特定医療法人神戸健康共和会 東神戸病院の院長・遠山 治彦先生
兵庫県神戸市にはおしゃれで若々しいイメージを持つ人も多いだろうが、実は高齢化が着実に進行しているうえに、都会だからこその高齢者単身世帯の増加という課題があるという。
そんな神戸市の地域医療の課題について、地域密着型の医療提供を続けている特定医療法人神戸健康共和会 東神戸病院の院長・遠山 治彦(とおやま はるひこ)先生にお話を伺った。
当院が所在する神戸市の高齢化率は2025年2月1日現在で29.2%であり、全国平均(人口推計 2024年9月15日時点の推計29.3%)とほぼ同水準です。
これだけを見れば神戸市の高齢化の進行は全国どこにでもある高齢化問題と同じように見えますが、実は神戸市には「高齢者単身世帯の割合が多い」という特徴があります*。
高齢化の進行・高齢者単身世帯の増加により深刻化してくる地域医療の問題として挙げられるのは「患者さんに対して、より総合的で幅広い医療ケアが必要となる」ということ、そして「医療サービスから切り離されてしまう人が出やすい」ということ、この2点だと思います。
* 「2022年 国民生活基礎調査の概況」によると、65歳以上の者のいる世帯のうち単身世帯は31.8%(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/02.pdf#page=2)だが、神戸市はそれを大きく上回る「単身世帯が39.1%(https://www.city.kobe.lg.jp/documents/14534/03_zaitakukoureisyatyousa.pdf P2)」という調査結果が出ている。
まず、患者さんへより幅広い医療ケアが必要となる点についてご説明します。その大きな理由は、高齢の患者さんには、複数の病気(併存疾患)がある方が多いためです。これは神戸市に限った話ではなく、全国的に共通する地域医療の課題といえるでしょう。
たとえば、転倒によって骨折し、救急搬送されたケースを考えてみてください。若い患者さんであれば「骨折を治せば問題ない」という場合がほとんどです。しかし高齢の患者さんの場合、高血圧や糖尿病、心不全などの持病もあることが多く、単に骨折を治すだけでは不十分なことが少なくありません。
さらに、入院によって体力やADL(日常生活動作)が低下し、自宅への早期復帰が難しい方も多くいらっしゃいます。若い方と比べて回復に時間がかかる傾向もあるため、単なる治療にとどまらず、回復期のリハビリテーション(以下リハビリ)や、退院後の訪問診療・訪問リハビリといった継続的なケアが重要になります。
こうした地域の医療ニーズに応えるため、当院では急性期医療から回復期リハビリ、さらには訪問診療や通所・在宅リハビリに至るまで、一貫した「シームレスな医療体制」を整えています。また、よりスムーズで総合的な診療を実現するために、院内での連携強化にも力を入れています。
さらに当院は、兵庫県民主医療機関連合会が実施する「総合診療研修・神戸コース」(4年間)の主病院の1つとして、当院に限らず、地域全体で総合診療力を持つ医師の育成にも取り組んでいます。
次に、「医療サービスから切り離されてしまう人が出てしまう」という問題についてお話しします。とくに一人暮らしのご高齢の方は、ご自宅で家族と会話をする機会が少なくなりがちです。加えて、ご近所づきあいや親しいご友人との関係が薄いと、どうしても社会的に孤立しやすくなってしまいます。
さらに神戸市は「坂の多い街」としても知られています。高台にあって見晴らしがよいなど魅力的な地域も多いのですが、それがかえって「坂道がつらい」「出かけるのが大変」と感じてしまうご高齢の方も少なくありません。ましてや単身世帯となると、通院時に家族の送迎に頼ることもできないため、通院そのものがハードルになってしまいます。
こうした事情から、「体調が優れなくても相談できる相手がいない」「定期通院をしたくても、体力や交通の問題で難しい」といった理由で、医療サービスから遠ざかってしまう方が増えているように思います。
とくにご高齢者の単身世帯ではその傾向が顕著であると、長年地域に根ざした医療に携わってきた私自身、強く感じています。
この問題を少しでも改善するためには、訪問診療・訪問看護・訪問リハビリといった、医療の側からご自宅へ伺う「在宅医療」の充実が欠かせないと考えており、当院でも在宅医療に力を入れております。
また、かかりつけ医の先生による在宅医療が円滑に行えるように、容体が急変した場合や入院検査が必要になった場合には、当院が「バックベッド」(駆け込み病棟)として受け入れる体制も整えています。当院は連携推進病院でもあり、地域のかかりつけ医の先生方とは日頃から良好な関係を築いております。
今後もバックベッドとしての支援だけでなく、よりスムーズな紹介・逆紹介が行えるような体制づくりも引き続き進め、ご高齢の方を一人にしない地域づくりに貢献していく所存です。
ご高齢者の社会的孤立を和らげるためには、もう1つ、「入院や通院の機会をきっかけに、新しいつながりを持っていただく」ことも大切だと思っています。そこで当院では、「ハートクラブ(循環器疾患患者会)」「ふれあい会(糖尿患者会)」など複数の患者会が活動しています。また、病棟では季節ごとのレクリエーションを行うなど、交流の機会をできるだけ設けるようにしています。
さらに、地域における医療の課題として、「経済的な理由で医療を受けられない」といった声がしばしば聞かれます。高齢化や核家族化が進むなかで、身近な方に頼れず孤立してしまう方がどうしても出てきてしまうのです。
こうした現状を受けて、地域の医療機関が連携しながら、住民一人ひとりが「安心して暮らせる生活」を支えていく体制づくりが求められています。当院でも保険診療にかかる費用の一部または全額が免除される場合がある「無料・定額診療事業」を実施し、その解決に向けた一歩を踏み出しているところです。
また、当院では現在、病院の建て替えを計画中で、新病院は単なる診療の場にとどまらず、地域の方々の交流やつながりが自然と生まれるような空間を目指しています。こうした場を通じて、ご高齢の患者さんの孤立感が少しでも和らぐことを願っています。
このような取り組みを重ねることで、神戸にお住まいのご高齢の方々が、今よりも安心して日々を過ごせるようになれば幸いです。
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