熊本機能病院理事長 米満 弘一郎先生
熊本市北部に位置し、合志市や菊陽町と隣境を接する北区。世界的な半導体企業であるTSMCの進出を背景に、このエリアは現在、住宅が増え人口が流入するなど活気が増している。
しかし、急速な街の変化に伴い、地域の医療提供体制では調整が求められる場面も出てきた。特に大きな課題となっているのが、救急の受け皿をどう整えていくかという点である。
熊本機能病院(熊本市北区)の理事長・救急センター長である米満 弘一郎(よねみつ こういちろう)先生に、この地域の救急医療の課題とその解決に向けた取り組みを伺った。
私たちの病院がある熊本市北区は、いま非常にダイナミックな変化の中にあります。近隣の合志市や菊陽町を含め、新しく移り住んでくる方が増えている一方で、医療の側面から見ると、乗り越えなければならない壁がいくつかある状況です。
私たちが向き合っている課題は、大きく分けて3つあります。
1つ目は、救命救急センターがない地域としての「救急の受け皿の調整」の問題。
2つ目は、ご高齢の方が急性期の治療で入院後、寝たきりを防ぎ、スムーズな回復を支えるための「急性期後の受け皿とリハビリテーション(以下、リハビリ)体制」の問題。
そして3つ目は、医療の現場を支える「患者さんの搬送に関わる看護師」の負担軽減です。
これらの課題に対して、私たちはどのような対策を取ることができるのか。まずは、いま起きている需要の変化から具体的にお話しします。
1つ目の課題をより具体的に言うと、熊本市の北区や合志市、菊陽町を含む菊池地域は人口が増えているのに対し、救急病院が少ないため患者さんを受けきれていない、ということです。
熊本市の中心部である中央区、東区、南区には、熊本医療センター、済生会熊本病院、熊本赤十字病院、熊本市民病院、熊本大学病院といった救命救急センターや大学病院が集中しています。一方で、熊本市北区周辺にはこうした大規模な救急病院がありません。
そのため、昔から民間病院が地域の救急を担ってきたという現状があります。しかし、2024年から始まった医師の働き方改革の影響もあり、特に民間病院では当直医が時間外に救急車を受け入れることが難しくなってきました。
この状況に危機感を覚えた私は、2022年度のデータを調査し、地域の救急搬送の実態を確認しました。
まず、この地域で発生する救急搬送は朝方と夕方から22時頃までに集中しており、6時から22時の間で約85%を占めることが分かりました(図)。
また、救急隊員が病院へ受け入れ可否を尋ねる電話をし、その病院が受けたかどうかという「初回応需率」を調べたところ、中心部の救命救急センター(済生会病院や赤十字病院など)は90%を超えていましたが、当院を含む北区や菊池広域の民間病院の応需率は30~40%台にとどまっていたのです。
救急の受け皿が薄い地域では、理想をいえば拠点となる施設の整備が望まれますが、これには時間も人も必要になります。
現実的には、この地域の既存の病院が担える範囲を明確にし、救急隊と情報を共有しながら受け入れられる患者さんをしっかりと受け入れるという流れを整えることが重要です。
特に、救急要請が増える時間帯に受け入れ側の体制を合わせる工夫は、地域の安心感に直結します。この実態を踏まえ、私たちは地域の他の民間病院や熊本市内の公立病院、公的病院の先生方と話し合いを進め、改善案を探っています。
当院でもできることをしようと考え、夕方から夜にかけての時間帯の救急医の勤務体制を見直しました。8時から17時の時間帯はもともと断らない方針でしたが、時間外の受け入れが課題だったため、救急医が21時までシフト勤務する形に変更したのです。
また、土日も以前は当直医のみで対応していましたが、救急医が定期的に入るようにし、救急車の受け入れを増やす体制を整えました。私自身も救急医として土曜日や時間外のシフトに入り、できるだけ多くの患者さんを受け入れるよう努めています。
その結果、救急車の受け入れ台数は2024年度が1,333台(月平均約110台)だった一方で、2025年度は半年で911台(月平均約159台)となり、前年の約1.4倍の救急車を受け入れています。救急からの入院患者数も年間454人から半年で326人と大幅に増加しています。
こうしたデータを地域で共有し、また他の救急病院もさまざまな工夫に取り組むことで、地域全体で救急車を受け入れる体制が少しずつ整ってきている状況です。
2つ目は、ご高齢の方が急性期の治療を終えた後の問題です。
