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連載特集

決死隊じゃない―クルーズ船“現場指揮官”がいま語る「災害としてのコロナ」

公開日

2020年08月31日

更新日

2020年08月31日

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2020年08月31日

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横浜市立大学附属市民総合医療センター高度救命救急センター・竹内一郎センター長に聞く【前編】

新型コロナウイルス感染症が、まだ中国国内にほぼ限定されていた2020年の初めごろ、日本ではまだ「対岸のカゼ」程度に見られていた。その“泰平の眠りを覚ます黒船”ならぬクルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」が2月初めに横浜港に入港。まだ対処法も治療法の手掛かりもつかめていなかったこの新しいウイルスへの集団感染に対処する医療チームを率いたのが、横浜市立大学附属市民総合医療センター(以下「センター病院」)高度救命救急センター長の竹内一郎さんだ。どのような心構えで、外部からは危険と思えるミッションに挑んだのか、聞いた。

「医療者の家族を不安にさせない」ための防御

「決死隊じゃない」。竹内さんは開口一番、言い切った。

決死隊とは、“死傷することもいとわぬ覚悟”で任務にあたる部隊を指す。だが、ダイヤモンドプリンセスで患者の治療にあたった医療者が「新型コロナウイルスに感染してでも……」という思いは、竹内さんにはなかった。

そう断言できる根拠は明快だ。

「無防備に現場に行っているわけではありません。僕の解決策は、防御レベルを1段階上げること。『ここまでしなくてもいいのに』ということをさせることによって、不安を取り除く。最低限の防御というラインがあり、それからレベルを下げることは許さない。逆にそこから上げることはかまわない。医療者も家に帰ればお父さん、お母さんだったりするのだから、家族を不安にさせない、というのがわれわれのコンセプトです」

高い使命感ではなく、普段と同じ仕事として淡々と治療にあたる。絶対に医療者が現場で感染しないと、自信を持って言える。だからこそ、「仕事」と言えるのだという。

ダイヤモンド・プリンセス号
写真:Pixta

エボラ疑いの患者も受け入れるという下地

新型コロナのパンデミック(世界的大流行)がなければ、7月の4連休から2020東京オリンピック・パラリンピックが開催されているはずだった。そうした世界的イベントがあるときには、医療の現場も非日常的な事態に遭遇する可能性が格段に高くなる。

「オリンピックの期間中、エボラ出血熱の流行地から来日した観客が発熱を訴えて来たら、その患者さんを受け入れなければならないという素地が、センター病院にはあります」という。

エボラ出血熱は、致死率が平均50%にもなるとされる、危険なウイルスだ。ワクチンも治療薬もないという点では新型コロナと同じだが、凶暴性ではコロナをはるかに上回る。そうした患者も、日ごろの延長で淡々と治療にあたるという雰囲気があるのだという。

武漢からの帰国者対応にチームを派遣

竹内さんとセンター病院が新型コロナとかかわりを持ち始めたのは、国内でもかなり早い段階だった。2020年1月末に始まった、中国・武漢市からのチャーター機による邦人の帰国。当初、希望者は千葉県内のホテルに滞在し、経過観察することになっていた。しかし、1カ所では収容しきれないため埼玉県和光市の税務大学校の宿泊施設も使われることになり、医療従事者の派遣元として横浜市大が選ばれたのだ。第1陣は竹内さんを責任者に、医師、看護師、ロジスティック(後方支援)のチームで対応した。

その経験から、いずれはセンター病院にも新型コロナの患者が来ると推測。2月3日には院内でタイベックスーツ(全身を覆う宇宙服のような防護具)の着脱方法の勉強会なども行い、いざという時に備えていた。

クルーズ船からの急患受け入れを想定

“その時”は予想外に早くやってきた。ダイヤモンドプリンセスの横浜入港だ。2月5日のことである。

新型コロナウイルスは指定感染症とされたため、治療は国の指定を受けた医療機関が行うと決まっている。神奈川県には「第1種感染症指定医療機関」の横浜市立市民病院、「第2種(感染症病床)」の横須賀市立市民病院、藤沢市民病院、県立足柄上病院など合わせて約70床ある。

「当初判明した船内の新型コロナ感染者は10人程度だったので、『感染症指定医療機関』で何とかなるだろうと、僕らも含めて誰しもが思っていました」と竹内さんは言う。一方で、懸念していたのはコロナ以外の“急患”受け入れだ。

「巨大なクルーズ船は、10階建てのビルに相当します。そこに、高齢者を中心とする乗客が約2600人、クルーが約1000人乗っていました。それだけの数の高齢者が集まっていると、一定の確率で心筋梗塞(こうそく)を起こす人、脳梗塞や腸穿孔(せんこう)といった急を要する患者さんも出ます。そうした患者さんは、地元の唯一の高度救命救急センターである、センター病院で治療せざるを得ないという構えでいました」

急患の中には、発症していなくても新型コロナに感染している人がいるかもしれない。そこで役に立ったのが、武漢から帰国した邦人が滞在する施設に、多職種からなるチームを派遣した経験だった。

竹内一郎さん

「これは災害だ」

当初の、「そうした患者を受け入れるだけ」という楽観は、あっさりと覆る。クルーズ船内で行ったPCR検査の結果、感染者が右肩上がりに増えていったのだ。

「結構まずい状況で、医療崩壊が起こる可能性があると、その時感じました。陽性者をどんどん地元の指定病院に入れていったら、すぐに収容能力を超えてしまう。僕は県と市の両方の災害医療責任者の1人だったので、そこで“スイッチ”が入りました。『これは災害対応しなければならない事案である』。そう思ったのです」

災害対応とはすなわち「順位付け」であると竹内さんは言う。さらに、全国から集まった災害派遣医療チーム(DMAT)のマネジメント、横浜市全体の救急医療体制の維持にも気を配らなければならない。

順位付けについては、緊急度に応じて患者を3つのカテゴリーに分けた。

1つは「すぐに治療しなければならない人」。ここに分類された人は地元の救急救命センターに、横浜市消防局の救急車で搬送した。

2つ目は「PCR陽性患者で、呼吸苦が少し軽い人」。これらの人たちは民間救急車で神奈川県内の病院に搬送した。

3つ目は「PCR陽性だが症状のない人」。これらの人たちは治療の必要性や救急性が低いことから、受け入れを表明した遠方の施設にまとめて行ってもらうことにした。

この層別化ができるのは医師しかいない。そこで活躍したのが、DMATの隊員たちだった。船に入り、実際に患者を診たうえで重症度・緊急度を判別した。

「オールジャパンでうまくいったと思っている」と、竹内さんは振り返る。

想定外の組み合わせ これからも?

一方で反省すべき点もあるという。

「災害対応が専門のDMATからすると、感染症と災害の組み合わせに対応することは考えていませんでした。感染症の専門家にとっても想定外であったように思います」

振り返ると、東日本大震災後の原発震災でも同様の問題が起こっていた。

「あの時は放射線でした。救急や災害の専門家にとって、災害と放射線の組み合わせは想定外。一方、放射線の専門家は、まさか実働するとは思っていなかったのではないでしょうか。今回のコロナで、感染症と災害救急の両方に目を向ける人を育てなければならないという課題を突き付けられました。しかし、これから5、6年たつと、今は全く想定してないことが起こり、災害とそれを組み合わせて考える日が来るでしょう。災害医療というのは、その繰り返しなのだと思います」

後編】に続く

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