厚生労働省が発表した2022年版の厚生労働白書によると、2040年には医療・福祉分野の就業者数が96万人不足すると推計されている。全国各地の病院は、大学病院の医局との連携や人材確保に向けた広報活動などに取り組んでいるが、依然として先行きは不透明だ。
少子高齢化社会では、医療人材を確保しながらも高齢者医療に対応していかなければならない。75歳以上の後期高齢者の割合が急増している宮城県の仙台医療圏では、このような状況にどう対応しているのだろうか。仙台西多賀病院(宮城県仙台市)の院長を務める武田 篤先生に聞いた。
宮城県仙台市を中心とした仙台医療圏において、地域の医療課題は主に3つあります。1つ目は、医療人材の不足、2つ目は高齢者医療への対応、3つ目は、認知症の早期対応です。
まず1つ目の医療人材の不足については、特に看護師の確保が年々難しくなっている状況です。看護師の需要は増えているにもかかわらず、少子化の影響で看護学校の定員割れも目立ち、当院でもここ数年は看護師の採用に苦戦しています。
一方、医師の確保については、宮城県仙台市で2016年に東北医科薬科大学が誕生するなど、医学部の新設によって明るい兆しが見えています。ただし、専門分野によっては医師が見つからないという問題が残ります。たとえば当院は、重症心身障害や難病に指定されている筋ジストロフィーなどの診療を行っていますが、将来にわたってそうした専門分野の医師を確保することは難しいように思います。
さらに東北地方全体でみると、北東北と呼ばれる青森県、岩手県、秋田県の3県では医師と看護師が共に不足しており、やはり医療人材の確保が喫緊の課題となります。
こうした状況を乗り越えるには、先端の医療設備を導入して医療技術を磨き続け、若手の医師や看護師が成長できるような環境を整えていくことが重要です。それと並行して、医療従事者の方々に関心を持っていただけるような職場環境を用意し、積極的に病院の魅力を発信していかなければなりません。当院でも広報活動の一環としてYouTubeチャンネルを開設し、若手の医師や看護師に向けて職場の様子を発信しています。
2つ目の地域課題は、高齢者医療への対応です。仙台医療圏でも全国同様に高齢化が進んでおり、早急に高齢の患者さんに対応した医療体制を整備しなければなりません。特に、加齢に伴う脳の病気として知られる認知症のほか、骨粗しょう症や腰部脊柱管狭窄症など、高齢者に多い病気への対応が急務です。
当院は、2015年に認知症疾患医療センターを開設するなど、早くから高齢者医療に注力してきました。また整形外科では、加齢によって椎間板の変性が生じる変形性脊椎症の治療に力を入れており、専門性の高い外科治療で高齢者医療への対応を強化しています。
そのほか、免疫力の低下した高齢の患者さんに配慮するため、体の負担を抑える低侵襲な治療にも積極的に取り組むべきでしょう。当院の場合、脊椎疾患の外科手術のうち、年間に行う半数以上の症例に内視鏡手術を採用し、高齢の方でも安全に治療を行えるような体制を整えています。
3つ目の地域課題は、認知症の早期対応です。近年、認知症の治療は急速に進歩しており、早期アルツハイマー型認知症に対する疾患修飾薬(原因にはたらきかけ進行を抑える薬)として2023年に‟レカネマブ”、続く2024年に‟ドナネマブ”が発売されるなど、病気の進行を抑制するような新薬が次々に登場しています。
しかし、画期的な治療薬が使えるようになっても、認知症の症状が進んでしまえば治療は難しくなります。当院を例に挙げると、認知症の疑いで来院された患者さんのうち、およそ9割を超える方はかなり症状が進行してしまっているような状況です。地域において、認知症を早期に診断することの重要性があまり知られていないことの表れでしょう。
認知症の早期対応の遅れについては、医療側にも課題があります。現在の医療体制では、神経心理検査や脳画像検査などの検査に半日ほどかかってしまい、認知症の疑いがあっても気軽に診察を受けられません。
これらの課題を解決するには、それぞれの病院が認知症に対する早期診断の重要性を啓蒙していくとともに、短時間で手軽に検査を受けられるような医療の技術革新が必要となります。
たとえば当院では、東北大学と共同で1滴の血液からアルツハイマー型認知症を診断できるような研究を行っています。しかし、医療技術の研究開発は長期にわたるため、まずは健康診断のように気軽に受けやすい検査を広め、認知症の診察を受けるきっかけを作っていくことが大切だと考えています。
高齢者医療については、1つの病気だけに目を向けるのではなく、身体面と精神面の両方から総合的にサポートすることが大切です。また、一般的に高齢になるほど症状が長期化する傾向にあるため、地域の医療資源を活用しながら在宅支援を含めた支援を積極的に行っていくべきでしょう。
そのためにも、まずはそれぞれの病院が働き方改革や医療技術の研鑽に努め、若手の医師や看護師をしっかり確保しながら、盤石な医療体制を整えていくことが重要です。
そのうえで、病院同士の連携によって足りない機能を補完し合い、地域全体で高齢者を支えていく姿勢が求められます。当院も、心臓や消化器などのカバーしきれない病気については引き続き大学病院などと連携をとり、高齢の患者さんを幅広くサポートしていく方針です。
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