本シリーズでは、新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の流行発生から世界拡大した最初の1年間をふり返りながら、近年まれにみる大流行が生じた原因を解き明かすことを目的にしています。第3回は、西欧や中東で拡大した流行がアメリカ大陸に波及し、流行の長期化に至った過程をたどります。
「第2回 新型コロナが中国から西欧、中東に拡大した道」から続く
米国で新型コロナの患者が最初に確認されたのは2020年1月21日で、中国からの帰国者でした。その後、2月中は感染者があまり増えませんでしたが、3月に入ると西欧の流行が波及し、ニューヨーク州などで急増してきます。
トランプ大統領(当時、1期目)は3月13日に国家非常事態宣言を発令し、出入国制限や国内の移動制限などを強化します。しかし、連邦制である米国では公衆衛生対策が州の管轄下に置かれており、ニューヨーク州などでは積極的な対応がとられますが、感染対策が緩い州も少なくありませんでした。このため、米国では3月末までに感染者数が約19万人に増加し、うち5000人以上が死亡するという大きな被害を生じたのです。
米国では4月以降も、死亡者の割合が他国に比べて多い状況が続きますが、これは同国の医療保険制度によるところが大きいようです。米国では勤労者世代の無保険者が15%近くにのぼり、特に感染リスクの高いサービス業で無保険者が多くなっています。このため、新型コロナにかかっても医療機関を受診できず、重症化して死亡する人がかなりの数いました。
さらに、高齢者が介護施設で死亡するケースも多く見られました。米国では高齢者の公的医療保険としてメディケアがありますが、近年の新自由主義的な政策が進むなかで、高齢者の医療セーフティーネットが脆弱(ぜいじゃく)な状態に陥っていたようです。
このように、米国に波及したCOVID-19の流行は、この国の政治体制や政策などの影響を受けて、予想以上に大きな被害を生じさせていきました。
米国での第1波の流行は4月下旬になると次第に収束に向かいますが、それまでに感染者数は約100万人、死亡者数は約6万人と世界最大の流行国になっていました。そんな中、5月中旬にトランプ大統領は経済再建に舵を切り、感染対策の緩和方針を打ち出します。西欧諸国ではこの時点でも対策緩和に慎重であり、米国CDCもこの緩和政策については、流行の再拡大に懸念を表明していました。
その結果、6月に入ってから米国では第2波となる感染者数の再拡大が生じます。この第2波の発生により、ニューヨーク州やカリフォルニア州では再び強い感染対策がとられますが、南部の州などではあまり積極的な対策がとられませんでした。こうして8月末までに、米国の感染者数は約600万人に達します。この夏の第2波を発端にして、米国では年末にまで及ぶ長期の流行が続くことになるのです。
南米では2020年4月まで新型コロナの本格的な流行は起きていませんでしたが、5月ごろからブラジルで感染者が増え始めます。ブラジル政府は感染対策をとりますが、6月に入り患者数が急増しているにもかかわらず対策を緩和したため、8月上旬には感染者数が300万人に達しました。その後も積極的な感染対策がとられないまま感染者は増加し、米国と同様に2020年の年末まで、長期にわたる流行が続きます。
このブラジルでの流行は、南米の温帯に位置するチリやアルゼンチンにも波及していきました。これらの国は5月ごろから冬の季節に入っていたため、大流行になります。特にチリでは6月中旬、1日に4万人近い感染者が発生する事態になりました。アルゼンチンでも6月ごろから感染者数が増加し、9月末にピークを迎えました。
西欧や東アジアなど北半球の温帯地域は、2020年夏になると新型コロナの流行が鎮静化していました。このまま終息することも期待されたのですが、その時期に米国やブラジルで流行が続くとともに、南半球の温帯地域にあるチリやアルゼンチンで、冬の大流行が起きてしまったのです。
これは新型コロナの流行が長期化することを意味しました。10月以降、北半球の温帯地域が冬を迎える時期に、南半球などで蔓延(まんえん)している新型コロナウイルスが、流行を再燃させる可能性が高まってきたのです。インフルエンザの流行も毎年冬の時期に発生しますが、これは北半球と南半球の間をウイルスが行き来することに起因します。これと同じ状況が新型コロナでも起きることが予想されたのです。
そして、その予想どおり、10月以降に北半球の温帯地域で冬の大流行が発生し、流行の長期化は現実のものになりました。
南半球でもオーストラリアやニュージーランドでは、2020年冬の流行を抑え込むことに成功しています。両国は徹底的に国際交通を遮断することで、他国からの感染者の流入を阻止するとともに、国内で少しでもクラスターが発生すると、都市封鎖を実施するなどして対処しました。
このような厳密な感染対策が実施できたのは、オーストラリアやニュージーランドが海に囲まれ他国と国境を接していない国であることや、平素から公衆衛生体制が整備されていたためです。同様の対応をアメリカ大陸の国々がとることは難しいでしょうが、少しでもそれに近づけていれば、新型コロナ流行の長期化は避けられたかもしれません。
アメリカ大陸での拡大は、感染者数や死亡者数など人的被害を増大させただけでなく、世界流行が長期化するのにあたり大きな影響を及ぼしました。その中心になったのが米国とブラジルですが、いずれの国の大統領についても、新型コロナへの対応に関して疑問を持たれています。
米国のトランプ大統領については、流行発生当初は積極的な感染対策を実施しましたが、早々に経済重視に舵を切り、その影響で流行が再燃するという事態を招きました。さらには、彼の非科学的な思想も問題視されており、たとえばマスク着用の拒否は有名な話です。
ブラジルのボルソナロ大統領(当時)も「ブラジルのトランプ」と評されたように、その言動が問題視されてきました。新型コロナの流行に際しても、当初から経済優先を掲げており、感染対策を進める保健大臣を解任したこともありました。さらに、非科学的な思想もトランプ大統領と同様です。
このように共通性の多い2人の大統領ですが、1つ大きな違いはワクチンへの対応でした。ボルソナロ大統領が反ワクチン派であったのに対して、トランプ大統領は米国でのワクチン開発を強く推進し、2020年5月に発表した「ワープ・スピード作戦」で、開発を官民連携で強力に進めました。
この計画に基づいて、米国系製薬会社は2020年の年末までにワクチンの開発を終え、接種を開始できる状況になるのです。
次回(4月掲載予定)は2020年秋以降の全世界的な流行拡大と、ワクチン接種開始による本格的な制圧について解説いたします。
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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授
1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。