日本のほとんどの地域では人口減少が進んでいます。住民が安定した生活を送るための地域では、地域経済の好循環を生み出す持続可能な工夫が不可欠です。そのために医療は、地域ごとの将来的な医療ニーズを見据えて、急性期―回復期―社会復帰間で連携することはもちろん、医療・介護連携、さらにはヘルスケアを超えたまちづくりなどの公共施策の制度設計にも関与することが必要だとされています。同じヘルスケア領域内だけでなく、社会基盤全体との連携を進めるために、どのようなことが医療に求められるのでしょうか。持続可能な地域における医療の役割や在り方について、具体的な事例を交えて、東北医科薬科大学医学部 医療管理学教室教授の伊藤弘人先生に聞きました。
※この記事は、日本慢性期医療協会との連載企画「慢性期ドットコム」によるものです。
慢性期医療は今後、医療・介護連携、そしてヘルスケアを超えてまちづくりなど、公共施策の制度設計に関与することが必要だと考えています。特に、2014年に医療介護総合確保推進法が成立してからは、医療と介護の連携が重要視されてきています。領域ごとの機能分化と各機能の連携だけでなく、地域ごとの将来的な医療ニーズを見据えた慢性期医療の在り方が求められるでしょう。
まずは地域で実際に行われた対応の具体例をいくつかご紹介します。
北海道の士別市立病院は、もともと急性期病院として運営していました。しかし、人口減少に伴い入院患者や外来患者が減少し、急性期医療の機能を維持することで経営が厳しい状況に陥りました。
そこで病棟機能の見直しを行い、慢性期医療を中心にする病院へと転換する決断をしたのです。隣接する名寄市と連携して、士別市の急性期患者さんは名寄市の病院に紹介し、回復した後に士別市立病院へと戻ってくる流れを作りました。その結果、患者数も増えて経営も安定しました。
余生を士別市で迎えたいと考える住民のニーズに応えて、地域で慢性期医療や看取りができるようにしたことで、病院の運営だけでなく、住民にとってもプラスになるような医療体制づくりを進めた事例といえるでしょう。
山形県庄内地域の13法人/団体が参加する日本海ヘルスケアネットの参画病院は、急性期病院と慢性期病院の地域での役割分担を進め、各病院の医療機能を明確にしたことで病院運営を好転させた先進事例です。1つの総合病院を急性期に特化した病院とし、その他の病院に慢性期の患者さんを担ってもらう体制を整えました。競争から共存共栄へと関係者の目標が変わり、両者が連携することで地域の医療を支えることとなり、結果的に公立病院・民間病院ともに収支が向上しました。
国保すさみ病院(和歌山県すさみ町)は、時間外救急(コンビニ救急)の受診が多いことを課題としていました。そこで、公民館などの公共施設で救急受診に関する市民向け講習を始めました。時間外救急を利用したほうがよいケースと、翌日に外来を受診すれば問題ないケースを住民が理解できるような教育を行った結果、緊急対応が必要な患者の搬送数に変化はない一方で、時間外救急の利用数は減少しました。
さらに、将来の人口減少に備えて、サービス付き高齢者住宅併設の無床診療所へと転換できる病棟をデザインし、本年(2023年)竣工する予定です。
地域が抱える医療の課題や将来的な医療ニーズに着目した運営を行っている病院の一例といえます。
医療の地域連携には、垂直連携と水平連携があります。垂直連携とは、急性期から回復期、社会復帰、在宅医療と患者の重症度や医療密度が異なる場合に機能の異なる病院や施設間で実施する、紹介をベースとした連携のことです。一方で水平連携は、病院内や病院同士での複数科連携、病院と薬局との医薬連携など、複数の疾患や多様なニーズを持つ場合に異なる機能を持つ領域が連携することを指し、病診・病病連携、医薬連携、医療介護連携など、併診・並走がベースとなる連携を指します。
たとえば脳卒中における連携は、急性期入院から回復期、社会復帰、在宅医療へと、患者さんのステージに合わせて垂直連携するのが基本です。しかし、認知症や糖尿病のように複数の慢性疾患を抱えることの多い患者さんを診るための連携には、むしろ水平連携が大事であるということが分かってきたのです。
2013年、都道府県が策定する医療計画において、広範かつ継続的な医療の提供が必要と認められる疾病として精神疾患が加えられました(2024年からは「新興感染症等の感染拡大時における医療」を加えた5疾病・6事業に拡大予定)。
その流れを受けて、また超高齢社会が到来し、認知症を地域で診る動向が強くなりました。認知症の地域連携クリティカルパス(急性期病院から回復期病院を経て早期に自宅に帰れるような診療計画を作成し、治療を受ける全ての医療機関で共有して用いるもの)を作る活動が求められ、2010年から厚生労働科学研究の支援を受けて開発・普及を実施しました。当時、すでに糖尿病や循環器疾患などの非感染性疾患(NCDs)では患者手帳を使った地域連携クリティカルパスが続々と作られていました。これらの活動を収集していく過程で、地域連携クリティカルパスを作るうえで、地域連携にもさまざまな方法があることが分かってきたのです。
そこで、各疾患で作られていた患者手帳による地域連携クリティカルパスのようなノウハウを共有し、交流する場所を作りたいという目的で開催されたのが、2012年の軽井沢フォーラムです。軽井沢フォーラムはその後ヘルスケア・フォーラムと名称を変えて現在も続けています。2021年からは、「質の高い保健医療や福祉、介護を実施していること」、そして「地域経済構造の好循環がみられること」を満たした取り組みが行われている地域を「医療と地域創生大賞」として表彰する事業を始めました。
持続可能な地域をつくるうえで大切なことは、地域住民と医療の互恵関係だと考えています。互恵関係とは、医療機関と住民・行政がお互いに「よりよい地域をつくる」という意識を育てながら情報を共有し合うことで、共に医療をつくっていくという関係性です。互恵関係は小規模な自治体で比較的築きやすく、近隣の医療機関と協力関係を築く地域や、かかりつけ医を持ち時間外受診を控えることを市民の責務とする条例を制定する基礎自治体も出てきています。住民と医療が一緒に地域をつくるという意識を育むためには、市民と医療者が対話を通して信頼関係を構築し、情報を共有することが必要なのではないでしょうか。
地域医療の発展を振り返ると、まず志の高い人物が医療拠点を設けて先進モデルを構築し、その活動が他の地域に拡大していきます。ある程度医療拠点が整備されてきた1990年代からは、機能分化と連携が行われる「線」のつながり方が重視されていきます。さらに一歩進み、これからは、地域全体を「面」でとらえることが求められると考えています。
私自身は現在、持続可能な地域をつくるうえで医療ができることや取り組みの内容、効果、地域創生のポイントなどを体系化したロードマップの作成を進めています。これを通じて医療領域内だけでなく地域全体での連携を実現するなかで、医療が果たすべき役割を明確にしていきたいと思っています。
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