連載慢性期医療の今、未来

新型コロナでも死に「尊厳」を――慢性期医療の専門家が考えるあるべき現場の姿

公開日

2020年08月18日

更新日

2020年08月18日

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2020年08月18日

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この新型コロナウイルス感染症に関する記事の最終更新は2020年08月18日です。最新の情報については、厚生労働省などのホームページをご参照ください。

新型コロナウイルスの感染者数が東京を中心に再び増加傾向をみせるなか、多くの医療機関で患者数が減少しています。それによる収入減で近い将来、存立の危機に直面する病院も少なくないとみられています。医療の現場では、今後どのような変化が必要でしょうか。日本慢性期医療協会常任理事、京浜病院院長の熊谷賴佳先生に聞きました。

※本記事は、2020年7月7日取材時点の情報に基づいて記載しています。

※この記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム(https://manseiki.com/)」によるものです。

*慢性期医療:状態が不安定な「急性期治療」を完了した、あるいは在宅療養中に状態が悪化した患者さんに対し、継続的な治療とリハビリテーションを行うことで在宅復帰を目指すもの

東京都大田区の診療所で起きた新型コロナウイルス感染事例

2020年4月、東京都大田区内の開業医から「患者さんの中に新型コロナウイルスの感染者がいた」と聞きました。その診療所は、陽性者が発見されてすぐ保健所に連絡し、外来を休診にし、職員全員と当日の外来患者さんにPCR検査を実施したそうです。幸いにも当該患者さん以外のPCR陽性者がおらず、院内ではマスク着用と手洗いを励行していたことから「濃厚接触者はゼロ」と判断され、わずか5日間の休業の後に診療を再開できました。しかしこの期間の収入がなくなり、その後も外来患者が減ってしまいました。国からの財政支援・補填(ほてん)はありません。

同じ頃、当院でも微熱が続いて休んでいる職員がいました。呼吸器症状は見られないものの、微熱のある期間が5日間を超えて倦怠(けんたい)感を訴えていました。当院を受診させたくても、もしも感染していたら、職員や外来患者への感染リスクがあります。それはできる限り避けなければと思い、保健所に連絡を入れたところ、まずは診察を受けてからとの返事でした。近隣の病院でも「保健所経由でないとPCR検査はできません」と断られ、自宅待機。結局、新宿区の病院に検査を依頼して、結果はPCR陰性。ホッとしたのもつかの間、敗血症が見つかり緊急入院となりました。もしそのまま自宅待機を続けていたら、命が危なかったでしょう。

民間病院は倒産の危機

新型コロナがどれだけ病院経営に影響しているか、具体的に説明しましょう。

新型コロナの患者を受け入れているある大学病院の減収は、毎月5億円におよぶと聞き及んでいます。全国の病院も、毎月1割程度の収入減*となっています。診療報酬が振り込まれるのは2カ月後ですから、4月分の診療報酬が振り込まれる6月時点で1割の収入減。減収分を翌月の収入から補填すると7月は2割不足……と、ダメージが積み重なり、10月には累積で約5割減となります。秋頃には資金繰りに困難が生じる医療機関も出てくるでしょう。早急に資金の補填が必要です。

しかし現在、日本では医療機関に損失補填をする動きはなく、このままでは民間病院の多くが破綻してしまいます。そうなると新型コロナウイルス感染の第2波が来たときには病床が使えず、機能不全を起こすのではないかと危惧しています。

*新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況緊急調査(最終報告)、日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会、20200527

優先すべきは生命か経済か

グローバル化が進み人・物・金が行き来する現代では、世界中が密に接触しています。感染が瞬く間に拡大するのは当然です。新型コロナウイルス感染症対策専門家会議でも言われていたように、感染の拡大を抑えて生命を守るには、経済や人との交流、物流などを止めて、外出を自粛するしかありません。

ただし、その方法を選べば、引き換えに経済の崩壊は避けられません。それでは生き延びても意味がないというのが、今回のコロナウイルス感染症の対策に関する経済界の意見でした。少数の患者を救うために大多数の人たちの生活を壊す必要があるのかという論理です。

医師が最優先にするのは、“生命は何よりも尊い”という医療理念に基づいて命を助けることです。しかし今回のコロナ騒動で、少なくともそれが最良の手段とは言えなくなりました。今、生命の重さと経済の維持という相反する2つの観念の落としどころを探ることが、医師に求められているのかもしれません。「患者さんを救わない」という選択肢も考えなければならなくなるでしょう。根本から医療理念を考え直さなければならなくなる、非常に重い課題です。

新型コロナウイルスから高齢者を守る医療

これからのコロナ対策として、無自覚・無症状感染者が感染を広げていることに注目することは重要です。ただし、感染者を悪として扱うのではありません。「免疫を獲得している」と捉えて、医療現場の最前線で働いてもらうなど生かすことができるのではないかと思っています。

一方、新型コロナウイルスへの感染が心配なのは高齢者です。従来は安全な場所に隔離すべきだという発想が多かったのですが、身の回りの世話をする看護師や介護士が安全でなければ意味がありません。感染の疑いがある人は接触させないことや、免疫を持った子どもや若者だけを高齢者の傍に行かせることを徹底し、高齢者を守るべきだと考えています。

高齢者の立場で考えると、もしも新型コロナに感染した場合は自然の摂理として受け止め、重症化しても延命治療は望まないという選択肢もあり得ると思っています。私が接してきた高齢者は「周りに迷惑をかけたくない」と皆さんおっしゃいます。重症化した状態から回復して後遺症が残ったり、周囲の人に経済的な負担をかけたりするくらいなら、特別な治療は要らないと宣言するという選択肢もあるのではないでしょうか。

最期の考え方――人間の尊厳を守る医療とは何か

感染症予防の大原則は患者隔離であり、感染症から身を守るためには感染源との非接触を徹底しなければなりません。しかし、新型コロナウイルスに感染した患者さんは、ひとたび入院すると家族の面会を受けられず、死に目にも会えないのだといいます。これは、あまりにも非人道的な最期ではないでしょうか。

死ぬときは家族に囲まれ、お別れを言ったり、感謝を述べたりするのが人間らしい最期だとすれば、そのような場面をつくることが、人間の尊厳を守ることだと私は考えています。

私たち慢性期医療に携わる医療従事者は、患者さんが望む人生の最終段階の医療やケアについて話し合うACP(アドバンス・ケア・プランニング:人生会議)に取り組んでいます。希望どおりにいかないことも多々ありますが、ご家族にも患者さんにも「これでよかったんじゃないかな」と思ってもらえるよう力を尽くし、人間らしい最期を迎えてもらう努力を続けてきた自負があります。

その自負のもとに言うとしたら、現在の新型コロナウイルス感染症の治療はやはり間違っていると思います。ガラス越しでも、テレビのモニター越しでもよいから家族に見守ってもらい、感染しない状況でお別れを言えるような状況をつくっていくべきです。パネル越しに手袋を使ってPCR検査ができるなら、患者さんと手を握れる環境をつくることもできるはずです。自分の身を守るための方法だけでなく、最期を見送ってあげるための方法を模索することが必要なのだと思います。

 

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