「原因不明の肺炎が中国で集団発生」という一報が伝わったのは2019年末のこと。その後「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)」と名付けられたこの病気は、瞬く間に全世界に拡大。半年を経てもなお衰える気配はなく、いまだに効果的な薬や治療法は確立されていません。世界中でさまざまな研究が進む中、多くの医療関係者にも、そうした情報は断片的にしか伝わっていないのが現状です。そこで、日本医師会はこれまでに分かっている、ある程度確度の高い情報を集めた「外来診療ガイド」を会員向けに作成しました。少し難しい内容ですが、医療関係者以外の人にも、新型コロナ感染が疑われた時にどうすべきか、診療を受ける際の注意点などについて正しい情報を知ることができます。取りまとめた日本医師会常任理事、羽鳥裕先生に、ガイド作成の狙いや今後の見通しについて聞きました。
ガイドラインの改訂版(第2版)が公開される直前に、新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言が約1カ月半ぶりに解除されました。懸念されていた感染者や死者の爆発的な増加、医療崩壊は、国民の理解と協力、医療従事者の献身的な努力で免れることができましたが、日本が新型コロナに“打ち勝った”わけではありません。
常夏のインドやアフリカ諸国でも蔓延しており確定的なことは言えませんが、新型コロナウイルスも寒さや乾燥といった、インフルエンザと同じ条件で流行する可能性は大きいと思われます。新型コロナ感染症は、まずは冬に中国からアジア、ヨーロッパ、北米へと広がり、今はブラジルをはじめとした南米や南アフリカなど、南半球で大規模な拡大が続いています。南米のチリでは当初感染者がほとんど出ず、それは膨大な数のPCR検査をやっていたおかげだといっていたのですが、季節が変わって冬に向かうなかでどんどん感染者が増えている状態です。
日本も11月、12月になると次の大流行が起こるかもしれません。冬には、季節性インフルエンザと重なると発熱患者の受診拡大で、診療の現場がどうなるかは、現時点で誰にも読めていないというのが実情だと思います。
感染症指定医療機関以外でも、かかりつけ医においても新型コロナ疑いの患者さんが普通に外来を受診する事態が想像されます。現在は、2類感染症相当という指定感染症なので、公費負担制度による診療を行う場合、PCR検査・抗原迅速検査を行うには、地域の行政との契約が必要で、地域によっては医師会と集合契約を行っています。この枠組みを外すのは難しい事情も分かりますが、一般の医療機関でも新型コロナに立ち向かってほしいということになるのであれば、時間・空間で導線を分ける、医療者・一般患者への感染防御に十分な配慮をする事を徹底しながら診療を行う事が求められることになります。
今までなら、季節性インフルエンザの流行時でも、感染防御に十分配慮せずに診療している場合があったかもしれませんが、新型コロナの患者さんが紛れて目に前にいるかもしれない時に、それはもう許されません。
インフルエンザならば、予防のワクチンや、抗インフルエンザ薬もあり、簡便で精度の高い迅速検査キットもあります。死亡者数や感染者数で比べると、新型コロナよりも季節性インフルエンザの方が多いのですが、対応できる手段があるということは、医療者にとってはくみしやすいということがあります。しかし、簡便で確実かつ迅速に診断することが難しく、外来で確実な治療法が定まらない現状では、新型コロナ感染症を疑われる患者さんが来ても、一般の医療機関では大変苦労します。
そのような手探りの状態で、矢面に立って困っている先生方の実践に外来診療ガイドを役立てていただきたいと思っています。
1月半ばに日本で最初の感染者が出て、それから2月にかけてだんだん患者さんが増え、情報が少なかったりさまざまな説が錯綜したりする中で、各地域の医療機関、医療従事者は新型コロナウイルスという「見えない敵」と日夜戦い続けていました。そうした方々が、自らの健康を守りながら新型コロナウイルス感染症の診療に当たる際に役立つ最新の情報を何とか届けたいと、4月初旬に作業を開始し、第1版は4月末に公開できました。
