師走に入り、何かと慌ただしい季節になりました。忘年会、クリスマス、新年会など、お酒を飲む機会が増えるとともに、忙しい仕事のストレス解消のために普段よりも酒量が増えている人もいるかもしれません。しかし、「適量」を超えた飲酒を続けると健康に悪影響を及ぼし、一生飲めなくなってしまうことも。お酒が好きならばなおのこと、一生付き合っていけるよう、上手な飲み方を知っておきましょう。
お酒の好きな方にとって、一生お酒を楽しめる上手な飲み方というのは簡単なようでなかなか難しいテーマかもしれません。ほどほどであれば、健康増進や社会生活の潤滑油として、その効用は古くから知られています。一方、飲み過ぎると肝臓ばかりでなく、あらゆる臓器に障害を起こす可能性があります。中枢神経障害、精神障害(いわゆるアルコール依存)は有名ですが、膵(すい)炎の原因となることも多く、そのほか糖尿病、高血圧、脂質異常、心臓病や栄養障害など挙げればきりがありません。
このお酒の功罪の分かれ目はどこにあるのでしょうか。欧米人についてではありますが、1日の平均アルコール消費量と死亡率を調べたデータがあります。男性の場合、1日に飲むお酒をアルコールのグラム数に換算して、1日平均30g未満であれば死亡率は1.0以下、すなわち飲まない人に比べ長生きし、40g以上になると死亡率は1.0以上に上昇するというものです。
つまり30g未満であれば功罪の「功」が上回り、40g以上では「罪」が勝るというもので、まさにアルコール性肝臓病の危険域の分かれ目と一致しています。
一方、女性は男性に比べ明らかに許容量は少なく、1日20gを境に死亡率が分かれる結果です。「女性はアルコールに弱い」と言われるのは、単に酔いについてではなく体への影響のことです。最近では女性の飲酒機会も増え、気付かずに肝機能異常が進行しているケースもあります。特に採血の機会の少ない女性の場合、飲酒量には十分な注意が必要です。
お酒のアルコール量(g)とは、各種アルコール飲料の量(mL)×アルコール度数(%)×アルコールの比重(0.8)で計算された、純アルコールの重さのことです。ビールのロング缶1本なら、500mL×0.05×0.8=20g、日本酒1合であれば180mL×0.14×0.8=20.2gとほぼ同じアルコール量です。焼酎は25%が多く、薄めないで100mL、ウイスキーは45%なので56mL、およそダブル1杯が20gに相当するということです。
このアルコール20gを1つの基準(1単位)と考えると、日常の飲酒量を計算しやすく、お酒の体に与える影響や上手な飲み方を考える上でとても便利です。お酒の功罪の境目は、男性では1日平均2単位、週に14単位を超えると危険域、女性の場合はその約半分ということになります。ただしアルコールの分解や病気との関係は個人差が大きいので、後に説明する血液検査で体への負担をチェックすることも必要です。
お酒の種類について、痛風や糖尿病の患者さんでプリン体やカロリーの観点から指導されることはありますが、原則的にお酒の障害は飲んだアルコール総量が問題とされます。
飲酒するとアルコールは速やかに胃から小腸で吸収され、短時間で血液とともに全身を巡り、酔いが始まります。それと同時に肝臓で酵素の働きによって分解が始まります。この酵素には数種類あり、日本人は一部の酵素が生まれつき欠如ないし、働きが悪い方が多いと言われています。アルコールは肝臓で頭痛や二日酔いの原因となるアセトアルデヒドという有害物質などを経て、炭酸ガスと水になります。アルコールの血中濃度のピークは30分~2時間後で、飲酒量が多いほど遅れますが、飲み終われば直線的に低下を始めます。
アルコールが体から消える速度は、最も早い人と遅い人では4~5倍もの差があります。この速度には以下のような要素が関係するといわれています。
