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発症すると致死率100% 国内で根絶した狂犬病の流行再燃が懸念されるワケ

公開日

2024年02月22日

更新日

2024年02月22日

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2024年02月22日

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東京医科大学 特任教授、東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授

濱田 篤郎 先生

今年2月7日、群馬県で飼い犬が住民を襲い、12人にけがをさせるという事件が起こりました。この犬は国が義務づけている狂犬病の予防接種を受けておらず、飼い主は狂犬病予防法違反などの疑いで、警察の取り調べを受けています。狂犬病は致死率が100%に達する感染症で、日本では70年近く前に根絶されましたが、流行再燃の可能性も懸念されています。今回はもっとも悲惨な感染症といわれる狂犬病について解説します。

致死率は100%

狂犬病は脳炎を起こすウイルス感染症です。イヌが主な感染源になりますが、ネコ、アライグマ、コウモリなど、哺乳動物は全てリスクがあります。狂犬病ウイルスに感染した動物にかまれたり、引っかかれたりすると、ウイルスは傷口から体内に侵入し、神経を通って脳に向かいます。この脳に達するまでの時間が潜伏期間で、約1~3カ月とされています。

ウイルスは脳に到達すると急速に増殖し、致死性の脳炎を起こします。最初は発熱など、かぜのような症状がみられ、間もなく不安感、興奮、幻覚、精神錯乱などの精神神経症状が出現します。そして、この時期に恐水発作と呼ばれる狂犬病に特徴的な症状がみられます。水を飲もうとすると、喉の筋肉がけいれんして水が飲めなくなる症状で、患者は次第に水そのものを恐れるようになります。こうした症状が数日間続き、最後に昏睡状態に陥り死亡するのです。

このように狂犬病は、ウイルスが脳に到達すると致死率がほぼ100%になるため、もっとも悲惨な感染症といわれています。

救命は早期のワクチン接種のみ

狂犬病に感染した動物にかまれた場合、唯一の救命方法は、脳にウイルスが到達する前に、そのウイルスを殺してしまうことです。このためには、体内にウイルスが侵入してからできるだけ早くワクチン接種を複数回受けて、自身の免疫でウイルスを殺す方法を取ります。

ただし、ワクチン接種を受けても免疫ができるまでには一定の時間がかかるため、狂犬病リスクの高い国に滞在する人には、出国前にワクチン接種を受け、免疫をつけておくことを推奨しています。こうしておけば、かまれた後の追加接種で、迅速にウイルスを殺すことができるのです。

かまれた傷が深いと、短時間でウイルスが脳に到達することもあるため、狂犬病免疫グロブリンを併用します。この製剤には狂犬病に免疫のある人の血清が含まれており、ウイルスの脳への到達を遅らせることができます。しかし、日本では狂犬病免疫グロブリンが販売されておらず、この製剤がどうしても必要なケースは、海外で接種を受けるしかないのです。

日本での狂犬病根絶

日本では古くから狂犬病が国内流行しており、江戸時代に5代将軍、徳川綱吉が生類憐みの令を発した頃は、野犬が増加して国内でも多くの患者が発生しました。しかし、1950年に狂犬病予防法が制定されてからは、患者数が激減します。その後、国内感染の患者は1956年を最後に、また、国内での動物の狂犬病も、1957年にネコの感染例を最後に発生していません。

このように日本で狂犬病が根絶できたのは、島国であることに加えて、国内のイヌに狂犬病ワクチンの接種を義務付け、海外から入ってくる動物に厳しい検疫措置を取ったためと考えられています。

こうした日本での狂犬病根絶により、国民の間ではこの病気への関心が薄れており、それに伴い、最近になり懸念すべき事態が起こっています。それは海外感染例の増加と国内流行再燃の可能性です。

海外での狂犬病感染

世界保健機関(WHO)の推計によると世界では狂犬病の患者が毎年約5万5000人発生しており、特にインドやフィリピンなどアジア諸国で多いとされています。日本のように狂犬病が流行していない国は、英国やニュージーランドなど一部の島国のみで、海外では狂犬病が今も流行中の感染症なのです。

日本からこうした国々に渡航する人も増えており、海外で無防備に動物に触れて、狂犬病を疑う動物にかまれるケースはかなりの数にのぼります。たとえば、2010~11年にタイのバンコクで日本人旅行者を対象に行った調査では、現地でイヌにかまれた頻度が1カ月間の滞在で4.3%に達し、このうちの9割近くは、かまれた後にワクチン接種などの処置を受けていませんでした。イヌが狂犬病に感染していなかったので、かまれた人は狂犬病を発症しませんでしたが、もし感染していたら悲惨な結果になっていたことでしょう。

実際に海外でイヌにかまれて国内で発病するケースは、1970年に1例(ネパールで感染)、2006年に2例(フィリピンで感染)、2020年に1例(フィリピンで感染)発生しており、この数は今後さらに増えると予想されています。

海外では動物に無防備に近づかないことや、動物にかまれたら直ちにワクチン接種を受けることを、海外渡航者には知っていただきたいと思います。

国内流行再燃への警戒

もう1つの懸念は国内流行再燃の可能性です。日本では1950年の狂犬病予防法制定により、飼い犬へのワクチン接種が義務付けられ、接種率は100%近くを維持してきました。しかし、この数値が2000年以降80%を切るようになり、最近では70%近くまで落ちています(いずれも厚生労働省の集計)。今年の2月、群馬県で多くの人々にけがを負わせた飼い犬も、狂犬病ワクチンの接種を受けていませんでした。

WHOによると、イヌのワクチン接種率を70%以上に保っておけば、その国に狂犬病の感染動物が持ち込まれても、流行は再燃しないそうです。つまり、現在の日本の接種率はギリギリの数値であり、もう少し接種率を上げておく必要があります。

では、今後、狂犬病の感染動物が国内に持ち込まれる可能性はあるでしょうか。正式なルートで輸入された動物については検疫で対応しますが、密輸などで持ち込まれた場合は、感染動物が国内に入る可能性があります。さらに、コウモリの危険性が指摘されています。この動物も狂犬病ウイルスの感染源になり、種類によっては活動範囲がかなり広いことが知られています。今後、海外から飛来するコウモリが、狂犬病ウイルスを国内の動物に感染させる可能性もあるのです。

台湾でも、一時、狂犬病の根絶宣言が出されていましたが、2013年に野生動物の調査を行ったところ、アナグマの感染が確認されました。今後、日本でも野生動物の狂犬病調査を行うなどして、侵入を早期に感知する必要があります。

狂犬病は致死率が100%という大変に悲惨な感染症です。日本国内ではこの病気を70年近く前に根絶したために、多くの国民がその恐ろしさを忘れてしまっていますが、この感染症についての関心を再び高めていくことが大切だと思います。なお、厚生労働省は、現時点で国内の動物にかまれても「狂犬病の心配はない」との見解を示しています。
 

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東京医科大学 特任教授、東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授

濱田 篤郎 先生

1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。