現在、救急患者さんの多くは、いわゆる一次救急(入院や手術が不要な軽症の患者を対象とした救急医療)・二次救急(入院や手術が必要となる、重症な患者を対象とした救急医療)に分類されるご高齢の方で、発熱、肺炎、骨折といった症状で搬送されていらっしゃいます。先ほど述べたように、こうしたご高齢の方の救急需要に地域内で対応できる体制を整えることが重要ですが、ここで2つの側面から課題が浮かび上がります。
まず、急性期の治療が終わった方の、その後の行き先が不足していること。そして、早期にリハビリを行うための医療のリソースが不足していることです。
行き先不足から見ていきましょう。
現在、ご高齢の方の発熱や骨折、肺炎といった二次救急の患者さんが非常に多くなっている一方で、急性期の治療が終わった患者さんがその後、適切な医療やケアを継続できる病床が不足しており、それが地域全体の救急機能を停滞させる大きな要因となっているのです。
急性期の治療が終わった方を専門的に受け入れるのは「回復期リハビリテーション病棟」ですが、これには病名や発症時期などの厳しい適応基準があり、そこから外れてしまうご高齢の患者さんは急性期病棟での入院を続けざるを得ません。その結果、急性期病棟が空かないため、先ほど挙げた救急の応需率を下げる一因にもなっています。
次に、リハビリの問題です。
ご高齢の方の急性期の治療は、単に治療を行うだけでなく、早期に適切なリハビリを行うことで寝たきりになってしまうのを防ぐ必要があります。
これを実現するには、治療と並行してリハビリ、栄養ケアや口腔(こうくう)ケアまでを一体で行う「総合的なチーム医療」によって患者さんのADL(日常生活動作)を守り、地域医療の循環をスムーズにすることが求められます。
これらの課題を解決するのが、「地域包括医療病棟」の存在です。2024年6月から、リハビリや退院支援を並行して行える「地域包括医療病棟」を設置できる制度が整備されました。
当院では、2024年の12月から「地域包括医療病棟」を設置しました。これまでの急性期病棟と回復期リハビリ病棟の間に、治療とリハビリを同時に行える柔軟な受け皿を作ったのです。
当院では約200名のリハビリスタッフが在籍しており、入院当日から介入できる体制や、365日リハビリを提供できる体制を整え、責任を持って元の生活に戻れるようお手伝いしています。
これにより当院としては、高齢者の発熱や骨折、肺炎といった救急の患者さんを受け入れやすくなり、その後も比較的長い期間をかけてリハビリを行い、元気になって施設や自宅に戻っていただけるという流れが生まれました。
3つ目は、医療を必要とする現場を支える「送り手の負担軽減」です。
急性期の治療を担当する病院が近隣のクリニックや介護施設から患者さんを受け入れる際、公的な救急車を利用すると、実は施設の看護師さんが付き添いのために1~2時間ほど現場を離れなければならないという現実があります。
人手不足が深刻な現場にとって、これは診療やケアの継続を揺るがす大きな人的負担となっていました。
こういった場合、受ける側の病院が搬送そのものをサポートする仕組みがあると、送り出す側のクリニックや施設も安心できるでしょう。
そこで当院は、「ナースカー」を導入しています。ナースカーは、クリニックや施設から相談があった際、当院の看護師が同乗してお迎えに行く仕組みです。
具体的には、クリニックや介護施設、訪問診療の先生から相談があった際に、救急車を呼ぶほどではないものの入院や手術が必要な場合、特に整形外科の骨折(大腿骨骨折<だいたいこつこっせつ>、腰椎圧迫骨折<ようついあっぱくこっせつ>など)のケースで活用されています。件数としては年間20~30件ほどですが、地域の方々から感謝されています。
公的な救急車も現在非常に逼迫しているため、ナースカーの取り組みはその負担軽減にも貢献できると考えています。
ここまでお話ししてきたように、地域が抱える課題は1つではなく、その多くは1つの病院だけで解決できるものでもありません。だからこそ、地域の先生方や施設の方々と顔の見える関係を築き、それぞれの役割を分かち合うことが何より大切だと考えています。
我々医療者は、地域の救急における「水先案内人」のような存在でありたいと願っています。どこに行けばよいか分からない、そんな不安を抱えたときに、まずは適切な医療へと導く玄関口でありたい。そして、治療後にはまた元気に街へ戻っていただくための架け橋でありたい。
そんな理想を持ちながら、これからも地域の一部として、皆さんの暮らしを支えられるよう、一歩ずつ取り組みを重ねていけたらと考えています。
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