新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染拡大を防ぐために政府が大規模なイベントなどの自粛要請をしてから1週間。月が明けて小中高校の一斉休校も3月2日から始まりました。こうした対策で、感染を封じ込めることはできるのでしょうか。厚生労働省の支援にもあたっている、国際医療福祉大学医学部公衆衛生学教授、和田耕治さんに、いま理解すべきこと、この先に向けて議論すべきことなどについて聞きました。【編集部】
政府は2月26日に「大勢の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベントなどについて、今後2週間は、中止、延期または規模縮小などの対応」を要請しました。ですが、なぜやめなければいけないのかが、国民に伝わっていません。
新型コロナウイルスの国内感染で何が起きようとしているのか。そのヒントはクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客にあります。
あの船で分かったことは、60~80歳代の海外旅行に行けるような、比較的元気な人が感染するとどうなるかということです。
感染者の5割は比較的軽症で、症状のない人も多い。3割は熱やせき、倦怠(けんたい)感などの症状がありますが、入院が必要とまではいえないレベルです。残る2割が、入院が必要なぐらい重症で、さらに感染者全体の5%にあたる人が、人工呼吸器が必要な状態になります。そのような重症の人は集中治療室(ICU)での管理が必要になります。
これは、これから高齢者施設などで起きうることです。
例えば、100人の入所者がいる施設で感染が起こったとしましょう。皆さん距離が近いので容易に広がります。そうなると、約80人は大丈夫ですが、症状が重い方の20~25人は入院が必要になって、うち5人が人工呼吸器を必要とする。それだけの人がICUに入ると、今度は他の病気、例えば抗がん剤や脳梗塞(こうそく)、重症の事故などの治療ができなくなります。ICUに感染症の人が来ることは想定されていません。
ICUに感染症の人が入ると、接触感染で広がる恐れが高いので、ほかの術後の人などをICUに入れられなくなります。そうすると、医療がパンクすることになるわけです。
自分は高齢者じゃないから大丈夫、と思っている人がいるかもしれませんが、ほかの病気になったり大けがをしたりする可能性はあります。そういう時にも医療にかかれるようにしておくためには、感染者の母数を減らして医療施設がパンクしないようにしなければいけないのです。
新型コロナウイルスのことだけを考えてハイリスクグループを救うというだけではなく、すべての必要な人に医療が提供できる態勢を維持するためにはどうしたらいいかを考えなければいけません。そのことが、多くの方にきちんと伝わっていないのです。
もう1つ、これまでに分かったのは、どのような状況で大きく感染が広がるかということです。
感染者の8割は、他の人に感染させていないようです。その一方で、まわりにワッと広げる人がいる。これまで報道された中で言うと、屋形船やスポーツジムで多くの人が感染したのがその例です。そういう人は具合が悪くて、明らかに症状があるかというと、そうではないことが分かってきました。意外に元気で、1日のうちに何カ所にも行くなどしています。だれもが、自分が感染していることを知らずに広げてしまうことがある、ということです。
では、どういう場面で感染が広がるかというと、密閉された換気が少ない空間で、そのような人と距離の近い接触があって長時間対面で会話をする、という場面でリスクがあると考えられます。
逆に言うと、渋谷のスクランブル交差点のようなところでは、人は密集していますが開放空間ということもあるので、広がらないだろうと思います。満員電車での感染を非常に恐れている方が多いようですが、通勤の電車の中でしゃべる人はほとんどいませんよね。ですから、実はここもリスクは低いと考えられます。
今回の感染症の特徴は2つあって、1つが今述べたような「ソーシャル・ギャザリング(社会的集まり)」で、お互いに知っているくらいの距離で一定時間、話しているような場面で感染が広がっているだろうと思われます。あと1つは家庭でも起きるということです。
国内の例で、50代の夫婦と20代のお子さん2人の4人家族全員が感染したケースがありました。通常、このような構成の家族は小さな子どもがいる家庭と比較すると密接に関わることは少ないことが想像されますが、それでも全員が感染していました。家に高齢者がいて、発症すると容易にうつしてしまう可能性がある。家庭の中でこんなに感染しているということを知っておく必要があります。
政府の自粛要請は「大規模なイベント」が対象ですが、規模の問題ではありません。満員電車でもありません。避けるべきは、先ほど述べたような、密接な接触がある「ソーシャル・イベント」です。
政府は2月27日に突然、全国の小中高校に一斉休校を要請しました。学校もリスクがないとは言えませんので、感染が拡大している地域でやるのはいいでしょう。しかし、全国一律に休校というカードを切るのが今なのかは疑問です。
こうした対策の難しいところは、やめ時、緩めるタイミングです。春休みが終わるころになっても状況が変わっていなければどうするのか。やめる時にどう根拠を説明するのか……始めるよりも要請を緩和する方が難しいのです。
「恐れながら日常を取り戻す」――。それが必要なことで、今後のキーワードになると考えます。
人間関係なしで社会も経済も成り立ちません。一律にイベントをすべてやめるのではなく、例えば野球やサッカーなら無観客試合にするよりも、拍手はいいけど大声を出すのはやめてもらって、1席あけて座り、入り口で体温を測って熱がある人には返金の上お帰りいただき、入場の際にはきちんと手洗い・消毒をして、打楽器はいいけどラッパはダメ――といったように、厳格な条件を付けて、社会にやらせてほしいとお願いしてもいいのではないでしょうか。その方が、無観客で無収入になるよりもずっといい。そんな風に、もう少しきちんと議論して、何とかできないかを考えるべきなのではないかと思います。
新型コロナ対策の話は、今後1~2週間で終わるものではなく、年単位で考えなければいけないものです。どれぐらい続くかは、このウイルスに感染した場合に「生涯免疫」が獲得できるかにかかっています。生涯免疫というのは、1度感染すれば高齢になっても再び感染しなくなるということです。そうであれば、若いうちにかかってしまった方がリスクは低くなります。ところが、生涯免疫ができないとなったら、インフルエンザのように何度もかかる病気になる可能性もあります。
春になって温かくなれば感染は一度下火になるかもしれないという楽観論があります。私も心の中ではそうであってほしいと思っています。しかし、そうだとすると正念場は今年の冬、10~12月ではないかとも思ってしまいます。
それまでにいろいろな議論をしておかなければいけません。怖いのは、病院がいっぱいになり、必要な人に人工呼吸器が使えなくなることと、コロナ感染以外の病気やけがで病院にかかれない人がでてしまうことです。
こういう話に、皆さん不安になるかもしれませんが、いまこの時に、そういう話もしておいた方がいいと思います。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。