連載自分を守る!家族を救う!! 家庭の救急知識

正月にはお餅! おいしく食べるために知っておきたい窒息事故予防法と応急措置

公開日

2019年12月26日

更新日

2019年12月26日

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2019年12月26日

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国際医療福祉大学救急医学 主任教授、国際医療福祉大学成田病院 救急科部長

志賀 隆 先生

間もなく年末年始の休暇に入るという方も多いのではないでしょうか。かつては、大掃除と餅つきが年越し前の定番行事でしたが、最近は自宅で餅つきをする家庭は少数派。それでもお正月にはおいしい餅を食べながら新しい年の始まりを祝いたいというのが、日本の多くの方の思うところでしょう。しかし、残念なことに毎年、餅を喉に詰まらせて亡くなる方がいらっしゃいます。お正月を前に、今回は安全な餅の食べ方、万が一喉に詰まった時の対処法などをご説明します。

お正月の家族団らんで母に異変が…

田中栄子さん(75歳)はお正月に、家に帰ってきた娘夫婦と一緒に餅を食べていました。楽しい会話の最中、田中さんの様子がおかしいことに娘が気づきます。

「お母さん大丈夫?」。声を掛けますが、田中さんは手を首にあてて声が出ません。「餅が詰まっているの?」の問いに、無言で首を縦に振ります。

娘さんは、とっさに以前インターネットの医療サイトで見た対処法を思い出し、田中さんを前傾姿勢にしての背中を強く手の付け根でたたきました。5回目になったところで、3cmほどの餅の塊がでてきました。

「死ぬかと思った!」

「お母さん、急いで食べないでよ!」

餅を詰まらせる事故に高齢者が多いのは

田中さんのケースでは、娘さんの機転のおかげでことなきを得ました。しかし、救急医をしていると楽しいはずのお正月に高齢の方が餅を詰まらせて窒息し、亡くなりそうになったり亡くなってしまったりする事故に遭遇します。

食べた物がのどにつかえることは、食材にかかわらず発生しますが、お正月は餅を詰まらせるケースが圧倒的に多くなります。通常、食べ物が空気の通り道である気道をふさいでも、せき込んだりすれば自然と出てくることが多いのですが、餅は粘り気が強いため、せき込んだりしてもなかなか取れません。

若い人でも早食いをしようとすると、食べものが気道に詰まってしまいます。これは、ホットドッグの早食い大会などで死亡事例が報告されていることからも分かります。ただ、窒息で亡くなるのが多いのはやはり高齢者です。その背景には、高齢になると咀嚼(そしゃく=かむ)力、嚥下(えんげ=飲み込む)力、口腔(こうくう)~喉のうるおい――などが低下することがあると考えらえます。

喉を湿らせ小さく切った餅をみんなと楽しむ

餅が喉に詰まらないようにするためには、どのような対策をしたら良いのでしょうか? 3つご紹介します。

1)餅を食べる際にはお雑煮など水分に入れ、食事中は口の中を湿らせておく

喉が乾燥していると、餅の粘り気で気道にはりつきやすくなります。年齢とともに喉の湿り気が減ってくることもあり、水分をしっかりと取ることで、餅が詰まりにくくなります。

お雑煮

2)餅を小さく切る

我々が気道の確保に使っている「挿管チューブ」という管のサイズは、男性だと内径8mm、女性であれば7mmとなっています。このサイズより餅が小さければ気道がふさがれにくくなります。ですので、1辺1cm未満など細かく切った餅であれば、味わいは減ってしまうかもしれませんが安全性が増します。

3)餅は1人では食べない

餅が喉に詰まってしまったとき、周囲に他の人がいれば救急車の要請や応急措置を講じることができますが、自分で行う事は極めて困難です。いざというときに助けてもらえるよう、1人では餅を食べないということが大事になります。

こんな時には救急車を!

咳をする高齢者

餅が気道を完全にふさいで呼吸ができなくなった場合、判断を誤ると命にかかわります。以下のような「窒息のサイン」が見られたら、迷わずに救急車を呼んでください。

  • 呼吸が止まった
  • 声が出なくなった
  • ヒューヒュー音がする
  • ぐったりとしてしまった
  • 苦しそうにしてせきが止まらない
  • 顔色が青くなってきた

周囲の人ができる応急措置

餅が気道をふさいでしまい、上記のような窒息のサインが見られた場合には、1分1秒が命に直結します。救急車が到着するまでの間、周囲の人は以下のような応急措置を試みてください。

背部叩打(こうだ)法

立っている、または座っている状態で、対象者を少し前傾させ後方から手のひらの付け根で左右の肩甲骨の中間あたりを力強くたたきます。

ハイムリック法

対象者の後ろ側からウエスト付近に手を回します。一方の手でへその位置を確認し、もう一方の手で握り拳をつくって親指側を対象者のへその上方でみぞおちより十分下方に当てます。もう一方の手を握り拳の小指側に添え、すばやく手前上方に向かって突き上げ、横隔膜を圧迫します。

――以上いずれかの方法で、詰まっている餅を吐き出させられることがあります。

もし、応急措置の途中で脈が弱くなるなどしてしまった場合には、胸骨圧迫(いわゆる「心臓マッサージ」)を施すことで脳へのダメージを軽減できる可能性があります。

みぞおちから指2本分上に片手の付け根を置いてもう一方の手を重ね、肘を曲げずに1分間に100回のペースで強く圧迫します。「もしもし亀よ」「地上の星」などのリズムでマッサージすると、ちょうどこのペースになります。

「掃除機で吸い出す」という方法についての質問もよく寄せられます。掃除機の先につける専用の吸引ノズル(チューブ)があれば、詰まった餅を除去できる可能性はあります。しかし、家庭用掃除機の通常のノズルでは、有効に排出させられる可能性が低いだけでなく、肺を傷つけたり餅をさらに気道の奥に押し込んでしまったりする恐れもあるため、お勧めできません。

楽しいお正月を過ごすために、餅を食べる際には喉に詰まらないよう工夫をするとともに、万が一詰まってしまったときにはここに書かれたことを思い出し、冷静に対処してください。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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国際医療福祉大学救急医学 主任教授、国際医療福祉大学成田病院 救急科部長

志賀 隆 先生

学生時代より総合診療・救急を志し、米国メイヨー・クリニックでの救急研修を経てハーバード大学マサチューセッツ総合病院で指導医を務めた救急医療のスペシャリスト。東京ベイ・浦安市川医療センターでは救急の基盤をつくり、国際医療福祉大学医学部救急医学講座教授に着任。後進の育成にも力を注ぐ。