日本集中治療医学会の西田修理事長が4月1日にウェブサイトで公開した「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に関する理事長声明」は、人口当たりの集中治療室(ICU)の数がドイツやイタリアよりも日本の方が少なく、「死者数から見たオーバーシュートは非常に早く訪れることが予想され」る、などと書かれていることから「日本の医療崩壊への警鐘」と話題になりました。しかし声明の真意は、医療崩壊を防ぐためにマンパワーを結集する準備を進めるべし、という会員向けのメッセージだったと言います。どうすれば医療崩壊を食い止められるのでしょうか。西田理事長に聞きました。
理事長声明では「日本の集中治療体制はパンデミックには脆弱(ぜいじゃく)」と書いているのに、「パンデミック」が省略され、あのイタリアと比べてもICUのベッド数が少ないなどと“誤読”されています。しかし、COVIDとの戦いの最中に、隣の芝生がどれだけ青いかを言いつのっても意味がありません。
日本の保険医療制度の中で「ICU」とは「2対1看護」、すなわち患者2人に対して看護師1人の割合で配置されていることが条件になっています。ところが、パンデミックが起こるとこの体制が維持できなくなるのは明白です。
ICUに入るような重症患者の体にはいろいろな薬剤や輸液を決まった速度で流す「シリンジポンプ」が10数台つながっています。薬が1つ切れると、看護師はナースセンターに戻ってダブルチェックして交換用の薬剤を持ち帰り、セットします。切れるタイミングは別々なので、それだけでもひっきりなしに病室とナースセンターの行き来が必要になります。ほかにも、患者のたんを吸ったり体の清拭をしたりと、やることはたくさんあります。
患者が感染症で、看護師1人で2人の患者を診ようとするとどうなるか。個人用防護を完全にして1人の患者を診る。ナースセンターに行く時や、ほかの患者を診るときは防護服を手順通り脱いで捨てるなどしてどこにもウイルスをつけないようにしなければなりません。しかし、防護をしながら2人の患者とナースセンターを行き来するのは現実的には不可能です。そうすると、看護師は中に入ったままになり、サポートする看護師が別に必要になります。つまり、患者1人に対して看護師2人、通常の4倍のマンパワーが必要になってしまうのです。
8床のICUは普段なら看護師4人で回るのですが、COVIDの患者が2人入るとそれだけで4人とられることになります。完全防護をして、勤務時間も守ったら6床が宙に浮いてしまう。ICUには各床分の人工呼吸器がありますが、呼吸器の前にマンパワーが不足するのです。
あの声明は、どうやってマンパワーを補填(ほてん)するか、災害トレーニングとして病院全体で今から考えるべしという、会員向けのメッセージなんです。
医療崩壊を防ぐためには、診療報酬の枠組みを変える必要があります。我々は日本救急医学会、日本看護協会、日本病院会と協同して厚生労働省に診療報酬の特例措置を要望しました。現状を「新型コロナとの戦争」と例える人もいます。だとすれば、戦争にはお金がかかります。そして、箱ではなく人に目を向けなければ勝てません。飛行機をいくら作ってもパイロットがいなければ勝てないんです。ウイルスがすごい勢いで押し寄せてきているんだったら、こちらも最前線の人を増やさなければだめです。人工呼吸器やECMOの機械をそろえます、といって、だれがそれを使うのか考えていただきたい。
イタリアで急激に死者数が増加したのはICUで診られない人が増えたことと、ICUの中で通常の治療が困難になったからです。
イギリスではジョンソン首相が当初「国民全員が感染して集団免疫をつければいい」と言っていました。ところが、このままだと集中治療のキャパシティーがボトルネックになり、多数の国民が死亡するというシミュレーションを見せられ、方向転換をしました。集中治療のレベルがどんなに高くても、その恩恵にあずかれない人が出てきたら、そこから爆発的に死ぬ人が増えるのです。
イタリアの致死率は13%ですが、最初のうちは2%でした。死亡者から見たオーバーシュートが起こると、致死率は患者の増え方の何倍にも増えていきます。
ドイツはイタリアの後を追うように感染爆発が起こりましたが、シミュレーションでICUが足りなくなると計算し、すでにあった2万5000床を5万床まで増床させるなど、報奨金を出したりして国が誘導しながら重症患者を診られる体制を維持しています。国民を守るための政策を出し、そこにお金を使っているんです。
一方で、イタリアの集中治療のレベルは、通常時には非常に高いし、呼吸管理もめっぽう強い。その国で死者数が急増してしまったのは、経済がひっ迫してその部分にお金をつぎ込めないからです。日本は「経済対策」として100兆円をつぎ込めるのなら、少しだけでも医療の最前線に入れるべきです。それができなければ、イタリアと同じになりかねません。
イギリスではジョンソン首相が方向転換をしたときに「集中治療を守れ」と言いました。翻って日本では、残念ながら集中治療に対する国の下支えがまったく足りていません。それは、いまだに集中治療の専門医制度が認められないことに端的に表れています。
いまこの困難で、集中治療医は最前線で人の命を救うために必死に対応しています。
理事長声明で「新型コロナウイルス感染症の重症患者を収容できるベッド数は1000床にも満たない可能性があります」と書いたら「1000床」の部分だけが独り歩きしてしまいましたが、現状のままならそうなってしまうということです。マンパワーを増やして、ICUのベッドをフル稼働する方法を考えましょう。それで足りなければ、ハイケアユニットや手術室などほかにも使える“箱”はあります。知恵を絞ればさまざまな方法が考えられますので、国民の命を守るために、ぜひ我々の話を聞いていただきたいと思っています。
追記)日本集中治療医学会は日本救急医学会と連名で、4月13日に厚生労働省に診療報酬の特例措置についての要望書を提出、日本看護協会と日本病院会にも協力をお願いし同様の要望書を提出していただきました。結果、厚生労働省は4月18日に、重症や中等症の患者を受け入れた医療機関に支払われる診療報酬を倍増する特例措置を出しました。
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