北半球ではインフルエンザの流行シーズンが近づいています。新型コロナウイルスとのダブル流行も予想され、今年はインフルエンザワクチンの接種を希望する人が増えていると聞きます。その一方で、今年の南半球では冬の時期(6~9月)にインフルエンザ流行がほとんどみられませんでした。これは、新型コロナの流行と大いに関係があります。今回は、今シーズンの日本でのインフルエンザ流行について予想してみます。
世界保健機関(WHO)は2週間ごとに世界のインフルエンザ流行情報を報告しています。9月末の報告書には「南半球ではインフルエンザの流行が、まだおきていない」と書かれています。
南半球では6月から9月が冬の季節になりますから、これは事実上、南半球では今年の冬のインフルエンザ流行がおきなかったことを意味します。オーストラリア保健省が発表するインフルエンザ流行曲線を見ても、例年は6~9月にみられるインフルエンザの大きな流行の波が、2020年を示す赤色の線では全くないのが分かります(図1)。こうした現象はニュージーランド、南アフリカ、南米の温帯地方(アルゼンチン、チリなど)にも共通してみられるもので、その原因は新型コロナの流行にあると考えられています。
なぜ、新型コロナの流行により南半球でインフルエンザの流行が消えたのでしょうか。これにはいくつかの原因が考えられます。1つ目は、予防法によるもの。新型コロナとインフルエンザはいずれも飛沫感染や接触感染で拡大し、予防法も同じです。新型コロナの流行により、世界各地の人々が手洗いやマスク着用などの予防対策をとるようになったため、インフルエンザも流行しなくなったというわけです。
2つ目は、国境の閉鎖によるもの。新型コロナの流行で多くの国が国境を閉ざし、感染者の流入を防いでいます。これはインフルエンザ感染者の流入を防ぐことにもなるのです。
そして3つ目が、ウイルス同士の干渉作用によるもの。新型コロナもインフルエンザも呼吸器に侵入するウイルスによっておこります。こうした同じ臓器に侵入するウイルス同士は、片方が大流行すると、もう片方が流行しなくなるのです。このメカニズムはまだ解明されていませんが、優勢になったウイルスが人体に侵入する「レセプター」を占有するという説や、劣勢なウイルスの増殖を阻害する物質が体内で分泌されるという説があります。
このような3つの原因が複合して、今年の南半球ではインフルエンザの流行が消えたと考えられていますが、どれがメインだったかは、国によって事情が異なるようです。
まず、「予防法が同じ」については各国に共通する原因でしょう。「国境の閉鎖」はオーストラリアやニュージーランドにあてはまります。両国とも新型コロナの侵入を阻止するため、流行が始まって以来、厳重な鎖国政策をとってきました。この効果により、両国では新型コロナの大流行を防ぐことができています。その一方で南アフリカや南米の国々は、厳しい国境閉鎖をしていないため、新型コロナの感染者数は大変多くなっています。
「ウイルスの干渉」は新型コロナが大流行している場合におこるものです。すなわち、南アフリカや南米では、これによってインフルエンザの流行が抑えられていると考えられます。一方、オーストラリアやニュージーランドでは、干渉がおこるほど新型コロナの流行が拡大していません。
このように、南半球でもそれぞれの国により、インフルエンザが流行しない原因が異なるのです。
新型コロナの流行は今年1月から北半球で拡大したため、2019~2020年シーズンの北半球でのインフルエンザ流行にも影響を及ぼしました。とくに東アジアの国々では、新型コロナの流行が発生してから、インフルエンザの流行が急速に消退していきます。
日本でも1月(横軸「1~4」週)にインフルエンザ流行の低いピークがあり、2月(同「5~8」週)には流行がほぼ消えています(図2)。1~2月といえば中国で多くの感染者が発生していましたが、日本ではあまり感染者がみつかっていません。また、中国以外の国からの入国制限も行っていません。こうした状況からすると、日本で1~2月にインフルエンザの流行が消えたメカニズムとしては、「予防法が同じだから」ということになるでしょう。
この時期、日本では新型コロナ感染者が多数発生してはいませんでしたが、メディアが飛沫感染や接触感染の予防方法を繰り返し発信していました。これがインフルエンザの流行を2月までに終息させた原因ではないかと思います。
このように、新型コロナの流行にともない、世界各地でインフルエンザの流行が消えたり、早期に終息したりしています。では、日本で今年の冬(2020~2021年シーズン)のインフルエンザ流行はおこるのでしょうか。
10月初旬、国立感染症研究所が発表したインフルエンザ情報によると、今シーズンは国内でインフルエンザの流行はまだ発生していません。例年ならば、この頃までにある程度の数の患者が発生しますが、今年はほとんどいないのです。
毎年、北半球の冬に流行するインフルエンザは、南半球の冬に感染した患者が北半球に持ち込んだウイルスが起点になっています。今年は南半球で流行がなかったので、北半球に持ち込まれるウイルスもないとわけです。また、日本は現在、多くの国との間で国境を閉ざしています。つまり、新型コロナウイルスとの干渉の有無にかかわらず、今年の冬、日本でインフルエンザが流行する可能性は低いと考えられます。
ただし、油断は禁物です。最近のWHOの報告では、東南アジアでインフルエンザの小さな流行がおきているようです。現在、日本は東南アジアの国々とビジネス交流を再開しており、このルートから日本にウイルスが持ち込まれることも考えられます。
いずれにしても、新型コロナとインフルエンザのダブル流行に対応する準備は十分にしておく必要があります。手洗いやマスク着用といった新型コロナの予防法を続けるとともに、インフルエンザワクチンの接種もお忘れなく。
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東京医科大学病院 渡航者医療センター 客員教授
1981年に東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学に留学し熱帯感染症、渡航医学を修得する。帰国後に東京慈恵会医科大学・熱帯医学教室講師を経て、2004年より海外勤務健康管理センターのセンター長。新型インフルエンザやデング熱などの感染症対策事業を運営してきた。2010年7月より現職に着任し、海外勤務者や海外旅行者の診療にあたっている。