連載地域医療の現在と未来

過疎化と高齢化が進む地域の医療を守るために―長崎県央医療圏が直面する課題とこれからの取り組み

公開日

2025年07月18日

更新日

2025年07月18日

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2025年07月18日

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長崎川棚医療センター 植木俊仁院長

人口減少と高齢化が進む長崎県央医療圏(諫早市、大村市、川棚町、東彼杵町、波佐見町)。高齢者の医療ニーズの増加、医療人材不足、病院経営の持続性など多くの課題を抱えるなかで、現場の最前線ではどのような取り組みがなされているのか。川棚町周辺で唯一急性期疾患を受け入れ、地域で中心的な役割を担う長崎川棚医療センターの院長、植木 俊仁(うえき としひと)先生に、地域医療の現在と未来を伺った。

長崎県央医療圏で顕在化する地域医療の課題

当院は長崎県央医療圏に属します。地理的には長崎県のほぼ中央で、大村湾を南側に臨む川棚町にあります。近隣の波佐見町(はさみちょう)、東彼杵町(ひがしそのぎちょう)と併せて東彼三町(とうひさんちょう)と呼ばれる中山間地域(山間地とその周りで農業をするのに不利な地域)になります。

県南の長崎地区、県北の佐世保地区、佐賀県西部地区の医療圏とも接する場所に位置します。都市部からのアクセスは悪くないものの、医療人材は不足し、また地域住民の高齢化も進行しています。

年々人口が減る一方で、高齢者の割合は増加しており、それに伴って地域の医療ニーズも変化してきています。川棚医療センターは川棚町において唯一の救急受け入れ病院という役割を担っており、地域住民の健康を守る砦として日々の診療にあたっています。こうした現場に立って感じていることは、地域医療を維持・発展させていくうえで、主に3つの課題に直面しているということです。

その課題とは、「高齢化による医療需要の増加」、「深刻な医療人材の不足」、そして「健全経営が困難な医療情勢」です。

外観
病院外観(長崎川棚医療センターご提供)

高齢化による医療需要の増加

私たちの病院がある川棚町と、隣接する波佐見町、東彼杵町は、いずれも高齢化が進んでいる地域です。2020年の川棚町の高齢化率(65歳以上の人口が占める割合)は33.1%、波佐見町は32.3%、東彼杵町は38.9%でしたが、2030年にはそれぞれ37.6%、37.9%、47.3%になると見込まれています。

我々は高齢になるにしたがい、病気の発症や急変のリスクも高くなります。特に肺炎、心不全、転倒による骨折などといった総合内科的、整形外科的な急性期対応が求められる症例が、今後ますます増えてくることが予想されます。近隣には急性期を担う医療機関が当院しかないという事情もあり、救急搬送の受け皿としての役割は、さらに重要になってくると考えられます。

高齢者医療を主に支える形となる総合診療内科については、大村市にある長崎医療センターの支援もあり常勤医師が5名と充実してきています。高齢の方は複数の疾患を抱えておられることが多く、総合診療の体制が整ってきたことは地域にとって大きな支えになるものと考えます。

一方で、整形外科の常勤医は現在1名しかおらず、しかも今年度で定年退職の予定です。その後の整形外科常勤医の確保が出来ていない厳しい現状もあります。

深刻な医療人材の不足

人材不足は全国的な課題ですが、特に地方の中山間地域にある当院のような病院では、より深刻です。医師だけではなく、看護師、薬剤師、理学療法士など幅広い職種で人手が足りていない状況です。

もともと当院は長崎大学の関連病院として医師の派遣を受けていましたが、大学も慢性的な人員不足に直面しており、ここ数年は新たな医師派遣がない状態です。当院の常勤医は10年前には30名近くいましたが、現在は18名まで減ってきており、60歳を超えた医師にも当直業務をお願いせざるを得ない状態です。

人材不足の主な原因の1つとしては、若い人材の強い都会志向にあると考えます。当院では長崎大学以外の福岡など他県の大学へのアプローチのほかに、SNSやホームページを利用した広報活動、人材派遣会社登録なども行っていますが満足な結果が得られていない現状です。

健全経営が困難な医療情勢

現在、経営不振の医療機関は全国に多数存在し、健全な経営が出来ている医療機関のほうが少ないくらいです。物価、人件費などが上昇しているにもかかわらず、診療報酬は据え置かれているのが、その主な要因と考えられます。実際、当院では病床利用率が90%を超える状態でも経営が黒字化しない状況です。

加えて当院は、地域の急性期医療を担うだけではなく、国立病院機構(旧国立病院)の役割として、国の政策医療にもかかわっています。当院にはパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、筋ジストロフィー症などの神経筋難病の患者さんを受け入れる障害者病棟・筋ジストロフィー病棟があり、人工呼吸器を使用している患者さんも多くおられます。中には30年以上の長期にわたり入院されている方もおられます。医療資源を大きく必要とする部門でもありますが、限られた診療報酬の中でも、私たちはその責任を担い続けています。

このような現状は国の医療政策が変わらない限り、打開するのは相当に困難であり、今後は地方自治体も含めた行政への協力、支援も要請していきたいところです。

なお、当院では健康公開講座、健康フェスタなどを通じて地域の皆さんに当院を知っていただく取り組みも続けています。今後は地方の自治体にも当院の現状を理解していただき、地域にとって当院が必要な存在であることを伝えていかなければならないと考えています。

医療を支える人と組織をどう守っていくか

高齢の患者さんの中には、できる限り自宅で過ごしたいという希望を持っておられる方も少なくありません。地域のさらなる高齢化を考えると、訪問診療の必要性も増加してくるでしょう。将来的には長崎医療センターと連携・協力し、若い総合診療内科医が訪問診療を学べる場を作れれば、充実した地域医療貢献につながるはずです。

当院は、この地域になくてはならない病院であると考えます。厳しい医療情勢を乗り切り、今後も地域にとって必要とされる病院であり続けるためにも、患者さんにとっても「ここで診てもらいたい」、働く職員にとっても「ここで働きたい、働けて良かった」と思われるような魅力にあふれた病院を目指したいと考えます。課題は多いですが「必要とされる医療をこの地域で提供する」という根本の思いは、これからも変わることはありません。職員が一致団結して、出来ることから1つずつ、丁寧に取り組んでいくつもりです。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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