どんなに飲んでも体を痛めない薬や方法はありません。「お酒は1日アルコール2単位、女性は1単位以下に控えてください」と言ってしまえばそれまでですが、分解や身体への影響に個人差が大きく「一生楽しめるお酒の上手な飲み方」とは、人それぞれに合った体に害のない楽しみ方を学ぶことではないでしょうか。ここではそのコツを考えてみましょう。
まずは先のアルコール20gを1単位として、1日何単位で1週間に合計何単位飲んでいるか、合算してみます。先に述べたように、お酒の功罪の境目は男性が週に14単位、女性は7単位と考えるのが分かりやすいと思われます。
よく「休肝日が必要」といわれます。週に14単位以上飲んでいる常習飲酒家には大切なことですが、1日1単位程度であれば毎日飲んでいても問題ありません。1日3単位以上飲む日があれば、週の合計を14単位以下に抑えるには、当然休肝日が必要になる訳です。時には、週2日の休肝日が必要な人もいるかも知れません。このように酒量を週単位で考える習慣を付けるのも、お酒の害を避けるコツと言えるでしょう。
体を痛める酒量には個人差が大きいことと、内臓の障害は何歳からどのような飲み方をしてきたかなど若い頃からのアルコールの蓄積が問題となります。30歳を過ぎて仕事の関係で飲酒の機会が増えたという人は肝機能に異常が現れる年齢も遅いのですが、20歳前後の若い頃から飲み始めた人は、50歳を過ぎた頃、ある年齢になると検査異常が出ることは良くあります。
お酒の害は血液検査やアルコール依存に関する検査をしないと分からないものです。体調不良や症状が出てからではなく、1~2年に1回は血液検査でお酒の負担をチェックすることをお勧めします。サラリーマンは会社の健診がありますが、自営の方や女性は気付かぬうちに肝臓や膵臓を痛めている場合もあり、とくに注意が必要です。(検査の詳細は前回の「肝機能異常と言われたら」参照)
病気やけがで入院したり、しばらく飲まなかった後にお酒を口にすると、少量で顔が赤くなったり、酔いが回ったりするのは良く経験されるでしょう。これは肝臓のアルコールを分解する酵素の働きが関係しており、連日のように飲んでいると分解系酵素がフル回転しているため、酔いを感じるのに酒量が増えてしまう傾向がみられます。しばらく飲まずにいると分解酵素の働きが鈍り、酔いやすくなりますが、飲酒の機会が増えるにつれすぐ元に戻ってしまいます。このお酒の分解速度と酔いの関係は、少ない量で一生お酒を楽しめる上手な飲み方のヒントとなるかもしれません。
つまり週14単位以上飲んでいる人は、しばらく断酒ないし週7単位以下に減らし、再開後は14単位以下を保つことで、ほろ酔い加減でお酒を楽しめるようになる可能性があります。すでに血液検査でγGTPが異常値、特に100IU/L以上を示している人が一生お酒を楽しみたいのであれば、1~2カ月の断酒でγGTPの低下を確認後、再開しても酒量を増やさないことです。
その他、お酒の血中濃度を一定以上に上げない工夫としては、空腹で飲まないことや、酒席では水やノンアルコール飲料を常に手元に置いて喉の乾きなどでついお酒を飲んでしまうのを避けると、1週間のアルコール減量効果は大きいはずです。なお不眠で酒量が減らせないという方は病院を受診し、睡眠導入剤の処方を受けてください。
冒頭「一生お酒を楽しめる上手な飲み方というのは簡単なようで難しい」と申し上げたのは、酔いが回ってしまうと、自制できなくなるのが大きな原因かもしれません。お酒の功罪の分かれ目を知り、工夫をしながらほろ酔い加減で一生お酒を楽しみたいものです。
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湘南藤沢徳洲会病院 肝胆膵消化器病センター センター長
聖マリアンナ医科大学第二内科助教授、大船中央病院院長を経て、現在は湘南藤沢徳洲会病院肝胆膵消化器病センターでセンター長を務める。豊富な経験に基づき消化器内科全般を専門とするが、なかでも肝胆膵疾患のエキスパートであり、現代の多くの人びとにとって深刻な問題である肝硬変やC型肝炎の治療を専門とする。