連載健康おなかで快適生活

食べ物がつかえたり飲み込みにくくなったり…原因は「食道アカラシア」?

公開日

2019年07月11日

更新日

2019年07月11日

更新履歴
閉じる

2019年07月11日

掲載しました。
9c37a28df2

横浜市立大学医学部 医学教育学主任教授

稲森 正彦 先生

食べた物がつかえる、という状態は大変不快であると同時に、食道がんなどの悪性疾患を疑わせる症状でもあります。加えて、この症状をきたす病気の1つに、食道アカラシアというものがあります。一般の方にはあまり知られていないかもしれませんが、きちんと診断し治療を受ければ、つらい症状が改善するかもしれません。

食べた物がつかえて水で流し込む

「若いころから食べた物が胸につかえる気がして、水を飲んで流し込んでいました。寝ているとのどになにか戻ってくる感じがして吐くこともよくありました。食道がんなどの悪い病気が心配なので、今回よろしくお願いします」と外来を受診された50代の中肉中背の男性患者、Aさんは、おっしゃいます。

内視鏡検査を行いましたが、潰瘍、がんなどの病気は見られませんでした。しかし食道内に液体がたまっていて、食道と胃のつなぎ目付近の開きが悪く、内視鏡がなかなか通りません。内視鏡の検査医は食道アカラシアを疑い、まず食道造影を行いました。バリウムを飲むと食道が拡張してバリウムがたまり、なかなか胃へ流れていきません。その後専門施設で食道内圧検査を行い、診断が確定しました。

「せきが出る」「胸が痛い」も特徴的な症状

食道と胃のつなぎ目にある下部食道括約筋の開きが悪い(弛緩<しかん>不全)ことと、食道全体の動きが悪いことが食道アカラシアという病気本来の状態です。それでも、食べた物がまったく通過しないわけではないため、体重が減少しない方、貧血にならない方も多くいらっしゃいます。液体を飲み込むのが苦手な方、ストレスにより悪化する方、早食いで悪化する方――などもいて、体への表れ方はさまざまです。

患者さんは、前述のAさんのように、食べた物がつかえる、飲み込みにくい、食べた物が口の中に戻ってくる、吐く、せきが出る、胸が痛い(非心臓性胸痛)――などの症状で来院されます。一見して、食道がんなどの通過障害を起こす病気や、狭心症などの心臓病と近い症状であるため、それらの可能性がないことを確認したのちに食道アカラシアと診断されることがよくあります。

せきをする女性

食道アカラシアの発症率は人口10万人あたり1人/年と比較的珍しい病気で、男女差はないとされています。

内圧検査で食道の運動機能を測定

食道の機能を測定する検査として、「食道内圧測定」という方法があります。検査では、食道の下部にある下部食道括約筋が広がりにくいことを確認します。そのうえで、食道が胃に向かって食べた物などを送るために動く波動(蠕動波<ぜんどうは>)の具合を食道内圧で評価して、3つのタイプに分類します。

1つ目は食道内圧がまったく上昇しないものです。2つ目は少量の水を飲み込んだ時に、ある程度圧が上昇するもので、後述する治療の効果が良いことが知られています。3つ目は同じく水を飲み込んだ時に食道けいれん(spasm)が起こるもので、非心臓性胸痛との関連が疑われています。

このように食道内圧検査は詳しい情報を得ることができるため、診断における「ゴールドスタンダード(黄金律=確立された手法)」とされています。しかし、この検査を受けられる施設は、まだ少ないのが現状です。

医療機関

原因は不明?

食道アカラシアはなぜ起こるのでしょうか。患者さんの食道を細かく観察すると、食道壁内にあって消化管の運動調節などに関与する神経組織「アウエルバッハ神経叢(しんけいそう)」のニューロン(神経細胞)が変性したり消失したりしていることがわかっています。それが食道の機能不全の一因と考えられます。ニューロンの変性や消失が起こる原因としてウイルス感染、自己免疫などが疑われていますが、はっきりとはわかっていません。

消化管は上記の神経叢以外にも多くの神経により制御されていることが知られています。食道アカラシアの場合、胃と食道のつなぎ目が緩まなくなり異常な食道の収縮(同期性収縮)を起こす「抑制神経系の障害」と、食道の収縮がなくなる「興奮性神経系の障害」のいずれもが起こるとされています。こうした障害がなぜ起こるのか、現時点では明らかになっていません。

我が国では見られませんが、海外ではカメムシの仲間が媒介する原虫トリパノソーマによる感染症「シャーガス病」に合併して起こることが報告されていて、原因を解明するため研究が進められています。

薬物、内科、手術…さまざまな治療法

食道アカラシアには、薬物をはじめとしたさまざまな治療法があります。

薬物治療

残念ながら、どのような人にも効く「特効薬」と呼べる薬はありません。また食道アカラシアという病名に対して治験などの審査を受けて承認されている薬剤も執筆時点(2019年7月)ではありません。そのため、下部食道括約筋を緩める作用を持つなど効用がありそうな薬剤として、高血圧に対して使用されているカルシウム拮抗薬▽気管支ぜんそくの治療薬であるβ2刺激薬▽虚血性心疾患の治療薬である亜硝酸薬▽漢方薬である芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)――などが使用されています。

内科的治療

食べた物の通過をよくするために、胃食道接合部付近に専用のバルーン(風船状に膨らむ処置具)を入れて膨らませることで、周囲の筋線維を断裂させ食道と胃のつなぎ目を拡張する方法があります。

我が国では保険治療の対象にはなっていませんが、内視鏡を用いて胃食道接合部付近にボツリヌス毒素を局所注射する方法もあります。ボツリヌス毒素はある種の神経伝達物質に働き、胃食道接合部を緩ませる作用があります。

手術療法

まず我が国で多く行われているPOEMと呼ばれる方法が挙げられます。経口内視鏡を用いて食道の内側から下部食道括約筋を切断する方法で、現在先進医療で行われています。比較的新しい治療法のため、長期的な成績の評価が待たれています。

また世界的には、下部食道括約筋の切開を行うHellerの手術がよく行われています。この方法では、切開だけだと胃から食道への逆流がひどくなってしまうため、これを防ぐための「噴門形成術」を追加して調節することが一般的です。以前は開腹手術でしたが、近年は腹腔鏡下で行われることも多く、治療の身体的負担を減らしています。

食べた物のつかえや飲み込みにくさは、食道アカラシアをはじめとするさまざまな病気による症状かもしれません。これらに悩んでいる方がいらっしゃいましたら、かかりつけ医や消化器内科などに相談し、場合によっては紹介状をもらってきちんと検査できる医療機関を受診してみてください。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。