冬に流行する呼吸器感染症の代表格に挙げられるのがインフルエンザです。この病気を予防するため、多くの人が冬になる前にインフルエンザワクチンの接種を受けてきました。しかし、2020~21年に私たちはインフルエンザが流行しない冬を経験しました。もちろん、この原因は新型コロナウイルスの流行によるものです。それでは、2021~22年の冬にインフルエンザの流行は再来するのでしょうか。過去100年の歴史を見ても、インフルエンザの流行が2年連続して起きなかったことはないようです。今回は今後のインフルエンザの流行について解説します。
冬に流行する呼吸器感染症は、古代ギリシャの医学者ヒポクラテスも記録しており、人類が集団生活を営み始めた4000年以上前から流行していたと考えられています。この感染症の流行が大規模なものとなるのは16世紀以降で、世界的流行(パンデミック)が起きたことも記録されてます。そして、この頃から、冬に流行する呼吸器感染症をインフルエンザと呼ぶようになりました。
インフルエンザウイルスが発見されたのは1933年のことで、1918年のスペインインフルエンザ(スペイン風邪)の流行後でした。ここにウイルス感染症としての「現代のインフルエンザ」の存在が明らかになります。しかし「現代のインフルエンザ」の流行が、これより前の19世紀後半には起きていたとする科学的証拠も報告されています。この当時の人々から採取された血液が保存されており、それを検査するとインフルエンザウイルスの抗体が検出できたのです。
このように「現代のインフルエンザ」の流行は、19世後半以降には確実に起きていますが、それ以前の冬に流行した呼吸器感染症がインフルエンザウイルスで起きていたかは不明です。ひょっとすると、別の病原体が原因かもしれません。
いずれにしても「現代のインフルエンザ」は20世紀以降、ほぼ毎年流行していました。それが2020~21年の冬は流行しなかったのですから、これは歴史的な出来事と言ってもよいでしょう。
この原因は新型コロナウイルスの流行に関連していると考えて間違いありません。たとえば、どちらのウイルスも同じ感染経路のため、新型コロナの予防対策を取ることで、インフルエンザも予防できたとする説があります。また、呼吸器に感染するウイルス同士の干渉作用だという説もあります。
もう1つ、私はコロナ対策による国際的な人流抑制が大きな原因ではないかと考えています。
毎年冬に流行するインフルエンザウイルスは、原則としてヒトだけが感染し、感染したヒトがウイルスを運ぶことで流行が拡大します。トリやブタなど動物のウイルスがヒトに感染し、新型インフルエンザとして大流行することもありますが、それはまれなことです。つまり、国際人流が毎年のインフルエンザ流行には欠かせないのです。
この国際人流で特に重要なのが、北半球と南半球の行き来です。北半球と南半球の温帯では、冬が真逆の時期になります。この地域間でヒトがウイルスを運ぶことにより、世界的なインフルエンザの流行が維持されてきたのです。つまり、北半球の冬(12~3月)の終わり頃に感染した人が、ウイルスを南半球に運び、それが南半球の冬(6~9月)の流行を起こします。さらに、南半球の冬の終わり頃に感染した人により、北半球にウイルスが運ばれ、それが次の流行になるのです。
2020~21年の冬は、新型コロナの流行で北半球、南半球ともにインフルエンザの感染者数が大幅に減ったのに加えて、この南北の国際人流が止まったため、世界的にインフルエンザの流行がなくなったのです。
ところで、インフルエンザの流行が北半球と南半球の人流に依存していることは、歴史的に見ても分かります。15世紀まではヨーロッパ、アジアの文明社会は南半球との接触・交流がほとんどありませんでした。これが16世紀の大航海時代以降、南米などの南半球にもヨーロッパの影響が及び、両半球の人的交流が始まったのです。そして、この頃からインフルエンザの流行が大規模になっていきました。
では、今後、インフルエンザの流行は再来するのでしょうか。
2021年も南半球の温帯では、冬の6~9月に流行がほとんど起こりませんでした。このため南半球から北半球にウイルスが運ばれることは、まずないと考えます。
その一方で、アジア、アフリカ、中米などの熱帯地域で、インフルエンザの小さな流行が発生しています。温帯ではインフルエンザが冬に流行しますが、熱帯では雨期に流行することが多くみられます。これは雨期になると屋内で過ごす時間が長くなり、飛沫感染が起こりやすくなるためと考えられています。15世紀までは、こうした熱帯の流行が北半球の温帯地域に波及して、流行が起きていたようです。
これから迎える冬にも、日本などの北半球では、熱帯の流行が波及してくる可能性があります。特に10月に入り、新型コロナ流行の鎮静化やコロナワクチン接種の普及により、世界各国が入国制限を緩和するなどして、国際人流が復活しつつあります。日本でも近いうちに水際対策の緩和が行われ、海外からの入国者が増えてくると予想されます。こうした状況下においては、国内でも2021~22年の冬はインフルエンザ流行が再来する可能性が高くなるでしょう。
もし次の冬に日本でインフルエンザが流行すると、まるまる1年流行がなかった影響で国民の免疫が低下しており、大きな流行になることが予想されます。また、新型コロナの流行が続くなかでインフルエンザの流行が拡大すると、医療体制などに大きな混乱が生じます。
こうした事態を防ぐため、国民の皆さんには、今年もインフルエンザワクチンの接種を受けるなどの予防対策を取っていただきたいと思います。コロナワクチンの接種をしている人は、2週間空ければインフルエンザワクチンの接種が受けられます。さらに政府や自治体では、新型コロナとインフルエンザのダブル流行に備えた十分な対策を準備しておく必要があります。
インフルエンザは4000年以上の歴史を持つ“老舗”の感染症です。そう簡単に消えたりはしません。
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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授
1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。