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新型コロナの流行はどこから発生したのか

公開日

2021年12月23日

更新日

2021年12月23日

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2021年12月23日

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東京医科大学 特任教授、東京医科大学病院 渡航者医療センター 部長

濱田 篤郎 先生

この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2021年12月23日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

新型コロナウイルスの流行が中国の武漢で発生して2年が経過しました。現在までに全世界で感染者約2億7700万人、死亡者約538万人(2021年12月23日時点)という大きな被害を生じています。これだけの歴史的な大惨事の発端として、2年前の武漢で何が起こったのでしょうか。今回は新型コロナの流行が発生したルーツを探ってみます。

2019年12月・中国・武漢

2019年大晦日の12月31日、武漢の保健当局から世界保健機関(WHO)に、新型コロナの流行に関する最初の報告が入ります。この報告は、武漢市内にある華南海鮮卸売市場の関係者を中心に、12月から原因不明の肺炎患者が多発しているというものでした。

最近の調査によれば、武漢での最初の患者は12月10日に発生しており、この患者は華南海鮮卸売市場で働く女性店員だったそうです(science.org 「Dissecting the early COVID-19 cases in Wuhan」)。実は、12月8日に市場と関係のない男性患者が発生していたとの情報も流れましたが、この患者の発病日は12月16日に訂正されています。この女性店員の後に、市場の従業員や訪問客に原因不明の肺炎患者が続発し、いわゆるクラスターになったのです。そして、流行は武漢の町へと拡大していきました。

年が明けた2020年1月7日には、この原因不明の肺炎が新型コロナウイルスによることが明らかになります。この時点で、流行はすでに中国国内だけでなく、国外にもまん延していたようです。

武漢の華南海鮮卸売市場

感染者が多発した華南海鮮卸売市場は、揚子江近くにある中国中部で最大級の市場です。1000店舗以上が軒を連ねており、12月は訪れる客も大変に多かったことでしょう。この市場は食用動物を入手できる場所としても有名で、ネズミや蛇などの小動物が生きたまま販売されていました。

こうした店頭の小動物が新型コロナウイルスを保有しており、店員や客がそのウイルスを吸い込むなどして感染したと考えられています。その後、感染者の体内で増殖したウイルスは肺炎を起こすとともに、周囲の人々にウイルスをまん延させていったのです。

新型コロナウイルスは本来、コウモリの保有するウイルスであるとされています。それが小動物を介してヒトに感染し、さらにヒトからヒトに感染が拡大していったわけです。ウイルスがこれだけの能力をどの時点で持ったかは分かりませんが、店頭に感染した小動物が並ぶ時には、すでにその能力があったと考えられます。

武漢ウイルス研究所

華南海鮮卸売市場から揚子江を挟んで約10kmの場所に武漢ウイルス研究所があります。この研究所は1956年に設立されてから、中国でのウイルス研究の中心的存在でした。そして2018年1月、この研究所内にバイオセーフティーレベル4(BSL-4)の病原体を扱う施設が中国で初めて設置されました。BSL-4の病原体とは、エボラウイルスやラッサウイルスなど病原性の高い病原体で、日本ではこのレベルの施設が国立感染症研究所の村山分室に設置されています。

武漢ウイルス研究所ではBSL-4施設を開設してから、コウモリを捕獲してSARS類似のコロナウイルスを検出する研究を行っていました。これには米国やカナダとの共同研究もあったそうです。このような経緯から、武漢で新型コロナウイルスの流行が発生した原因として、米国はこの研究所との関連を疑っています。すなわち、研究所からウイルスが流出し、それが武漢の海鮮市場でクラスターとして拡大したという経路になります。

この研究所からの流出疑惑を明らかにするため、WHOは2021年1月に調査チームを武漢に派遣しました。この時の調査結果では、「研究所から流出した可能性は極めて低い」となりましたが、WHOでは引き続き調査を行っています。

なお、新型コロナウイルスそのものが研究所で作成された人工的ウイルスではないかという疑惑もありましたが、遺伝子解析などにより自然由来のウイルスであることが明らかになっています。

SF映画に登場する研究所からの流出

研究所から流出した病原体が感染症の流行を起こすという話は、SF映画の中によく登場します。たとえば、1976年に公開された外国映画の「カサンドラ・クロス」はその代表例です。ジュネーブのWHO本部に侵入したテロリストが、研究棟で培養していた高病原性の細菌に感染し、そのまま北欧に向かう国際列車で逃走します。列車内で多数の患者が発生する中、映画はクライマックスを迎えるという展開です。また、日本映画の「復活の日」(1980年)も然りです。この映画は小松左京氏の原作で、研究所からスパイによって持ち出された高病原性のウイルスが、運搬中の飛行機事故で世界中にまん延するというものです。

写真:Pixta

このようにSFの世界では、研究所に侵入したテロリストやスパイが、病原体を外部に流出させるというストーリーが数多くみられます。しかし、現在のBSL-4施設の設置にはWHOや各国が厳しい施設基準を設けており、現実には外部の者が侵入できるような状況にはありません。これは武漢の研究所も同様だったと思います。

現実に起こっていた流出例

その一方で、現実の世界でも研究所から病原体が流出し、流行を起こしたと考えられる事例があります。

その中でも有名なのはソ連型インフルエンザの流行です。このインフルエンザは1977年に発生し、2009年に豚由来の新型インフルエンザが流行するまで毎年、世界流行していました。この原因ウイルスが、1947年から1956年まで流行していたイタリアインフルエンザのウイルスとまったく同一なのです。つまり、イタリアインフルエンザのウイルスを保管していた研究所から1977年にウイルスが流出して、世界的に再流行した可能性もあると考えられているのです。ちなみに、ソ連型という名称になっていますが、最初に流行が発生したのは中国北部とされています。

2003年に流行したSARS(重症急性呼吸器症候群)のウイルスについても、2004年4月に中国・北京の国立ウイルス研究所で研究者が感染し、その周辺で8人の感染者が確認されています。この中には研究所の外部で感染した人もいます。

このように、研究者が実験操作中などに病原体に感染し、それを研究所の外に無意識に持ち出すことも可能性としてはあるのです。

写真:Pixta

悲劇を繰り返さないために

話を新型コロナの流行に戻しましょう。現時点で、流行の発端は武漢の市場で販売されていた小動物から感染したと考えるのが妥当だと思います。しかし、WHOが継続的に調査している結果によっては、武漢ウイルス研究所の関与が再検討されるかもしれません。

こうした流行の発端を調べることは、今回のような歴史的悲劇を二度と繰り返さないために欠かせない情報になると思います。

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東京医科大学 特任教授、東京医科大学病院 渡航者医療センター 部長

濱田 篤郎 先生

1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。