日本でも2月中旬から新型コロナウイルスのワクチン接種が始まりました。最初は医療従事者を対象に接種し、高齢者やハイリスク者へと拡大して、一般の人の接種は5~6月になると予想されています。接種が開始されたワクチンは、mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンと呼ばれる新しい製剤ですが、その有効性や安全性は大丈夫なのでしょうか。今回のコラムでは、新型コロナワクチンに関する基本的な事項を解説します。
ワクチンは感染症を予防するために有効な方法です。その製法としては、病原体を弱らせて接種する生ワクチンや、病原体を殺して接種する不活化ワクチンが代表的なものでした。前者には麻疹ワクチンや風疹ワクチンが、後者にはインフルエンザワクチンなどがあります。
こうしたワクチンの製法は古くから用いられてきましたが、新しい病原体のワクチンを従来の製法で開発するには長い時間がかかります。これは、病原体を培養して増やしたり、病原体を不活化したりする処理が必要だからです。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行にあたっては早急にワクチンを開発する必要があったため、mRNAワクチンやベクターワクチンといった新しい製法が導入されました。
今回、日本で接種が開始されたファイザー社の製剤はmRNAワクチンで、実は、この製法のワクチンが実用化されるのは今回が初めてでした。
ヒトが新型コロナウイルスを体内から排除するためには、ウイルス表面にあるスパイクたんぱくと呼ばれる突起が重要な鍵になります。ヒトの免疫がこの突起を「抗原」として認識し、抗体やリンパ球がウイルスを排除するのです。そこで、このたんぱくと同じものをヒトの体内で作り、それをヒトの免疫に覚えこませておけば、次にウイルスが感染した時に迅速に排除ができます。
このスパイクたんぱくを体内で作るための遺伝子がmRNAです。この遺伝子をヒトに注入すれば、注入した場所の細胞(腕の筋肉細胞など)がスパイクたんぱくを産生するのです。注入したmRNAや産生されたたんぱくは、免疫が認識した後、すぐに排泄されるので、体内に残って影響を及ぼすことはありません。
このようにmRNAワクチンは、ヒトの体内でスパイクたんぱくという抗原を作る画期的な方法なのです。
ファイザーのワクチンについては、海外での治験で有効性が約95%と大変高い結果が出ています。インフルエンザワクチンの場合は約60%ですから、それに比べても高い効果であることが分かります。ただし、この効果は約2カ月の治験で得られたデータによるもので、それ以降、どれだけ効果が持続するかは現時点では分かりません。新型コロナウイルス感染者のデータ解析によれば、免疫が感染後半年以上続くという報告が多くみられ、ワクチンについても同じ期間の効果があるものと考えられます。
では、現在、世界的に拡大している変異株への有効性はどうでしょうか。変異株には英国型、南アフリカ型、ブラジル型などがあります。このうち日本でも国内感染がみられている英国型については、ファイザーのワクチンは効果があると考えられています。それ以外の変異株については、今後の調査が必要です。
なお、ここで有効性と言っているのは新型コロナの発症予防効果で、入院や死亡が減る重症化予防効果はまだ証明されていません。また、ウイルス感染そのものを予防する効果も現時点では不明です。このため、ワクチン接種を受けたからと言って、「自分は感染しない」「他人にも感染させない」とは思わないでください。ワクチン接種後も、引き続きマスクの着用や密を回避するなどの予防対策が必要です。
ファイザーのワクチンの重篤な副反応にアナフィラキシーがあります。これは、ワクチンの成分でおきる重篤なアレルギー反応のことで、その頻度は100万回の接種で5回とされています。これは、インフルエンザなど他のワクチンとほぼ同じ頻度です。
ただし、アレルギー反応を起こしやすい成分が、従来のワクチンとは違います。mRNAは人体に注入するとすぐに壊れてしまうため、脂肪の膜に包まれた状態に加工されています。この膜に使われているのがポリエチレングリコールなどの化学物質で、今までのワクチンには使用されていませんでした。こうした成分は一部の下剤や化粧品などに使用されており、今までに下剤や化粧品などでアレルギーを起こしたことがある人は、接種前の問診で申告してください。
アナフィラキシーは大多数が接種後30分以内におこります。このため、接種後15~30分は接種した場所に留まって、経過観察を受けます。発症しても迅速に処置すれば、命にかかわるような事態にはなりません。
ファイザーのワクチンの治験では軽い副反応が高頻度にみられました。これは接種した部位(腕など)の痛みや腫脹(しゅちょう)、倦怠(けんたい)感、頭痛、発熱などです。mRNAという成分そのものが炎症を起こしやすいため、こうした副反応を起こすようですが、いずれも軽く、2~3日で改善します。また、症状が強い場合は鎮痛剤を服用しても構いません。鎮痛剤の種類としてはアセトアミノフェンが推奨されています。
このように軽い副反応は、若い人や高齢でも元気な人ではあまり問題になりませんが、高齢で持病のある人、とくに寝たきりの人は注意が必要です。発熱などがおきると全身状態が悪くなり、持病に影響することがあるからです。高齢で持病のある人は、新型コロナウイルスに感染しても重症化する頻度が高いため、かかりつけ医に相談した上で、ワクチン接種を受けるかどうかを判断してください。
日本では現時点でファイザーのワクチンのみが承認されており、今後はアストラゼネカ(ベクターワクチン)やモデルナ(mRNAワクチン)の製剤が加わる予定です。政府のスケジュールどおりに進めば、これらのワクチンを用いて、夏前には一般の国民への接種が開始されます。
新型コロナワクチンの接種を受けると、受けた人は発症しなくなるというメリットがあります。さらに、国民の6割以上が接種を受けると集団免疫が成立し、日本での新型コロナの流行を終息させることができるでしょう。ただし、集団免疫で流行を終息させるためには、ワクチンに発症予防効果だけでなく、感染予防効果があることも必要になります。現時点で感染予防効果については不明ですが、それがあることを信じて、多くの人がワクチン接種を受けることを期待したいと思います。
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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授
1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。