政府は6月21日から職場での新型コロナワクチン接種を開始すると発表しました。この背景には、国内で接種率を向上させる方法として、勤労者世代に接種を拡大させることが必要との判断があります。また、今までの医療従事者や高齢者の接種で、重大な副反応が発生していないことも、職域接種を早期に開始させる一因になりました。しかし、今までの接種は医療機関内や自治体などが管理する施設で、厳重な監視のもと行われてきました。今後、職場という日常生活の場で接種を行うことに心配はないのでしょうか。今回のコラムではコロナワクチンの職域接種に潜む落とし穴について解説します。
政府は職域接種にモデルナ社製ワクチンの使用を予定しています。このワクチンは先に承認されていたファイザー社製と同じmRNAワクチンで、効果はいずれも90%以上と高いものです。副反応についても大きな違いはなく、重大な副反応はアナフィラキシー以外みられません。ただし、接種部位の痛みや腫れ、一過性の全身倦怠(けんたい)感や発熱などが、どちらのワクチンでも高い頻度で起こります。
2つのワクチンで違う点が保存方法です。ファイザーのワクチンは長期保存するのにマイナス70℃の特殊な冷凍庫が必要ですが、モデルナのワクチンはマイナス20℃の冷凍庫で保存できるのです。つまり、医療機関でなくとも保存が容易であることから、職域接種に使用するワクチンに選ばれました。
モデルナワクチンの副反応で一つだけ特徴的なものがあります。それは、1回目の接種後1週間ほどで、注射を受けた腕が赤く腫れてくる反応です。これを欧米では「モデルナ・アーム(腕)」と呼んでいます。
この副反応はすぐに消えるので心配はなく、また、それが起きても2回目の接種を受けることができます。ただ、腫れが広範囲に及ぶこともあるため、「なぜ1週間もたってから起きるのか」と心配される方もいます。この原因は遅発性のアレルギー反応と考えられており、ファイザーのワクチンではほとんどみられません。
モデルナのワクチンを受ける人は、そうした副反応が1%弱に起こることも、覚えておいてください。
今回の職域接種にあたり、政府は3つの方法を提示しています。1つ目は職場に診療所があれば、そこで接種をする方法。2つ目は職場の会議室などで接種をする方法。3つ目は職場の近隣にある医療機関にお願いして接種してもらう方法です。
このうち、1つ目の職場の診療所は大企業なら設置されていることもありますが、最近は経費節約から、その数が少なくなってきました。3つ目の職場近隣の医療機関も日常の診療に忙しいことや、自治体でのワクチン接種に協力している施設も多く、なかなか利用が難しいようです。そうなると、2つ目の職場の会議室などを使う方法が現実的になります。
では、場所があるとして、誰が接種を行うのでしょうか。政府は産業医が接種することを推奨していますが、産業医は職場健診やストレスチェックの対応、過重労働者の面談などで大変多忙です。これに加えてワクチン接種をするのは、なかなか難しくなります。また、産業医の職務内容に、ワクチン接種の計画や準備は入りますが、接種そのものは職務の範囲外という意見も聞かれます。
こうした理由から、接種のためのマンパワーは、各職場が提携する大学病院や医療派遣会社に委託するといった方法がとられることになるでしょう。
このように職域接種の方法としては、職場内などの会議室で、外部委託した医療スタッフが接種を行うという方法が現実的なものになるようです。そこで持ち上がってくるのが、アナフィラキシー発生時の対策です。
今まで日本では、医療従事者や高齢者などに対して、医療機関や自治体が準備した専用施設でワクチン接種が行われてきました。その結果、コロナワクチンでアナフィラキシー、すなわち重症のアレルギー反応が起きるのは、100万回接種あたり20-30件の頻度でした。ただし、それで亡くなったり、後遺症が残ったりした人は1人もいませんでした。これは、接種後にアナフィラキシーを疑う症状が出たら、直ちに応急処置をして、必要があれば救急外来などに搬送していたからです。これと同じ対応が、職域接種でも求められるのです。
コロナワクチンのアナフィラキシーの頻度は、インフルエンザワクチンに比べて20~30倍高いとされています。これでもかなり高いのですが、今後、高齢者から若い人に接種対象が移ると、その頻度はさらに高くなる可能性があります。高齢者よりも若い人でアナフィラキシーを起こしやすいという説もあるのです。
アナフィラキシーは、応急処置が遅れると死に至る重篤な副反応です。職域接種にあたっても、それがいつ起きても対処できるように準備をしておく必要があります。職域接種を行う医療従事者は、インフルエンザワクチンの接種をするとき以上の緊張感をもって対応すべきなのです。
職域接種でもう1つ注意すべき点は、ワクチン接種を職員に強要してしまうことです。自治体での接種にあたっては、地域住民が自由意思で予約を取りますが、職場での接種にあたっては、職場側が職員に接種日を振り分けるような形がとられるでしょう。また、職域接種の場合、「〇〇さんは接種を受けなかった」という情報が、一般の職員にも分かってしまう可能性があります。これは職員に接種を強要することにもなりかねません。
大事な点は、職員がワクチン接種を拒否できる環境を作ることです。「拒否」というよりも、「今回は見合わせる」という柔軟な表現のほうがよいでしょう。今回の職域接種を見合わせたとしても、後日、自治体の接種を受けるという選択肢もあるのです。そして、接種を受けたかどうかの情報は担当者のみにとどめるようにしましょう。
職域接種は日本でのコロナワクチンの接種率を向上させ、コロナ流行を収束させるための重要な鍵になります。これには多くの職場の協力が必要ですが、アナフィラキシー対策や接種を強要しない対応など、いくつかの課題を解決したうえで実施する必要があります。
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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授
1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。