おなかが痛い、という状態は大変不快であると同時に、胃がんなどの悪性疾患を疑わせる症状でもあります。加えて、この症状をきたす病気の1つに、胃潰瘍というものがあります。ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)感染との関わりも深い疾患であり、きちんと診断し治療を受ければ、いままでのつらい症状が改善するかもしれません。
「若いころからおなかの上の方が痛むことがあり、その時は食欲自体がなく、牛乳などを飲んで過ごしていました。しばらくすると良くなるので病院には行かず様子をみていました。また薬局に行って胃薬を買って服用したこともあります。妻に相談したところ、胃がんなどの悪い病気が心配になりましたので、内視鏡検査をよろしくお願いします」と外来を受診された50代の中肉中背の男性患者、Aさんは、おっしゃいます。
内視鏡検査を行ったところ、胃角部(胃の出口に近い湾曲した部分の内側)に出血や腫れなどがある「活動性潰瘍」がありました。その他、慢性萎縮性胃炎があり、胃の他の場所にも潰瘍瘢痕(はんこん=潰瘍が治って傷跡になった状態)がありました。内視鏡の検査医は組織を採取して検査を行い、「ピロリ菌がいますね」と教えてくれました。その後外来担当医からいくつか質問をされたのち、薬が処方され、治療が始まりました。
胃壁は内側から粘膜層、粘膜下層、固有筋層、漿膜(しょうまく)下層、漿膜層の5層構造となっています。胃壁が傷害される病気のうち、内側の粘膜層のみの軽い傷害を「びらん」といい、粘膜下層より深い傷害を「潰瘍」と定義しています。そのような潰瘍ができることで、痛みなどの症状に加えて、潰瘍から出血することで貧血となったり、潰瘍が深く穿孔(穴が開く)することで胃の内容物が漏れ出して腹膜炎になったりすることもあります。また急激に出血する場合、血を吐いたり、血便、黒色便(血液が空気にふれることによって黒くなる)が出たりして出血性ショックとなり、命に関わることもあります。また潰瘍を繰り返していると胃の形自体が変形して部分的に狭くなる「狭窄(きょうさく)」ができて、潰瘍がない時でも食事が通らない事があるなど、症状の表れ方はさまざまです。
患者さんは、前述のAさんのように、上腹部が痛い、食欲がない、あるいは黒い便が出た、貧血によりふらつきが出る――などの症状で来院されます。上腹部が痛くなる病気や食欲がないことで起こる病気はたくさんあり、鑑別診断を行っていく中で胃潰瘍と診断されることがよくあります。
胃潰瘍患者さんの男女比では、男性が多く、年齢では胃潰瘍は男性50〜60歳代、女性60〜70歳代に最も多くみられます。
胃潰瘍を診断する方法として、一般の医療機関でも、以前は集団検診で広く行われているバリウムを用いたX線造影検査が用いられていましたが、現在は上部消化管内視鏡検査が行われることが多いです。
内視鏡検査では、潰瘍があるかどうか、その深さなどの「活動度」はどうか、その潰瘍がどこにあるか――といった潰瘍自体の診断に加えて、胃潰瘍と併存する事の多いピロリ菌感染症による萎縮性胃炎や胃がんがないかどうかも確認します。悪性か診断に迷う場合には組織検査を行う事もあります。ピロリ菌がいるかどうかを内視鏡で採取した組織を使ってその場で診断する方法(迅速ウレアーゼ試験)もあります。前出のAさんの場合、その方法でピロリ菌がいるかどうかの判定がされました。
このように上部消化管内視鏡検査では詳しい情報を得ることができますが、検査の際に苦痛を伴うことは否めず、患者さんがそれを嫌って検査を希望されず診断が遅れてしまうこともありました。しかし、鼻から細い内視鏡を入れる(細径経鼻内視鏡)検査法など、楽に検査を受けられる方法が模索されています。
胃潰瘍はなぜ起こるのでしょうか。正常な胃壁は強い塩酸を含む胃酸や消化酵素にさらされながらも潰瘍になりません。その理由は、胃粘膜の血流や胃内の粘液など防御機構が備わっているからです。そのため以前は、胃酸や消化酵素などの「攻撃因子」と血流や粘液などの「防御因子」のバランスが崩れた場合に潰瘍が生じるという「バランス説」で説明されてきました。現在ではそのバランスを乱して潰瘍を起こす最大の原因は、ピロリ菌の感染と消炎鎮痛薬などの薬剤であり、胃潰瘍のほとんどはこの2つのどちらか、あるいは両方が原因となっていると考えられています。
その他にも胃酸を増加させる喫煙や、ストレスなども関係していると考えられています。前出のAさんが担当医から受けた質問は、これらの事項の確認でした。
H2ブロッカーやプロトンポンプ阻害薬(PPI)といった胃酸分泌を抑える薬が開発されるまで、胃潰瘍の治療では手術療法が選択されることもありました。現在では原因がピロリ菌である場合と、消炎鎮痛薬が原因である場合により方針が異なります。
原因がピロリ菌である場合、胃酸分泌を抑える薬を8週間投与する治療と、ピロリ菌を除菌する治療(1週間PPIと2種類の抗菌薬を服用)を行います。順番はどちらが先でも良い事になっています。1回目の除菌療法で除菌されない場合、違うお薬を用いて2回目の除菌療法を行うことができます。
消炎鎮痛薬や低用量アスピリンが原因である場合は、可能であれば原因となるお薬を中止したうえで、胃酸分泌を抑える薬を8週間投与する治療を行います。原因となるお薬を中止できない場合、再発の予防として胃酸分泌を抑える薬を飲み続けることもあります。
繰り返す上腹部痛は、胃潰瘍をはじめとするさまざまな病気による症状かもしれません。これらに悩んでいる方がいらっしゃいましたら、かかりつけ医や消化器内科などに相談してみてください。上部消化管内視鏡検査は一昔前と比べて苦痛が少なく受けやすい工夫がなされていますので、過度に不安視せず受けてみることもご検討ください。
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