今年はインフルエンザの流行が例年より早く始まっています。この病気は飛沫感染で流行が拡大します。患者のせきやくしゃみで飛散するウイルスを吸い込んだり、机などに付着したウイルスを手で鼻や口に運んだりして感染がおこります。海外旅行中は移動の際に人ごみに入ることが多いので、飛沫感染をおこすリスクが高くなります。では、海外の国々ではいつインフルエンザが流行しているのでしょうか。今回は海外旅行中のインフルエンザ予防法について紹介します。
先日、国立国際医療研究センターが海外渡航中にインフルエンザにかかった患者56例の分析結果を公表しました(感染症学雑誌 2019. 93:132)。2012年4月から2016年3月まで同センターを受診した患者さんの報告で、このうち約8割の44例が東南アジア滞在中にインフルエンザに感染していました。感染した時期には「1~3月」と「6~8月」の2つのピークがありました。
この2つのピークは東南アジアでインフルエンザが流行する時期と一致しています。1~3月は北半球で流行がおきる時期で、これが東南アジアに及んで起きた流行と考えられます。では、6~8月は南半球の流行が波及したのかというと、そうではありません。実は、現代のように航空機による旅行が盛んになる以前、東南アジアの流行は6~8月だけでした。
なぜ6~8月なのでしょうか。東南アジアなど熱帯や亜熱帯では、雨期と乾期の2つの季節があります。それを聞くと、多くの方は「6~8月が乾期だから」と思われるでしょうが、それは間違いで、東南アジアの多くの国は6~8月が雨期なのです。東南アジアに限らず、熱帯や亜熱帯の国では雨期にインフルエンザの流行が起こります。
日本でインフルエンザが流行する冬は乾燥しているのに、なぜ、熱帯や亜熱帯では雨期に流行するのでしょうか。日本だけでなく温帯の国々で冬にインフルエンザが流行する大きな原因は寒いからです。寒いと家の中で過ごす時間が長くなり、人と人の距離が接近します。その結果、インフルエンザのように飛沫感染する病気が増えてくるのです。乾燥もある程度は関与しますが、それが主な原因ではありません。
それでは、雨期と乾期でどちらが家の中で過ごす時間が長くなるでしょう。それはもちろん雨期です。こうした理由で、熱帯や亜熱帯では雨期にインフルエンザが流行し、それが東南アジアなら6~8月になるのです。
海外移動中の航空機内や空港ではさまざまな国の人と接するため、インフルエンザの感染リスクは1年中あります。しかし、航空機内は密閉された空間であるにもかかわらず、飛沫感染が起こるリスクがあまり高くありません。なぜかというと、飛行中の機内の空気は20~30分ごとに外気と交換されており、ウイルスなどが排除されているからです。また、機内の空調は上から下に流れ、左右や前後にはあまり流れません。つまり、インフルエンザの患者さんが搭乗していても、せきやくしゃみで排泄(はいせつ)されたウイルスは床に落ちてしまい、隣の席や前後の席の乗客までは届きにくいのです。
その一方で、空港内は多くの人で混雑しており、そこではインフルエンザにかかるリスクが高くなります。
最近の調査によれば、空港内でインフルエンザにかかりやすい場所が意外なところにありました(BMC Infectious Diseases 2018.18:437)。この調査はフィンランドのヘルシンキ空港で行われたもので、空港内のいろいろな場所でインフルエンザなどのウイルスの検出が行われました。その結果、ウイルスが多く検出されたのは、保安検査所のトレーだったのです。
保安検査所は航空機の乗客が必ず通過する場所です。ここで、乗客はトレーの上に手荷物やスマホ、財布、鍵など身につけているものを全て乗せます。もし乗客の中にインフルエンザの患者がいれば、患者の手に付着したウイルスもトレーに乗ってしまうでしょう。そして、このトレーを次の人が使えば、前の患者が乗せたウイルスが手に付き、それが鼻や口に運ばれて感染するのです。
空港の保安検査所を通過したら、すぐにトイレで手を洗うことが、渡航中のインフルエンザ予防には有効なのです。
空港内に限らず、海外渡航中は手洗いを頻回にすることがインフルエンザ予防には大切です。海外では手洗い場所が見つからないこともあるので、ウエットティシュを携帯すると便利です。うがいは、清潔な水を入手することができれば実施してください。現実的にはホテルの部屋に入ってから、ミネラルウオーターなどを用いてうがいするのがいいでしょう。海外では水道水でうがいをすると、それが原因で下痢をすることもあります。日本では流行期間中にマスクを着用する人が数多くいますが、海外ではインフルエンザの予防にマスクを用いることはほとんどありません。むしろ、マスクをしていると“怪しい人”と疑われることもあるので、海外ではお勧めしません。
インフルエンザはワクチンで予防することができます。100%予防が出来なくても、感染した場合に症状を軽くすることもできます。このため、渡航先がインフルエンザの流行シーズンであれば、出発前に接種を受けておくことをお勧めします。ワクチンを接種する時期として、日本では秋から冬の接種が多くなります。このワクチンは接種後少なくとも半年は有効になりますが、たとえば次の年の夏休みに、流行時期のオーストラリアや東南アジアに旅行する場合はどうしたらいいでしょうか。
理想的には出発前にワクチンの再接種を受けておくといいのですが、日本では夏前にインフルエンザワクチンがあまり流通していません。このため、一般的には前年の秋から冬に接種を受けていれば、それでよしとします。
このように海外旅行を1年以内に計画している人や海外出張が頻繁にある人は、ぜひ、秋から冬のシーズンにインフルエンザワクチンを接種しておいてください。
来年の7~9月には東京でオリンピック・パラリンピック大会が開催され、南半球や東南アジアからも多くの観客が日本を訪れることが予想されています。来年はこうした訪日外国人が起点となって、大会期間中にインフルエンザ流行がおきる可能性があります。来年は、今年以上に早い時機の流行に備えるようにしましょう。
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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授
1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。