東京大学医科学研究所附属病院 外科科長 志田 大先生
日本人で最も患者が多いがんである、大腸がん。大腸がんと診断された患者とその家族は、計り知れない不安に襲われるだろう。
しかし、東京大学医科学研究所附属病院(東京都港区)の外科で科長を務める志田 大(しだ だい)先生は、「大腸がんは、きちんと検査をして適切な治療をすれば、7割以上治せる可能性がある」と力強く語る。がんという病にどう向き合うべきか、どのような治療法が存在するのか。そして、患者が納得のいく治療を受けるために大切なこととは何か。大腸がん治療の今について、志田先生にお話を伺った。
大腸がんは、実は初期の段階ではほとんど症状がありません。便に血が混じる、健康診断で便潜血を指摘される、あるいは採血で貧血が見つかるといったことをきっかけに受診され、がんが発見される方がほとんどです。そのため、ご自身の体にがんがあると告げられても、すぐには実感が湧かない方もいらっしゃいます。
この記事を読まれている方にも、初期の大腸がんだと最近分かった方やそのご家族の方がいらっしゃるでしょう。そんな方にぜひ伝えたいことがあります。「大腸がんは適切な検査と治療を受ければ、5年生存率は7割以上もある病気だ」という事実です。
もちろん、だからといって治療を先延ばしにしてよいわけではありません。症状がないからと放置すると、がんが進行して腸を塞いでしまったり、肝臓や肺へ転移したりする恐れがあります。ですから、大腸がんは早期から治療を始めることが重要です。
大腸がんの治療の目標は、がんを完全に取り除くことです。そのための標準的な方法は、病巣を切り取る「切除」です。抗がん薬も優れた薬が多くありますが、あくまで手術後の補助的な役割や、手術が困難な場合に用いられるのが基本となります。また、放射線治療も手術に比べ根治性が劣るため、大腸がんは「切除」が治療の柱になります。
切除には、大きく分けて2つの選択肢があります。お尻から内視鏡を挿入してがんを切除する「内視鏡治療」と、お腹に小さな創(きず)を開けて行う「外科手術」です。お腹に創が残らない内視鏡で切除できるのであれば、それが患者さんにとって最も負担の少ない方法といえます。
どちらの治療法を選択するかの判断は、がんの「大きさ」ではなく「深さ」によって決まります。大腸の壁はバームクーヘンのようにいくつかの層でできており、がんは一番内側の「粘膜」という層から発生します。
がんがその粘膜内か、次の層にわずかに達した程度の浅い段階であれば、内視鏡治療の適応です。しかし、それよりも深く進行すると、腸の壁の外にあるリンパ節へ転移している可能性が出てきます。その場合、内視鏡でがん本体だけを切除しても転移したがんが体内に残ってしまう恐れがあるため、リンパ節ごと広範囲に切除する「外科手術」が必要になるのです。
外科手術には、お腹を大きく切開する「開腹手術」、小さな創で行う「腹腔鏡下手術(ふくくうきょうかしゅじゅつ)」、そして「ロボット支援手術」という3つの方法があります。患者さんの体への負担を考えて、腹腔鏡下手術やロボット支援手術が選択されることが多くなっています。
ただ、従来の腹腔鏡下手術はお腹の小さな穴から真っ直ぐな器具を挿入するため、動きが制限されるという課題がありました。また、手術を行う医師(術者)が見るモニターは平面的な映像のため、奥行きの把握が難しいという側面もありました。
これらの課題を克服したのが、「ダ・ヴィンチ」などの手術支援ロボットです。ロボット手術では、術者は操縦席からロボットアームを操作します。腹腔鏡の器具が直線的な動きしかできなかったのに対し、ロボットは関節が人間よりも多く、またブレなく動くため、手首をひねる、曲げるといった自由度の高い動きがより正確に行えます。
さらに、術者が見るモニターの映像は高精細な3Dになっており、組織の奥行きを正確に把握できます。感覚的にはまさしく自分自身の目と手がお腹の中に入り、開腹手術を行っているかのように精緻な手術が可能となります。“腹腔鏡下手術の「創が小さい」という利点と、開腹手術の「自由な操作性」を両立させた”のがロボット手術といえるでしょう。
がんの治療では治療法が重要なのは言うまでもありませんが、それ以外にも重要な要素があります。
がんと診断された患者さんやご家族が強く望まれるのは「1日でも早く治療を受けたい」ということに尽きます。ご自身の体にがんがあると知ってから治療が始まるまでの時間は、精神的に大きなご負担になります。我々医療者は、不安な時間を少しでも短縮することも大きな努めでしょう。
また、外科手術は手術室という見えない場所で行われる治療です。だからこそ、その内容を「見える化」し、患者さんやご紹介くださった先生方との信頼関係を築くことも大切だと考えています。
たとえば、当院では基本的に紹介から1か月以内に手術・退院まで完了する体制を整えています。さらに、手術後は翌日の朝までに手術中の写真を用いた報告書を作成し、患者さんをご紹介くださったクリニックの先生にお送りしています。
もちろん、患者さんご本人にも切除したご自身のがんの写真をお見せしています。「病巣は確かにこのように切除されました」とご自身の目で確かめていただくことが、再発を防ぐために病気と向き合う際の安心材料や自信になるからです。
「患者さんの不安を解消する」、「誰の目から見ても質の高い治療を行ったと評価される仕事をする」。これらが今、大腸がんをはじめとするがんの治療で必要なことではないでしょうか。
がんという病気になられたことは、大変残念なことかもしれません。しかし、大腸がんは治療法が確立されており、完全に治る可能性が十分にある病気です。
がんという診断を受けても、決して希望を捨てる必要はありません。もし診断された際には、私たちが専門家として傍にいます。共に病気を乗り越えていきましょう。
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