連載地域医療の現在と未来

子育て支援と高齢者のサポートを同時進行で進める地域医療の施策とは?ファミリー層の転入でにぎわう千葉県柏市の医療課題

公開日

2025年04月17日

更新日

2025年04月17日

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2025年04月17日

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少子高齢化に伴って全国的に人口が減少していくなか、千葉県柏市とその周辺では都市開発や子育て支援によるファミリー層の転入で人口増加が続いている。シニア層とファミリー層の医療ニーズに対して、地域医療を支える病院はどのような方向性を打ち出しているのだろうか。

地域特有の医療課題とその対応策について、東京慈恵会医科大学附属柏病院(千葉県柏市)の病院長を務める吉田博(よしだひろし)教授に聞いた。

子育て世代を小児医療と周産期医療で支援

千葉県柏市における地域の医療課題は3つあります。第1に子育て世代を支える医療体制の構築、第2に高齢者医療への対応、第3にひっ迫する救急医療です。

まず1つ目の課題は、子育て世代の増加に伴う小児医療や周産期医療の拡充です。同市では、首都圏を結ぶ「つくばエクスプレス」沿線の開発や子育て支援などが功を奏し、ファミリー層の転入によって2035年ごろまでは人口が増加する見通しです。一般的に、どの地域でも少子高齢化や人口減少に伴って小児医療から高齢者医療へとシフトする傾向にありますが、この地域では高齢者医療と同時に小児医療や周産期医療への対応も急がなければなりません。

こうした状況のなか、当院は地域の中核的な病院として産婦人科や小児科に力を入れています。産婦人科はハイリスクな合併症の妊娠に対応しており、妊婦さんが安全に出産できるようサポートしています。また、地域内でNICU(新生児特定集中治療室)が不足していることから、母体搬送ネットワーク連携病院としての役割を担い、小児科では多数の新生児を入院患者として受け入れています。

将来的には、周産期医療を担う医療施設が地域内に増えていく可能性もありますが、専門的な医療人材の確保はとても難しいと感じています。なぜなら、新生児は頭蓋内出血を起こすことも珍しくなく、そのような場合は小児外科だけでなく、小児に対応できる脳神経外科や循環器科の専門医を確保しなければならないからです。また、小児科や産婦人科の医師だけでなく新生児に対応できる看護師も必要となるでしょう。

こうした医療体制を用意できる病院は少ないですが、東京都港区にある慈恵医大の本院には、周産期医療や小児医療の分野で日本有数の医療規模を誇る母子医療センターがあります。当院は同センターや松戸市立医療センターなどと連携をとりつつ、引き続き子育て世代が安心して暮らせるような地域医療に努める方針です。

医療の役割分担でがん患者を幅広くサポート

2つ目の課題として、差し迫った高齢者医療への対応が挙げられます。多くの場合は高齢になるにつれて、がん、虚血性心疾患、心筋梗塞(しんきんこうそく)、心不全、脳梗塞や大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)などの病気を発症する可能性が高まります。そのため平均年齢が高い地域を中心に、がん医療をはじめとした先進医療に注力していくことが重要です。

しかし、柏市・松戸市・野田市・流山市・我孫子市の5市からなる東葛北部医療圏は、140万人以上の人口(2023年時点)を抱えているにもかかわらず、大学病院は当院以外にありません。ただ幸いなことに、柏市内には高度ながん医療を担う国立がん研究センター東病院がありますので、両病院間で連携しながら地域のがん患者さんをサポートしている状況です。

また、当院はがん診療連携拠点病院に指定されているため、合併症のあるハイリスクながん患者さんを積極的に受け入れており、病院同士の役割分担によって地域医療の向上に努めています。さらに、よりハイリスクな症例については必要に応じてカンファレンスなどを行うなど、安全性の向上にも取り組んでいます。

医療ネットワークを活かした迅速な救急医療

3つ目の課題は、ひっ迫する救急医療です。千葉県柏市は、東京都・近郊の主要幹線である国道6号線と国道16号線が交差する地域であるため交通事故が起こりやすく、交通外傷などの受け入れ体制を強化していく必要があります。その一方で、高齢者によく見られる心筋梗塞をはじめとして心血管疾患や消化管出血などの救急要請にも引き続き応えていかなければなりません。

こうした救急医療のニーズに対応するため、当院では交通事故や転落外傷などの患者さんを幅広く受け入れています。中でも多発外傷や多臓器不全などの重症例については、救急部で全身管理を行いながら、院内のさまざまな診療科と連携して治療を行っています。

また高齢者の救急医療において、千葉県柏市では循環器医療を支える「柏ハートネット」や、東葛北部医療圏の5市が参加して消化管出血に救急対応する「東葛北部5市GIBネットワーク」などの地域連携を推進しています。

前者は循環器医療を支える地域連携のネットワークとして、主に心筋梗塞や狭心症などの患者さんに向けたスピーディーな治療を展開しています。また後者は消化管出血の内視鏡治療を中心に、各病院の輪番制によって夜間や休日の救急要請に対応する医療ネットワークです。当院は、どちらの医療ネットワークにも参画しており、高度な医療技術によって診断・治療が難しい症例や重症度の高い患者さんに対応しています。

よりよい地域医療の実現に向けて

これからの時代に求められるのは、各病院が競い合う社会ではなく、連携・協力を通じてよりよい地域医療を目指していく社会ではないでしょうか。「不易流行」、「承前啓後」という古くからの教えが示すように、それぞれの病院の優れた部分を伸ばしつつ、足りない部分を地域連携で補いながら医療体制を刷新していくべきだと考えています。

現在、当院はコロナ禍で疎遠になっていた柏市医師会との交流を再開したほか、東葛北部地域一丸となってよりよい地域医療に取り組めるように当院も活動してまいります。まだまだ医療課題は山積みですが、病院の内外でチームワークを十分に発揮することで、どんな困難も乗り越えていきたいです。

 

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