新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大により、多くの病院が経営課題に直面しています。withコロナ時代、日本の医療はどのように進み、病院経営者にはどのような戦略が求められるのでしょうか。8月27日にオンラインで開かれた病院経営セミナー(メディカルノート主催)で講演した全日本病院協会副会長、董仙会本部恵寿総合病院(石川県)理事長の神野正博先生の話をまとめました。
「日本病院会」「全日本病院協会」「日本医療法人協会」の3病院団体が5月27日に連名で発表した「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査(最終報告)」によると、4月の医業利益率は全病院でマイナス10%でした。特に新型コロナ感染者の入院を受け入れた病院では経営状況の悪化がより深刻でした。
さらに、同病院団体はこの調査に続いて、8月6日に2020年度第1四半期の調査結果を発表しました。昨年と比較すると、4月から6月にかけて赤字病院が大幅に増加していることが分かります。夏季賞与の影響で昨年も赤字病院が多かった6月を除き、特に新型コロナ感染者の受け入れに伴う一時閉鎖を行った病院では、赤字病院が約2倍に増えました。
こうした状況から、国は新型コロナウイルス感染症対策関係の二次補正予算で医療機関支援を実施していますが、その中でも医療従事者などへの慰労金支給については全く動きがない地域もあり、大きな課題となっています。一方、福祉医療機構の優遇融資が拡充されているため、無利子・無担保融資の対象となる病院は最大限に利用すべきだと思います。
これから先、医療・介護の領域では「3つのI」をキーワードとして実行していくことが必要だと考えています。医療・介護や専門医療・総合医療という領域の統合(Integration)、患者さんの要望に応じた改善だけでなく新たなサービスを提供する変革(Innovation)、患者さんや職員を鼓舞することによる価値の創造(Inspiration)です。
少子高齢化に関して、2025年までとそれ以降で状況が変化すると予想されています。これまでは高齢者の増加が顕著でしたが、2025年を過ぎると生産年齢人口が大きく減少していきます。今後は、高齢者の増加を前提とした仕事の方法を変えていかなければなりません。さらに、このコロナ禍の社会情勢で妊娠を希望しない方が増える可能性から、少子化のさらなる加速についても念頭に置いておく必要があります。
2019年4月に労働基準法が変わり、働き方改革が推し進められました。医師にも労働時間の短縮が求められていますが、「(労働時間)×(労働生産性)=業績」という式で示せるように、労働時間を短くして今と同じやり方で仕事をしたら業績は下がってしまうわけです。生産性を向上させるには、“仕組み改革”を加速させなければなりません。
まずは効率化を図ることが必要です。無駄を削ぎ落とした工程表「クリティカルパス(臨界経路)」を示し、必要に応じてICT、AI、ロボットを導入することになるでしょう。それから、Core Mission(本来業務)を確立させたうえで、仕事の移譲(タスク・シフティング)、分かち合い(タスク・シェアリング)をどのように実践するか考え、業務を見直していくことが重要です。
今回のコロナ騒動によりさまざまな変化がありました。例えば、薬品や個人用防護具などの在庫を減らして必要なときだけ発注するJust In Time & Stocklessから、Just in case(念のため)、つまり在庫を確保しておくサプライチェーン(供給連鎖)の見直しが必要になってきました。テレワークが求められ、オンラインによる診療、面会、会議、セミナーなどが増えました。生産性向上やセキュリティ強化を図るためデジタル投資も増加しています。
これからの新しい常識としては、いわゆる「3つの密」を回避する技術・サービスがキーワードになると思います。「密接」は非接触、「密集」はリモート、「密閉」はVR(仮想現実)・AR(拡張現実)・MR(複合現実)の利用が考えられます。院内でも3密を避けるため、上記のことを正しく行えているかどうか、改めて見直す必要があるでしょう。
医療現場でも、新型コロナ対策に伴うさまざまな影響が生じています。感染者の受け入れによって患者数が減少し、診療報酬の届け出の基準を満たせない状況も出てきました。そこで、厚生労働省は配慮として、そうした医療機関にも一時的に基準未達を許容する臨時特例措置を設けています。さらに、8月19日に行われた中央社会保険医療協議会総会では、9月30日までの経過措置を2021年3月31日まで延長する方向性が示されました。診療報酬で必要とされる会議のweb開催を認めていこうとする、重要な動きも出てきています。
人口減少社会、高齢社会、デジタル化、価値観の変容などが起こりつつあるなかで、新型コロナ感染拡大前の社会に戻ることはないといえます。新型コロナによってさまざまなことが前倒しになっただけだと捉えて、未来にやるべきことを今やる、という考え方の転換が必要だと思います。
政府の経済財政諮問会議の7月8日の資料にも、「今起こりつつある変化を後戻りさせず、10年分の変革を一気に進める。この数年の取組が未来を左右、今が選択の時」「できることは直ちに着手・時間を要する課題についても5年以内に集中実施――コロナ後の不透明要因に留意しつつ、実行計画を今後半年で作成」と述べられています。私たち医療者も遅れを取ってはいられません。
医療や介護で用いられる言葉「クオリティー・オブ・ライフ(Quality of Life:QOL)」とは、患者さんが自分らしく満足できる生活の質を維持するという概念です。 “人生のクオリティー”に着目し、病院・生活・介護を分けずに考えることが、病院運営においてさまざまな事業を展開する鍵になると私は考えています。今後は、生活の中で健康管理をし、必要なときに短い時間で正確な治療を行う体制が求められるでしょう。
その意味では、病院、薬局、消防・救急、行政、ショップ、コミュニティーなどが患者さんを取り囲んで隣人をつくる「Patient Centered Medical Neighborhood」の考え方が重要です。
当グループのミッションは「先端医療から福祉まで『生きる』を応援します」です。医療・介護事業を幅広く展開し、全てのグループ施設で利用者1人につき1つのIDとカルテを共有している点が特徴です。医療介護統合電子カルテ、患者さんの送迎、サービスセンターでの予約・定期受診勧奨、グループ施設間でのオンラインによる連携システムなども自分たちで構築しています。今後、ほかの施設や行政とどのようにつながっていくかが、戦略上の大きな課題です。
2017年9月からは、個人の病名や検査結果、処方内容などの医療データを保存して、患者さんが自己責任で自由に見たり情報提供したりできるしくみ「パーソナルヘルスレコード(PHR)」の運用も行っています。こうした取り組みによってMedical Neighborhoodが構築され、地域の方々の生活支援へとつながることを期待しています。
新型コロナで先行きが不透明な時代の病院経営戦略として、病院の品質ではなく地域の品質、すなわち患者さんが病院を受診する前後に私たち医療者がいかに関わっていくべきかを、考えていくことが重要だと思います。
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