肝硬変や肝がんに進んだ方も少なくなかったはずなので、IFNは大きな役割を果たして来たといえるでしょう。

インターフェロン不要の新薬が登場

2014年秋、IFNを必要としない、内服のみでウイルス増殖を抑制する、画期的な新薬が登場し、C型肝炎の治療は新しい時代に入りました。登場したのはHCV直接阻害剤(DAA)といい、HCVの増殖に関わる遺伝子領域に直接作用してウイルスが増えるのを妨げ、消滅させる薬です。

同年9月に第1弾のDAA2剤、2015年5月には第2弾1剤が発売。そしてDAA第3弾として2015年9月に登場したのが、「ソホスブビル(一般名)」と「レジパスビル(一般名)」の合剤です。商品名「ハーボニー」というこの薬は当初、1錠7万円と高価なことに加え、2017年には偽造品が流通する事件が起こったことでも話題となりました。

HCVの薬剤耐性変異が起こらず、初めてDAAで治療を受ける人であればほとんどが治るという、とても優れた薬剤です。

さらに2016年にも第4弾として2種類のDAAが発売となりました。これらは初回治療であれば、どの薬剤が選択されても良さそうですが、腎臓の悪い方や血圧が高く降圧剤の必要な方、不整脈や心臓に問題のある患者さんなどには、それぞれ適したDAAが選ばれることになります。

2018年初頭、5番目のDAAとして、「グレカプレビル(一般名)」と「ピブレンタスビル(一般名)」の合剤(商品名マヴィレット)が発売になりました。これまで発売されたなかで最も強力かつ副作用も少なく、それまでのDAAで治らなかった患者さんに、大いに期待されました

数年間に多くのDAA製剤が開発、販売されましたが、このマヴィレットは利点が多く、現在では第1選択薬になりつつあります。

“最後のDAA”はより症状が進行した患者にも使用可能

2019年2月には、日本で発売される“最後のDAA”とされる、「ソホスブビル」+「ベルパタスビル(一般名)」(商品名エプクルーサ)が登場しました。従来のDAAで治らなかった患者さんや、腹水や軽度の黄疸(おうだん)などがみられるといった、肝機能が保たれない程度まで悪化した「非代償性肝硬変」にも保険適応となります。

しかし肝硬変があまり進行していると、薬でウイルスが消えても肝機能や合併症がどこまで改善するかは別問題です。

まとめますと現在までに発売になった6種類以上のDAAのうち、現在はハーボニー、マヴィレット、エプクルーサの3種類程に絞られ、初回治療であれば限りなく100%、再治療も90%以上でHCVは排除されるようになりました。これらはいずれも高価ですが、治療費に関しては助成金制度が設けられています。保健所や専門の相談員(医療ソーシャルワーカー)などにご相談下さい。

相談の様子

ウイルスが消えても残る肝がんリスク

DAAの登場で、多くの患者さんでウイルスが陰性化しています。ただし、それだけで心配ないとは一概に言えないことが分かってきました。なかでも肝硬変に近い状態でウイルスが消えた患者さんは注意が必要です。

私が治療した患者さんをみますと、2015年から2018年秋までにHCVが消失した412例のうち、47例(11.4%)に肝がん発生が見られました。なかでも以前に肝がんがあり、治った方の再発が27例(肝がん治療歴がある例の41%)と多いのですが、初発の肝がんも20例(4.9%)と予想外に多く見られました。ウイルスが消えた後で肝がんの出た患者さんの半数は、肝硬変になってからDAA治療を受けた方です。

その他、肝硬変に近くなっていると、ウイルス陰性化後も静脈瘤(りゅう)やさまざまな合併症が持続することもあります。慢性肝炎では年1回、肝硬変では半年に1回は通院して検査することをお勧めしています。

HCV感染後長期間が経過し肝臓の状態が悪化すると、たとえ薬が効いてもその後も治療の継続が必要になったりがんのリスクが高まったりします。多くの自治体では、無料でHCVの検査を受けることができます。これまで一度もHCVの検査を受けたことがない方は、一度は採血検査をお勧めします。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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湘南藤沢徳洲会病院 肝胆膵消化器病センター センター長

岩渕 省吾 先生

聖マリアンナ医科大学第二内科助教授、大船中央病院院長を経て、現在は湘南藤沢徳洲会病院肝胆膵消化器病センターでセンター長を務める。豊富な経験に基づき消化器内科全般を専門とするが、なかでも肝胆膵疾患のエキスパートであり、現代の多くの人びとにとって深刻な問題である肝硬変やC型肝炎の治療を専門とする。