連載地域医療の現在と未来

「若者の街」なのに……東京都江戸川区が抱える健康リスクとは

公開日

2025年11月05日

更新日

2025年11月05日

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2025年11月05日

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東京臨海病院 病院長 臼杵 二郎先生(写真提供:東京臨海病院)

東京23区の東端に位置する江戸川区は、都内でも有数の人口を抱え、多様な住民が暮らす街である。しかしその一方で、医療面では喫煙率の高さや検診受診率の低さといった地域特有の課題を抱えている。

江戸川区の医療の中核を担う病院が、地域医療に対してどのような未来を描いているのか。東京臨海病院の病院長、臼杵 二郎(うすき じろう)先生にお話を伺った。

「若者の街」の裏で進む高齢化と“医療への壁”

まず、私たちが医療を提供する江戸川区がどのような地域か、その特性からお話しします。

江戸川区は、都内の他の区と比較して若い世代や子どもの割合が多いという特徴があります。特に私たちの病院が位置する葛西の周囲には、IT関連企業に勤めるインド出身者をはじめ、外国籍の若いご家庭も増えているようで、以前に比べそのような患者さんが増えていると感じています。
その一方で、地域全体としては高齢化が進んでおり、特に高齢者の一人暮らし世帯が少なくないことも医療を提供するうえで考慮すべき点です。また、区全体では経済的な理由などで医療機関の受診自体が少なくなる傾向があります。

こうした地域特性を踏まえ、私は江戸川区の医療において、「高い喫煙率」「低いがん検診受診率」「医療アクセスの悪さ」の3つが課題だと捉えています。これらは互いに無関係ではなく、複雑に絡み合いながら地域住民の皆さんの健康に影響を及ぼしています。

喫煙率の高さ、検診受診率の低さを解消したい

ご存じのように、喫煙は肺がんや呼吸器の病気のリスクを増大させ、皆さんの健康を損なう大きな要因となります。江戸川区の喫煙率は男女とも東京都全体の喫煙率よりも高く(2023年時点)、その影響から肺がんをはじめ、呼吸器の病気の患者さんが少なくありません。これに対しては区全体での取り組みが必要でしょう。

また、がんの早期発見を目的とした検診の受診率の低さも解決が急がれる課題です。胃がん、大腸がん、肺がん、乳がん、子宮頸(しきゅうけい)がんのいわゆる“5大がん検診”の受診率はいずれも東京都全体の検診率を下回っており、特に大腸がんの検診は東京都全体の受診率が13.4%であるのに対し、江戸川区は10.2%にとどまっています(2023年のデータ)。
その背景として、経済的な事情や日々の忙しさから健康への関心が薄れている部分があるのではないでしょうか。その結果、本来であれば早期発見できたはずの病気が進行した状態で見つかるケースが出てしまうことが大きな問題です。
当院は東京都がん診療連携協力病院として肺がんをはじめとしたがんに対して専門的な治療を提供しており、この2つの課題に真剣に取り組んでいるところです。

その例として、年に2回開催する区民向けの公開講座などを通じて検診の重要性をお伝えしたり、乳がん検診の重要性を伝えるピンクリボン活動といったイベントを通じて検診の重要性の発信や病気の知識を広くお伝えしたりする啓発活動に取り組んできました。
また、当院には予防医療を担う「健康医学センター」が併設されています。今後は予防医療の観点から、地域の方々がもっと気軽に検診を受けられる機会を増やせるよう、当院としてもよりいっそうの努力をしていく予定です。

2つの壁に挑む「断らない救急」と「地域連携」という処方箋

3つ目の課題である「江戸川区での医療アクセスの悪さ」は、二重の構造を持っていると考えています。

1つは、費用などを心配して受診をためらってしまう「心理的な壁」。そしてもう1つが、江戸川区は南北を結ぶ公共交通機関が乏しく、物理的に病院に通いにくいという「地理的な壁」です。特に後者に関しては、区内の患者さんで地域の病院ではなく都心部の大学病院などへ時間をかけて通院される方が多くいらっしゃる状況になっており、地域の患者さんを地域の医療機関が診るという国の方針に沿いづらくなっています。

この課題には区全体での改善が必要となるでしょう。区内唯一の総合病院として設立された当院では、まず自分たちができることとして救急患者さんを断らずに受け入れる体制を強化し、「江戸川区で何かあったら東京臨海病院がある」という安心感を高めたいと考えています。

また当院は2025年3月に「地域医療支援病院」の認定を受け、かかりつけ医の先生からのご紹介を積極的に受け入れ、専門治療後は再び先生の元へお戻しするという、地域全体で医療を支える仕組みを強く進めています。これらによって患者さんの心理的・地理的な負担を多少なりとも軽くできたら幸いです。

医療者だけの問題ではない。地域全体でつくる「安心して暮らせる未来」

これまで述べてきた課題は、1つの病院だけで解決できるものではありません。地域の皆さん一人ひとりが「自分の健康を守る」という意識を持ち、かかりつけの先生や検診の機会を積極的に活用していただくことも大変重要です。

そこから専門的な治療が必要になれば、私たちのような病院がかかりつけの先生方と連携し、責任を持って引き継ぎます。江戸川区の皆さんが安心して健やかに暮らし続けられるよう、地域全体で医療を支えていく。そんな未来を皆さんと共に作っていきたいと心から願っています。
 

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