食後に起きる胸やけで最近あまり食べられなくなった――。自分や周りにそんな症状がある人はいませんか? 胸やけが起きる病気の1つに「逆流性食道炎」があります。逆流性食道炎は、最近着目されてきた消化管の病気で、何らかの原因で食道の粘膜がただれるなどし、胸やけなどの症状が出ます。「たかが胸やけ」と思うかもしれませんが、逆流性食道炎は生活の質(QOL)の大幅な低下を引き起こしたりがんに移行したりすることもあるため、治療が必要な病気なのです。
「以前は何でもおいしく食べられていたのですが、最近は年のせいか脂っこいもの、焼肉やてんぷらなんかを食べると胸やけがするので、あまり食べられなくなりました」。60代の男性患者さんはそう話しました。食べ歩きが趣味だったという、かっぷくのよいこの患者さんは「症状が出るようになってから食べることを楽しめなくなった」といい、QOLが大きく低下してしまいました。
内視鏡検査を行ったところ、胃と食道のつなぎ目のところに1cmほどの縦に走る赤い傷があり、逆流性食道炎と診断しました。
逆流性食道炎は、最近20年くらいで概念が確立した食道の病気の1つで、食道の粘膜にただれや傷ができるものを指します。似た病気として、胃食道逆流症(Gastro-Esophageal Reflux Disease:GERD<ガード>)があります。これは自覚症状や粘膜のただれなどの有無にかかわらず胃から食道へ胃酸が逆流する病気の総称で、より広い概念を表します。
逆流性食道炎が起きやすいのは中高年の男性、高齢女性です。また、途上国より先進国に多い病気とされています。
日本では、逆流性食道炎と診断される人が増え続けています。その理由として、高カロリー、高脂肪の食事といった食生活の欧米化の関与が考えられます。他にも、アルコール、コーヒー、チョコレート、スパイス、かんきつ類、炭酸飲料、ミントなどが症状を悪化させるのではないかと疑われています。
これらの食事は胃酸分泌を増加させます。実際に胃酸分泌自体を測定した研究でも日本人の胃酸を分泌する能力は高まる傾向にあることが示されました。
また、夜遅い食事や、喫煙、肥満、前かがみの姿勢などの生活習慣も胃酸分泌・逆流の増加につながると考えられています。
以上のような患者さん本人の生活のほかに、外的要因として、内視鏡の進歩と検査の普及により逆流性食道炎が発見されやすくなったこと、医療者だけでなく一般の人にも広くこの病気が知られるようになって病気に気づきやすくなったことも、患者数増加の一因といえるでしょう。
さらに、患者さんの体に起こる変化も逆流性食道炎を引き起こします。その1つが「食道裂孔ヘルニア」です。これは、胃と食道のつなぎ目の位置が口(上)側にずれるもので、不必要な時には食道とのつなぎ目を閉じて逆流を食い止める役割を果たすはずの「下部食道括約筋」が働きにくくなります。
もう1つの特徴として、逆流性食道炎の患者さんには萎縮性胃炎がないことがあげられます。萎縮性胃炎はヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)が引き起こし、胃酸の分泌が低下します。日本ではピロリ菌感染者が減少していますが、皮肉なことにそれによって胃酸分泌の低下が起こらず若い時のまま保たれている人が増えていることも逆流性食道炎増加の一因になっているのかもしれません。
「たかが胸やけで治療が必要なのか」と思う人もいるかもしれませんが、逆流性食道炎は治療が必要な病気です。なぜでしょうか。その理由は主に2つあります。
まず、患者さんのQOLは、医療者を含む周囲の人が想像するよりも低下しています。日本消化器病学会のガイドブックによると、未治療の逆流性食道炎は狭心症や更年期障害よりもQOLが低いとされていますが、治療を受けると改善されます。
もう1つの理由はより深刻で、逆流性食道炎から最終的にがんにつながるリスクがあるのです。これは「GERD spectrum(ガード・スペクトラム)」という理論で説明されます。
GERD spectrumとは、(1)胸やけ症状(2)逆流性食道炎(3)バレット食道(4)バレット腺がん――が連続した病気であるという考えです。逆流性食道炎の患者さんを長年観察すると、下部食道の粘膜組織が変化して胃粘膜と同じになる「バレット食道」と呼ばれる状態になることがあります。さらに年月がたつと、そこから「バレット腺がん」と呼ばれる、食道腺がんが発生することがあります。
最終的にがんに至る過程を防止するためには、“上流”の逆流性食道炎の治療が必要という考えです。
また逆流性食道炎自体の重症例では、食道炎の傷からの出血、食道炎を繰り返すことによる狭窄(食道が狭くなることで食事が通りにくくなる)などが、合併症として知られています。合併症には、喉やせき、睡眠障害など一見、食道とは関連のなさそうな部位の症状が出るものもあります。この合併症の予防のためにも、治療が必要なのです。
逆流性食道炎の治療法は、生活習慣の改善と、胃酸分泌抑制薬の服用です。生活習慣の改善に関しては、禁酒・禁煙・暴飲暴食を避けることの他に、患者さんによっては日々の生活の記録をつけてもらい、食事内容や生活習慣と、胸やけ症状との関連をみることを勧めています。それにより、症状を悪化させる食べ物、変えた方がよい食習慣が分かることがあります。
ただし、食べるときに胸やけの症状が出ることを心配しすぎて過剰に食べ物を制限してしまう患者さんもいます。そのような患者さんに対しては「食べていけないものはありませんが、量やタイミングの問題があるかもしれません」とお話しするようにしています。
薬による治療としては、現在では胃酸分泌を抑制する効果の高い、プロトンポンプ阻害薬(PPI)が用いられています。内視鏡検査の結果、逆流性食道炎と診断された場合、まずは原則として8週間この薬を内服して食道の傷を治します。どこでも内視鏡検査が受けられるとは限らないため、検査よりも先に薬を処方することもあります。
その後は、症状などによっては「維持療法」と呼ばれる少量の薬の服用を継続することもありますが、薬による治療と同時に生活習慣を改善することで、維持療法が必要なくなる患者さんもいます。
読者の皆さんの中で、食後の胸やけに悩んでいる方がいましたら、一度かかりつけの医師や消化器内科などに相談してみてください。
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