牧田総合病院 理事長 荒井好範先生
日本では東京一極集中が進み、今後しばらく東京の人口が減少することはないとされている。多くの人やモノが集まる東京は、地方に比べて土地の価格や人件費が高くなる傾向にある。
一方で、保険診療による医療行為に発生する診療報酬は全国一律に設定されている。このため、物価や人件費の上昇が顕著な東京では、経営を成り立たせるためにより多くの患者の来院が必要になる。
実際、東京都内の各医療機関はこうした状況にどのように向き合っているのだろうか? 東京都大田区にある牧田総合病院の理事長 荒井 好範(あらい よしのり)先生にお話を伺った。
当院のある大田区と品川区からなる区南部医療圏には、2つの大学病院をはじめとした高機能な医療機関が複数あります。一見すると医療体制は十分整っているように思えますが、地域の医療ニーズにもれなく対応できているわけではありません。また、他の地域と同様、大田区においても医療人材不足は深刻です。
こうした現状を踏まえ、今後も引き続き良質な医療を提供していくためには「地域完結型医療の推進」と「業務の効率化」、「予防医療」の3つに取り組む必要があると私は考えています。
地域完結型医療の推進とは、「地域に必要とされる医療を地域の中で提供していきましょう」という考え方です。大田区は全国的にも有名な高級住宅地・田園調布がある方で、小さな町工場が集まる「産業のまち」としての顏もあります。
そのため、地域の医療ニーズは実にさまざまです。しかし、医療機関同士が役割を分担し、連携を密にすれば、地域完結型医療を十分実現できると考えています。大田区にお住まいの約74万人が区内の施設を利用してくださるようになれば、各医療機関の経営も安定していくことでしょう。
医療の役割分担についてお話すると、当院は地域における急性期医療を担っており、町工場で発生した事故やけがに対応するべく形成外科や整形外科を強化しています。また、救急患者さんの受け入れも積極的に取り組んでいます。
さらに、分娩施設が著しく不足していた大田区の状況を受けて周産期医療に力を入れ、地域の中で安心してお産ができる体制づくりを進めてきました。今後は高齢化社会を見据えて、高齢患者さんによくみられる目や心臓の病気の診療もより専門性を高めていく予定です。
ほかの医療機関との連携では、すでに同じ法人グループのリハビリテーション病院や介護老人保健施設と協力して、大田区で不足しがちな回復期・療養期の医療を支えています。
また、近隣のクリニックからの依頼のもと、MRIやCTの委託検査(共同利用)を実施しています。検査予約や検査画像はインターネットを介して迅速にやり取りできるため、早期発見・早期治療につながります。
このように各医療機関がそれぞれの強みを生かしつつ、足りないところを補い合ったり、各種検査や健康診断などを実施して受診の間口を広げたりすることにより、地域の皆さんがクリニックや病院など、地域の医療機関をより利用していただけるものと期待しています。生活習慣病があるなら地域のクリニックで継続治療を行い、手術が必要な場合は設備が整った医療機関が治療を担当する。こうした枠組みづくりは、大田区に限らずどの地域においても必要になるのではないでしょうか。
もう1つの課題は、いかにして業務の効率化を図り、医療提供体制を維持していくかです。大田区の人口は2050年までほぼ横ばいで推移することが見込まれる一方、65歳以上の高齢者の割合は今後さらに大きくなることが予想されています。高齢者の増加は労働力(生産年齢人口)の減少を意味し、当院でも全ての部門において医療人材不足を痛感しています。
限られた人員で適切な医療提供を行うためには、DX(デジタルトランスフォーメーション)を活用して業務の効率化を図ることが欠かせないのではないでしょうか。人手が足りないからといって職員に過度な労働を強いると、貴重な人材が離れていくことになりかねません。
当院ではすでに、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を導入し、事務業務などの負担軽減に努めています。また、人事制度を見直しも進めることで、職員の定着率を高められるよう工夫しています。
最近では「働き方改革」も進み、医療業界における人材確保はますます難しくなってきました。だからこそ、各医療機関が職員の働きやすさ・働きがいにしっかりと目を向け、「ここで働きたい」と思ってもらえる職場づくりを行うことが大切だと思います。
予防医療に、我々医療者はもちろんのこと、皆さん自身が自分のこととして取り組むことも重要だと思っています。
当院に救急搬送される患者さんの中には、糖尿病や高血圧症をはじめとした生活習慣病の悪化が重大な病気につながった方も少なくありません。実際、大田区では40歳以上の方が受ける特定健診(メタボ健診)を受けていない方の割合が全体の25%以上にのぼっています。その結果、適切な治療介入や保健指導が行われないまま病気が進行してしまうケースも多く見受けられます。
「医療を必要とする患者さんはいるが、医療の担い手は減少傾向にある」――これが今の状況です。今後、健診や人間ドックなどの予防医療にいっそう注力すれば、救急患者さんの減少によって医療のひっ迫を回避でき、より質の高い医療の提供が可能になるはずです。
もちろん、医療人材の不足という大きな課題を、1つの医療機関だけで解決することは難しいかもしれません。
それでも、健診受診率の向上に取り組み、大きな病気を未然に防ぐ流れをより大きなものとすることは、私たち全員ができるのではないでしょうか。
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