4月7日に政府は新型コロナウイルスの流行対策の一環として緊急事態宣言を発令しました。この発令にあたり、政府は人と人との接触を7~8割減らすことを行動目標に掲げています。この目標を達成できないと流行の早期収束はできないというのです。今回は緊急事態宣言と、政府が掲げたこの数字の意味について解説いたします。
新型コロナウイルス感染者の国内での発生は2月中旬から増加してきました。これにともない、政府はクラスター対策により流行を制圧する方針をとります。すなわち、集団感染を早期に探知し、感染者を隔離するとともに、濃厚接触者の健康を監視して次の集団感染を予防するというものです。この対策は一定の効果があり、3月中旬までは感染者の増加が緩やかでした。
しかし、3月下旬から感染者数の増加スピードが速まっていきます。また、感染源が不明な事例も増えてきました。これは、3月になり、ヨーロッパなどからの帰国者の中に感染者が増えたためと考えられています。その結果、国内は蔓延(まんえん)期という新たな流行期に入っていきました(「新型コロナの流行段階~終息の見通しと、今できること」参照)。
この時期になると、クラスター対策だけでは流行をコントロールすることができず、人と人の接触を控える対策(ソーシャル・デイスタンシング)が必要になってきました。これは欧米で行われた都市封鎖や外出禁止措置などによる強い対策です。この「人と人の接触を控える対策」を実施するため、政府は緊急事態宣言の発令に至ったのです。
緊急事態宣言は「新型インフルエンザ等特別措置法(特措法)」に基づくものです。この法律は新型インフルエンザの流行に対処するため立法されましたが、「等」とあるように、それ以外の感染症の流行にも適応されます。それ以外というのは感染症法で定める「新感染症」で、未知の病原体で起こる感染症のうち、致死率の高い1類感染症(エボラ出血熱など)と同等のものが該当します。しかし、新型コロナウイルス感染症は2類感染症と同等の扱いだったので、特措法の対象疾患ではありませんでした。そこで、3月13日に特措法を改正し、新型コロナウイルス感染症もこの法律の対象にしたのです。
この特措法の対象になれば、緊急事態宣言が発令されたときに、外出や集会の自粛、施設の閉鎖などの強い要請ができます。欧米などで行われているように強制力を伴う命令ではありませんが、それに近い指導が可能になるのです。
では、特措法で緊急事態宣言はどんな時に発令されるのか。これには、2つの要件があります。第1に「国民の生命・健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある場合」、第2に「国民生活と経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある場合」です。
今回の新型コロナウイルスの流行は、既に生活面や経済面への影響が出ており、第2の要件は満たしています。問題は第1の要件です。この法律が成立した2012年に、私は厚生労働省の担当者にその基準を問い合わせたことがあります。そのときの回答では、1918年のスペインインフルエンザ(全世界の死亡者数4000万人)や2003年の重症急性呼吸器症候群(致死率約10%)のように高い重症度の場合は緊急事態宣言を発令するとのことでした。
今回の新型コロナの致死率は1%前後とされており、この基準からすると第1の要件は難しくなります。しかし、イタリアやスペインのように医療崩壊を起こした国では致死率が10%を越えることもあり、第1の要件を満たすことになったのです。こうした状況から、緊急事態宣言が発令されました。
緊急事態宣言発令により、国はこの法律が適応される地域を指定し、指定された都道府県の知事が実際の対策を行います。すなわち、住民に外出や集会の自粛、施設の閉鎖などを要請しますが、強制的に命じることはできません。また、交通機関の運行自粛要請もできないので、日本で都市封鎖は不可能と考えられています。海外ではこうした対応が「命令」となる国が多く、違反すると罰金刑や懲役刑が科せられます。
日本では強制力がないため、緊急事態宣言を発令する際に政府は行動目標を示しました。これが人と人との接触を7~8割は減らすという数値です。具体的には、不要不急の仕事や娯楽をできるだけ減らして、外出を今までの2~3割程度にするという目標です。
こうした行動目標は海外の国ではあまり提示されていません。「外出禁止」というだけで、それに従わないと罰則を受けることを国民はよく分かっています。一方、日本では、強制ではないので目標となる数値を示したのです。
この数値は政府の専門家が詳細な計算の末に出したものですが、これを厳しいと言う人もいれば、妥当という人もいます。いずれにしても、2~3割は人と接していい時間が残っているので、その部分で生活に必要なことをしたり、散歩などの息抜きをしたりするようにしましょう。
緊急事態宣言は新型コロナの流行を制圧するため「人と人の接触を減らす」ことを目的にしていますが、実はもう1つ大切な目的があります。それは、「社会機能を維持する職種は流行時も事業を継続する」という目的です。この職種には行政機関、交通機関、金融機関、エネルギー供給機関、医療機関などが含まれます。こうした職種で働く人々が感染することなく、事業を継続することも緊急事態宣言の大きな目的です。先ほど都市封鎖はないと述べましたが、鉄道会社の従業員が多数感染してしまうと交通が止まり、都市封鎖に近い形になります。これは避けなければなりません。
特措法は本来、新型インフルエンザの流行を想定して立法されています。このため、社会機能を維持する職種の従業員には優先的にワクチン接種を行い、安心して仕事に従事してもらえるよう配慮されています。しかし、今回の新型コロナウイルスの場合、ワクチンの完成までには少なくとも1年はかかると考えられています。その間にこうした職種の従業員は、感染の危険を冒してでも仕事に従事しなければなりません。事業者は十分な安全配慮を従業員に提供する必要があります。
そして、一般の方々にも、緊急事態宣言の期間中でも 、感染の危険を冒してまで社会機能を維持するために働いている人がいることを、ぜひ知っていただきたいと思います。
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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授
1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。