2009年に世界的な流行拡大を見せた「新型インフルエンザ(パンデミックH1N1 2009)」の時に、厚生労働省などの情報をできるだけ早く会員に知らせようと、当時神奈川県医師会の公衆衛生感染症対策担当理事として同じような取り組みをしていました。私1人の手に余る仕事だったので、日ごろから海外の医学雑誌などに目を通し、情報発信にも積極的な鎌倉市医師会の山口泰先生とチームを組んで情報を取りまとめ、毎日、会員向けに発信しておりました。日本医師会として会員医師向けに新型コロナウイルスに関する国内外の最新情報を取りまとめるにあたっても、協力を依頼しました。山口先生がランセットやニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンをはじめとする医学雑誌などから情報を集め、私が厚労省や日本医師会の情報を取りまとめました。日医として会員向けに情報を伝えていく以上、質を担保する必要がありますので、元国立感染症研究所長で政府専門家会議の委員でもある岡部信彦先生(川崎市健康安全研究所所長)、厚労省の元医系技官で沖縄県立中部病院感染症内科副部長の高山義浩先生のお2人に監修をお願いし、情報が妥当かどうかをチェックしてもらうという体制で作業を進めました。
山口先生と私はいろいろな情報を集めてくるのですが、監修のお2人は「日本医師会が出す以上、慎重に、科学的に確実なことだけを取りまとめるべきです」と、助言と励ましをいただいてまとめてきました。
完成したガイドは、新型コロナウイルス感染症の概要▽流行期に求められる診療所の感染対策▽外来診療の実際▽外来医の先生方にお願いしたいこと――などからなり、日常の診療の中で新型コロナに感染した患者さん、あるいは疑いのある方が紛れてきた時にも対処できるような情報を30ページほどにまとめています。
出して終わりではなく、会員に広く知ってもらう必要があります。毎週金曜日の夕方に、各都道府県医師会の会長・副会長、感染症担当理事と日本医師会の会議をテレビ会議システムで開催するのですが、その際にガイドを紹介して浸透を図りました。都道府県の先生から情報をいただくこともありました。例えば、PCR検査の検体採取でリスクを可能な限り低減させる方法といった情報を多くの方々で出し合い、それらも生かしながら他の内容もアップデートして、5月末に第2版を公表しました。
これからも治療法やPCR検査、抗原迅速検査、抗体検査など新しいことがどんどん出てくると思います。ただ、改版ということになると、大掛かりな話になりますので、冊子としてはいったん第2版で止めて、新しい情報について、WEB上で「追記」という形で出していきたいと思っています。
先ほど述べたように一般の医療機関でも、インフルエンザ迅速検査と同時にPCR検査・抗原迅速検査ができるようになるなどの変化があれば、次の版では書き換えなければならないでしょう。
今回の新型コロナの感染拡大は、医療関係者に感染症対策はいかに医療の継続にとって大切かということが広く行き渡るきっかけとなる、大きな事件と言えるでしょう。
もう1つ、ガイドラインとは直接関係しませんが、「ポストコロナ」の時代には、医療体制が大きく変わるだろうということを相当覚悟しないといけないということも見えてきました。
小児科や耳鼻咽喉科は感染拡大前と比べて医業収入が4割近く減、内科は1割以上の減になったことが、日本医師会の調べで分かっています。一方で、家賃、人件費などの固定費支出はさほど減りません。ですから、診療報酬収入2割減でも、医療機関にとっては収入が半減するほどの影響を受けるわけです。したがって診療報酬収入が4割減となったら医業経営の存続の危機ラインです。
そうした環境変化の中で医療を続けていくためには、ICTを使ったり、オンライン相談・診療を活用したり、最新の技術を取り入れたりといった工夫をしながら、新たな生活様式に合わせた医療提供の環境を整えることも、今後の課題になってくるのではないかと思っています。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。