社会医療法人ジャパンメディカルアライアンス 贄 正基理事長
物価高騰と人件費の上昇、さらに2040年に向けた労働者人口の減少。日本の医療界は今、厳しい経営環境に直面している。
この状況を、複数の医療機関を経営している医療法人はどう見て、どのように対処しようとしているのだろうか。
埼玉・神奈川で地域医療を展開する社会医療法人ジャパンメディカルアライアンス(JMA)の贄 正基(にえ まさき)理事長に伺った。
今、多くの病院が大変厳しい状況にあるのは、皆さんもお感じのとおりだと思います。物価は高騰していますし、人件費も上がっています。
にもかかわらず、私たちの仕事の報酬は公定価格、つまり値段が決められている診療報酬によります。社会保障費を抑える観点から、この価格がなかなか上がらず、収支が立ちにくい構造になっているのが一番の課題でしょう。
さらに深刻なのが人手不足の問題です。2040年に向けて労働者人口が減っていくのは明らかで、特に看護師さんなどは、人材派遣会社に頼らないと確保が難しい状況も生まれています。
この厳しい状況に対し、私たちが大切にしている考え方が2つあります。それは「地域に根づくこと」、そして「人を大事にすること」です。
なぜ私たちが「地域」を重視するかといえば、医療とは「必要とされる場所」で「要求されることに応える」のが本質だと思うからです。
私たちJMAグループの歩みは、1973年にさかのぼります。「救急こそが医療の原点」という信念の下、埼玉の地で50床の東埼玉病院を開設したのが始まりです。
実は、この東埼玉病院の設立当時、その地域には大きな病院がありませんでした。まさに「医療が必要とされる場所」だったのです。それを証明するように、開院初日には100人の患者さんが殺到し、数週間後には300人以上があふれ返る状態でした。あまりのニーズの高さに、スタッフは必死で、当初の予定にはなかった日曜日や祝日も診察せざるを得ないほどだったと聞いています。
こうした「地域の患者さんのために」という懸命な姿勢が、「あの病院、いいよ」「親切だし、丁寧に診てくれるよ」といった口コミで地域に広まっていったのだと考えています。この「必要とされる場所で、要求に応える」という姿勢こそが、私たちの原点です。
私たちのグループは、今では全体で4病院、介護老人保健施設や特別養護老人ホームなども含めて42の施設・事業所となり、約4,000人の職員が働く規模になりました。グループが大きく発展する転換点の1つになったのが、1983年の海老名総合病院の開設です。
当時、神奈川県の海老名市は本当に田んぼばかりでした。先輩方には、ここが「必要とされる場所」になるという先見の明があったのだと思います。その海老名総合病院も1983年の開設から40年以上が経ち、現在も発展著しい海老名市の急性期医療を支えています。地域に根づき、求められる医療を真摯に行うことが、今までもこれからも重要なことではないでしょうか。
嬉しいことに、最近では「私、海老名総合病院で生まれたんです」という看護師さんが入職してくれるようになりました。まさに地域に根づいてきた歴史を感じる瞬間です。
現在の海老名総合病院(JMAご提供)
人手不足の問題には、当グループでも頭を悩ませています。その対応として、もちろんDX(デジタルトランスフォーメーション)やICTを活用した効率化を進めていかなければなりません。ですが、それ以上に私たちが力を入れているのが、「人材」を「財産」、つまり「人財」として捉え、大切にしていくことです。
そのために、教育研修体制の整備には注力しています。新入職員研修、メンバーシップ研修、あるいは新任主任研修といった階層別の研修のほか、メンタルヘルスやコンプライアンスといった共通研修、自己啓発のための通信教育なども用意しています。
私が常々言っているのは、「もしJMAを辞められたとしても、社会に貢献していただけたらそれでよい」ということです。
もちろん、スキルアップして法人内で力を発揮してくれるのが一番ですが、その方が他所で活躍されるのであれば、それは立派な社会貢献になります。私たちは、全ての職員にスキルアップのチャンスをしっかり提供していきたいのです。
もちろん、当グループに勤め続けている方へのフォローは厚くしています。JMAグループや病院との絆、エンゲージメントを強くするための取り組みとして、主任以上の全ての職員を集めたフォーラムを開催したり、研究発表、業務改善実績、永年勤続などを対象に数々の表彰制度を設けたりしています。
エンゲージメントを強くする仕組みは、民間企業でなら取り組んでいると聞くことが多いでしょうが、我々医療の世界では珍しいのではないでしょうか。
このようなJMAグループの特徴は、経営体制が「オーナーシップではない」という点から来ていると考えています。
特定のオーナーがトップダウンで決めるのではなく、合議体で物事を決めていく。
本当に民間企業のような体制です。ですから、誰かが突拍子もないことを言っても、合議の中で「それはおかしいんじゃないか」と議論が起こりますし、自由な意見交換ができる環境となっています。当グループが50年以上、安定性を持って続いてきたのは、この体制によるところが大きいと思います。
私たちのグループの成長、拡大での事業承継のスタンスも同じです。私たちが無理に拡大することはなく、あくまで後継者がいらっしゃらない、建て替えが難しいなど、「お困りのところ」や「地域で必要とされているところ」からお話があれば、ご一緒しましょう、という姿勢を貫いています。
これからの医療の経営では、ますます「地域から必要されること」と「人を大切にすること」が重要になっていくでしょう。
私たちのグループの創立以来の理念は「仁愛」、つまり情け深い心で人を思いやることです。医療も介護も、結局は「人」なくしてはできない事業です。
ですから、私も職員の皆さんに「理念は覚えていなくても、仁愛という言葉だけは覚えましょう」と伝えています。この仁愛こそ、地域と人を大切にすることにつながるからです。
地域にお住まいの皆さんが、何か困ったとき、体に不安を感じたときに、「あそこの医療機関があるから大丈夫だ」と安心してもらえる。そんな、皆さんの日々の暮らしにそっと寄り添い、支えとなる存在であり続けることこそが、これからの地域医療を担う組織に求められる姿ではないでしょうか。
私たち医療に携わる者は、その地域からの期待を胸に、日々の診療に向き合っていくことが何よりも大切だと感じています。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。