オックスフォード大学の研究グループが、「新型コロナウイルスから回復した人は神経・精神疾患にかかりやすい」とする研究結果を報告しました*¹。ただし、これだけでは新型コロナウイルスが精神疾患の原因かどうかは分かりません。神経・精神疾患は非常にありふれた病気であり、新型コロナウイルスに感染したせいで起きたとは断定できないからです。では、その原因には何が考えられ、どのようなことに注意したらよいのでしょうか。【執筆:CoV-Navi(こびナビ) 副代表 木下 喬弘先生】
新型コロナウイルス感染症と神経・精神疾患の発症については、さまざまなメカニズムが指摘されています。ウイルスが脳神経系に侵入すること、感染によって生じた血栓が脳梗塞を引き起こすこと、過剰な免疫反応により脳に炎症を起こすこと――などが代表的です。
では実際に、新型コロナウイルス感染症は精神疾患を引き起こしやすいのかということを、データで見ていきましょう。
オックスフォード大学の研究では、「TriNetX Analytics Network」(8,100万人の患者を含む、主に米国の62の医療機関の電子健康記録から匿名化されたデータを記録する連合ネットワーク)のデータを使用。新型コロナウイルスに感染した人と、インフルエンザに感染した人、インフルエンザ以外の呼吸器感染症にかかった人を、元々の背景を調整したうえで比較しています。
その結果、新型コロナウイルスに感染した人は、インフルエンザに感染した人に比べて約1.8倍、他の呼吸器感染症にかかった人に比べて約1.5倍、気分障害や不安神経症、他の精神病を発症した人が多いことが分かりました。
また、新型コロナウイルスに感染した人の中でも、重症だった人のほうが精神疾患にかかりやすい傾向も示されています。入院を必要としなかった人に比べて、入院が必要であった人は約1.6倍、集中治療を要さなかった人に比べて、集中治療が必要であった人は約1.3倍、気分障害や不安神経症、他の精神病を発症した人が多いということが分かりました。
このことは、精神疾患は新型コロナウイルス感染によって起こりやすく、また重症になるほど頻度が増えるということを示唆しています。
しかし、これがウイルスそのもののせいなのか、感染による社会的な要因が原因であるかは分かりません。
たとえば、新型コロナウイルスはインフルエンザに比べて格段に重症化しやすいため、集中治療を要した人が多く、それが精神疾患の引き金になった可能性があります*²。他にも、新型コロナウイルスに感染した人は長期の隔離を必要としたり、周囲から感染したことを責められたりしたことで、精神的苦痛を感じたということも考えられるかもしれません。
重要なことは、直接的にウイルスが原因であるにせよ、社会的な不利益を被ることが影響するにせよ、新型コロナウイルスに感染すると精神疾患発症のリスクが上がるということです。これは若年者でも感染対策を徹底し、感染リスクを下げる行動を取るべき理由の1つになります。
2021年4月現在、日本では新型コロナウイルスの感染が急速に拡大しており、予断を許さない状況です。ワクチン接種が進み集団免疫が達成されるまで、しっかりとした感染対策を継続しましょう。
*¹ 2020年に新型コロナウイルスに感染した人を最長6か月フォローし、33.6%が新型コロナウイルスに感染後6か月以内に神経・精神疾患の診断を受けており、12.8%はそれが初めての診断であった。(出典:Lancet Psychiatry 2021;8:416–27.)
*² 出典:BMJ. 2020;371:m4677
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