近年の医療の進歩には目覚ましいものがあり、治療の選択肢や質は大きく向上している。一方で、高齢化の進行に伴う社会の変容によって、医療に対するニーズにも変化が起こっており、これまでの体制ではそのニーズに応えきれなくなってきている。
高齢化に伴う医療ニーズの変化に対応し、地域の医療を守り続けていくために、医療機関はどのような意識改革が求められるのか。大阪市中央区において地域医療の中核的な役割を担う独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター(大阪市中央区)の院長である松村 泰志先生に聞いた。
日本の医療水準はここ数十年で大きく進歩しており、それと同時に医療に対するニーズにも大きな変化がみられました。
たとえば、高度先進医療(現在は先進医療)の制度が創設された1984年当時は、新たな技術で積極的に治療していこうという意識が強くあり、先進医療を含め新しい治療を実施することがよいとされていました。背景には、現在よりも治療法の選択肢が少なかったことや、若い世代の患者さんが多かったことなどが挙げられ、手術で治すことが第一選択になるのが一般的であったと思います。
しかし医療の進歩とともに、内視鏡手術や手術支援ロボットの登場、新薬の開発などが進み、標準治療でも低侵襲(体への負担が少ない)かつ高度な治療が受けられ、選択肢も豊富にある時代となりました。また、ご高齢の患者さんが増えたことにより、高齢者医療の側面から治療を検討することが必要となってきたこともあり、以前までの「とにかく手術をして治す」という一辺倒な医療ではニーズを満たしきれなくなってきています。
こうしたニーズの変化に対応し、今後も地域医療を守っていくためには、医療従事者と患者さん双方の意識改革が重要であると考えています。
まず私たち医療従事者に求められる意識改革として、「画一的な治療ではなく、患者さん一人ひとりに合わせた治療を心がける」ことが挙げられます。
先述のとおり、医療の進歩により治療の選択肢は増えており、さらに高齢化の進行に伴い、患者さんの状況は複雑化しています。ご高齢の患者さんに多いのが、1つの病気だけでなく併存疾患を抱えているケースです。また、体力面の不安から大きな手術は避けたほうがよいケースや、積極的な治療ではなく緩和ケアや人生の最終段階における医療を望んでいるケースなどもあります。さらには、治療の選択肢が増えたことから、ご高齢の患者さんであっても低侵襲な外科手術を行うという選択も増えています。患者さんそれぞれの状況に合わせたさまざまな治療方針が考えられるようになっているのです。
このように、多くの選択肢に加え、複雑な高齢者医療の側面を考慮して治療を進めるには、単に「病気を診る」のではなく「患者さんを診る」姿勢や、診療科間同士の連携が重要になるのではないでしょうか。
当院は総合病院ということもあって、さまざまな患者さんを受け入れていますが、複数の診療科が連携を取ることでスムーズにご高齢の患者さんに対応できていると感じています。
患者さんによって違う医療ニーズに対応するために、病院内での連携に加えて重要となるのが、地域の各医療機関の適切な役割分担と連携です。当院が位置する大阪市中央区は人口が増え続けているエリアですが、全国的には人口減に歯止めがかからない状況であり、人口が減れば必然的に医療従事者の数も減っていきます。さらに今後もご高齢の患者さんの割合が増えることで、地域医療のニーズはいっそう多様化していくでしょう。そうした状況のなかで地域医療を守るためには「各医療機関がそれぞれの機能を生かして役割分担し、スムーズに連携する」という体制が必要です。
たとえば当院の地域医療における大きな役割は救急医療です。当院は救急の中でも特に重篤な患者さんを引き受ける三次救急医療機関ですが、現在は一次救急や二次救急のニーズにも応えられるよう人員配置などを見直し、それらの患者さんも受け入れられるよう体制を整えました。
一方で、急性期医療を終えた患者さんに対しては回復期リハビリテーション機能が充実した病院を紹介させていただいたり、かかりつけの先生と連携したりするなどの対応を取っており、それぞれの機能を生かし持続可能な地域医療体制を構築できるよう努めています。
このような連携を手際よく行うためには、スムーズな紹介・逆紹介(当院から他の医療機関へ患者さんをご紹介すること)ができる仕組みづくりも大切です。そのため当院では、各診療科で“紹介を受けられるケース・受けられないケース”のリストを作成し、地域連携室でそれに沿って判断をすることによって、紹介された患者さんの受け入れ可否をスムーズに回答できるよう体制を整えました。
また、紹介状については現在、FAXや郵送、患者さんが持参するという形が主流ですが、日本全体でICT(情報通信技術)を活用し、電子交換による紹介・逆紹介が行えるような環境を整えていく計画が進んでいます。
ICTを上手に活用していくことで、医師不足や専門医の偏りなど人員の課題解消にもつながる可能性があります。当院でも今後、医療機関専用のテレビ会議などで当院の専門医と、対象疾患の専門医が不在の他の病院とをつなぎ、一緒にカンファレンスを行って専門医からアドバイスを行うなど、ICTを活用した取り組みを進めていこうと考えています。
このように私たち医療従事者も地域医療を守るための意識改革に取り組んでおりますが、それだけでは足りません。限られた医療リソースのなかで今後も地域医療を守り続けていくためには、地域の皆さんのご理解とご協力が必要となります。
地域医療を守るために、皆さんに意識していただきたいことが2つあります。
1つは「紹介・逆紹介へのご理解」です。健康面や体調面で気になることがあるときには、まずはかかりつけの先生にご相談いただき、判断を仰ぐようにしていただければと思います。必要に応じてかかりつけの先生から紹介状が渡されますので、そちらをご持参のうえで連携する病院を受診いただくとスムーズな診療につながります。
また、手術など急性期の治療を終えた後は、かかりつけの先生方に逆紹介することについてもご理解をいただきたいと思います。これに関しては、医療機関側も紹介や逆紹介、患者さんの医療情報共有などをよりスムーズに行える仕組みを構築できるよう努力を続ける必要もあるでしょう。
もう1つは「健康診断やがん検診などの積極的な受診」です。自覚症状がなくても、健診(検診)を受けることで病気が発覚するケースは少なくありません。医療がどれだけ進歩しても、早期発見・早期治療に勝るものはありませんので、この点についても皆さんにぜひ意識していただき、積極的な受診を心がけていただきたいと思います。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。