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おいしく楽しく食事ができない…原因は「機能性ディスペプシア」?

公開日

2019年04月18日

更新日

2019年04月18日

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2019年04月18日

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横浜市立大学医学部 医学教育学主任教授

稲森 正彦 先生

「もたれ」や「痛み」といった上腹部の症状は、日本人の4人に1人が月に2回以上感じているとされていて、非常にありふれたものです。しかしながら、その症状が慢性的に続き、とても不快であると感じるときに「機能性ディスペプシア」と診断されます。症状があると、食事がおいしく食べられないこともあり、患者さんの生活の質(QOL)を大きく低下させてしまいます。

頻繁な胃もたれで食事を楽しめず

「昔からおなかが弱かったのですが、最近は年のせいか、食べるとかならず胃もたれがするので、たくさん食べられなくなりました。とくに脂っこい物、揚げ物なんかを食べると、そのあと必ず胃もたれがするので、食べないようにしているのですが……」。60代の男性患者、Aさんは、外来でおっしゃいます。

小柄でやせ型のAさんは「症状が出るようになってから、さらに食べることを楽しめなくなった」といいます。

揚げ物

内視鏡検査を行いましたが、逆流性食道炎や潰瘍、がんなどの病気は見られません。ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)の検査もしましたが、ピロリ菌は検出されず陰性でした。にもかかわらず頻繁に胃もたれなどの自覚症状があることから、機能性ディスペプシアと診断しました。

最近わかってきた病気

機能性ディスペプシアは、最近疾患概念が確立した病気の1つです。「胃やみぞおち付近の不快な症状がありながら、炎症や潰瘍、腫瘍などはっきりとした異常が見つからない病気」を指します。世界的にはNUD(ノンアルサー・ディスペプシア=潰瘍のないディスペプシア)と呼ばれていた時期もありました。わが国では古くから教科書に記載されていた神経性胃炎、胃けいれんという病名も、機能性ディスペプシアに近い病気と考えられています。

日本人は最近までピロリ菌の感染率が高かったため、内視鏡検査をすると慢性胃炎がよく見つかりました。また健康診断で胃バリウム検査が広く行われていたため、その際に胃下垂が見つかることがよくありました。これらの現象と消化器症状が結び付けられて慢性胃炎や胃下垂と診断されていた方の中に、実は機能性ディスペプシアだった方が混在していたと考えられています。他の消化管の病気と異なり、機能性ディスペプシアはいつの時代も一定の割合で発生するのではないかという説もあります。

多様な症状

機能性ディスペプシアの患者さんは多種多様な消化器症状を訴えることが知られていますが、世界中の研究者が集まって議論して作成した胃腸の機能性疾患の世界基準「Rome IV」の中で、典型的な症状が診断基準として示されています。その中で特に強調されている症状は4つあります。

  • 1番目は「つらい食後のもたれ」。これは非常にわかりやすいかと思います。
  • 2番目は「食事開始前に予想したより少ない量の食べ物で胃が一杯になるように感じて、それ以上食べられなくなる感じ=早期飽満感(ほうまんかん)」というものです。これは日本人の感覚では理解しにくいものかと思いますが、簡単に訳せば、「食欲不振」ということで良いかと思います。
  • 3番目は「みぞおち(心窩<しんか>部)の痛み」で、これもわかりやすいかと思います。
  • 4番目は「みぞおちの焼ける感じ(灼熱<しゃくねつ>感)」です。患者さんで時々これをおっしゃる方もいらっしゃいます。

 上の2つの症状が強い方を「もたれ型」、下の2つの症状が強い方を「腹痛型」とすることもありますが、症状が混在している方も多くいます。

原因は1つじゃない?

機能性ディスペプシアの症状はなぜ起こるのでしょうか。原因として疑われているものはいくつかあります。1つは胃酸が症状を起こしているのではないかということです。胃液の中には塩酸が含まれています。試験的に食道、胃、十二指腸といった消化管に胃酸と同じ濃度の塩酸を投与すると消化器の不快感や痛みなどの症状を引き起こすことが知られています。また、患者さんの中で胃酸分泌を抑制する薬物によって症状が軽減する方が一定の割合でいらっしゃいます。これらが根拠となって“胃酸犯人説”を唱える医師、研究者もいます。しかし、それだけでは説明のつかないことも多々あります。

考えられる理由の2つ目は、消化管の運動異常です。「胃もたれ」という症状が、胃から食べ物が出ていく速度が遅れることを連想させるため、胃の排出能の低下が原因ではないかと考えられていた時期もありました。ですが、機能性ディスペプシアの方の一部にしか、遅れが認められないことがわかっています。胃の排出能低下とは別に、食べ物が胃に入ってきたときの胃のふくらみ方が悪いという運動異常もあると考えられています。胃の中にバロスタットという風船を入れる検査をすると、「もたれ型」の一部の患者さんでふくらみが悪いことがわかっています。しかし、この説でも、すべての患者さんを説明するには至っていません。

その他、ピロリ菌感染、消化管の知覚過敏、十二指腸の微小な炎症、心理社会的因子――なども疑われていますが、どれも決め手に欠けています。このため、現状では、機能性ディスペプシア自体が「さまざまな原因によって起こるものの集合体」ではないかと理解されています。

治療でQOLが改善

機能性ディスペプシアはなぜ治療しなくてはならないのでしょうか。その理由としては主に2つの説明がされています。まず患者さんの身体的、精神的、社会的QOLが、医療者を含む周囲の人が想像するより低下していて、治療により回復する事が挙げられています。2つの目の理由としては、さまざまな年代の方が罹患(りかん)していて、中には学業や就労に支障をきたしているケースもあります。「治療介入することで社会全体の経済的損失を最小限にできる」という研究があり、その点からも治療が勧められています。

今のところ「特効薬」はなし

機能性ディスペプシアの治療でまずすべきことは、生活習慣の改善です。禁酒・禁煙・暴飲暴食を避けることの他に、患者さんによっては日記のようなものをつけてもらい、食事内容や生活習慣と症状との関連を客観的にみることを勧めています。それにより苦手な食べ物、変えた方が良い食習慣がわかることがあります。

日記

食べるときに胃もたれの症状が出ることを心配しすぎてしまう方もいらっしゃいます。患者さんに対しては「食べていけないものはありませんが、その量やタイミングの問題があるかもしれません。」とお話しするようにしています。

薬物治療では、残念ながら現在、どのような人にも効く「特効薬」と呼べる薬はありません。随伴する症状に応じて、胃酸分泌を抑制する効果の高い「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」と呼ばれる薬剤▽消化管運動を調節する薬剤▽漢方薬▽抗うつ薬、抗不安薬――などが適宜用いられます。

機能性ディスペプシアという病名に対して治験などの審査を受けて承認されている薬剤は、我が国で「アコチアミド(一般名)」というお薬のみです。ただし、全員に対して効果があるわけでなく、治療の適応となる症状は食後膨満感、上腹部膨満感、早期満腹感に限られています。また、処方に先立って胃のバリウム検査や内視鏡検査を行い、がんや潰瘍などがないことを確認してから投与することが求められています。その後は症状の経過により薬物投与を継続する事もありますが、薬による治療と同時に、生活習慣を改善することで、維持療法が必要なくなる方もいらっしゃいます。

食後の胃痛や胃もたれに悩んでいる方がいましたら、一度かかりつけ医や消化器内科などに相談してみてください。

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