連載地域医療の現在と未来

少子高齢化で変わる医療の未来―多摩地域の医療ネットワーク構築の現状と課題

公開日

2025年02月04日

更新日

2025年02月04日

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2025年02月04日

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日本は今後人口が減り続けるとともに、2040年には国民の約35%が高齢者になるといわれている。このような少子化と高齢化により、医療の世界でもさまざまな課題が押し寄せるだろう。

すでに少子高齢化は始まっている。たとえば東京都では団塊の世代がどんどん高齢化し、特別養護老人ホームや介護老人保健施設の定員数が年々増加している。また東京都全体でみた65歳以上の高齢者の単独世帯の数も2045年まで増加する見込みだ。

これに対し、東京にある医療機関はどのような問題意識を持ち、どのような手を打っているのだろうか。大都市の郊外、東京都三鷹市にある大学病院の杏林大学医学部付属病院の病院長、近藤 晴彦(こんどう はるひこ)先生にお話を伺った。

少子高齢化の急速な進行に備えた将来の展望

日本全体で少子化が進んでいます。杏林大学医学部付属病院がある多摩地域の人口は現時点ではそれほど減っていませんが、これから急速に減少が進むでしょう。実際、この地域の出産件数は明らかに少なくなっています。そして、超高齢化社会となってきますので、それを踏まえた医療提供体制を考えることが喫緊の課題です。

私は、この少子高齢化に向けた医療課題を「医療機関の機能分化推進」「独居の高齢者への対策」「予防」「人手不足解消」の4軸で考えています。

1-(1) 医療の役割分担をより明確に

1つ目は医療機関の機能分化推進です。

当院は高度な医療提供とともに研究、人材育成も行う「特定機能病院」ですが、実は身近な病気でも診察を受けに来る患者さんが多いという特徴があります。この地域の患者さんは当院を“かかりつけ医”のように認識している方が多いようで、これは全国でも珍しい例だといえるでしょう 。

それらの患者さんの多くに共通するのは、複数の病気があるということです。そういう患者さんにとって、地域のクリニックに何か所も行くのは1日がかりとなったり、何時間も待ったり、また日をあらためてという形になったりすることがあり、負担を感じるのでしょう。
また、たとえば整形外科、泌尿器科、眼科などについて、当院からその患者さんの近くのクリニックを紹介しても、患者さんが首を縦に振らないこともあります。そういった患者さんに医療機関ごとの役割分担を理解していただくのは、なかなか難しいことなのです。

1-(2) 近医も含めた地域の医療ネットワークが大切

この問題に対しては、医療機関ごとの役割分担を地域の皆さんにご理解いただくことが重要です。また、電子カルテの共通化も進めるべきでしょう。患者さんのカルテを地域のクリニックと共有できれば、治療の効率化やいざというときの連携の速さなど患者さんの安心にもつながり、さまざまなメリットがあります。
現在東京都の医師会は“東京総合医療ネットワーク”の構築に力を入れています。最近では電子カルテの開発会社が違っていてもカルテや検査画像が見られるようになってきており、当院でも導入する準備を進めているところです。  

2 独居の高齢者には訪問診療を

2つ目が、独居のご高齢の方への対策です。この地域の未来を考えたとき、独り住まいの高齢者世帯がさらに増えてきます。ご高齢の方が複数の病院にかかるのは難しいため、訪問診療が増えていくのは時代の流れだろうと思います。
訪問診療が充実すれば、独居老人の問題だけでなく、上で挙げた医療の役割分担の問題解決にも役立ちます。ただし訪問診療や訪問看護の人材確保や質の担保が問題となるため、日本全体で解決していく必要があるでしょう。

3 高齢者のフレイルやサルコペニアを予防する

3つ目が、ご高齢の方の体調不良に早めの介入をすることです。たとえばご高齢の患者さんの入院では、どうしても長く寝ていることが多くなります。これがフレイル(加齢によって心身の機能が衰えた状態のこと)やサルコペニア(筋肉量の減少に伴って筋力や身体機能が低下している状態)を引き起こすきっかけになることがあるのです。
これらを防ぐために、当院では早い時期からリハビリテーションを行うとともに、周術期管理センターで手術前の口腔(こうくう)ケアによって誤嚥(ごえん)を防いだり、術後の肺炎などを予防したりといったことを行っています。入院をきっかけにご高齢の方の身体機能の衰えが極力進まないように対応を続けていくことも重要です。

4 医師不足解消に向けてさまざまな取り組みを

大学病院勤務の医師不足は、今後さらに進んで行く可能性があります。従来は、研修が終わった医師はさらなるスキルアップのために大学病院に残って研鑽を積む、というルートが王道でした。しかし近年は、すぐに独立や開業をしたり美容系のクリニックに進んだりする若い医師が増えているといわれています。
大学病院は、高度な医療を行いつつ若い医師を育てるという重要な使命を持っています。我々は医師という仕事のやりがい、楽しさ、患者さんに感謝される場面をもっと見せていき、若い医師のモチベーションを高めていく必要があると思います。また一方で、このような若手医師の状況に対してしっかりしたビジョンを示すのは国の役割であり、そのための環境整備や政策が必要でしょう。たとえば、医師、特に大学病院で中心的に診療・教育・研究にあたっている医師の仕事をもっと評価する仕組みが必要ではないでしょうか。特に、一人前になるのに長い修練が必要で業務量も多い外科系診療科などの医師は「絶滅危惧種」です。少数精鋭でいくということにしても、その前提としての様々なタスクシフトの推進は勿論必須ですが、それに加えて大学病院において臨床で頑張っている勤務医の評価を高めることは、1施設で対応すればよいものではなく国全体として考えていく課題であろうと思っています。

超高齢化社会をむかえる今、ACPを考える

ここまで、少子高齢化で直面するだろう4つの課題とそれに対するアイデアを述べてきましたが、もう1つ付け加えるなら、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)を広めることでしょう。ACPとは、人生の最終段階で受ける医療やケアについて、患者本人が、家族などの身近な方、医療従事者などと事前に繰り返し話し合うプロセスのことです。ともすれば人は目の前のことのみが気になることが多いですが、自分の将来、特に人生の最期について考え話し合えるのはヒトのみです。このような話し合いを通じて、その人なりの考えや意思などの情報を共有していくことがACPです。

人生の最終段階は、徐々にみえてくることもあれば、急にやってくることもあります。私が専門とする肺がんなどは、無症状で見つかってもその時点でかなりステージが進んでいる方もいます。そのような方で進行が緩徐な場合は、病状の進行をみながら人生の最期ということを考えていくというACPは、比較的受け入れやすいかとは思います。一方で脳卒中や心筋梗塞(しんきんこうそく)などは突然起こり、そのときには自分で治療の方針を決めることができない、という状況が起こり得ます。そのようなときに、あらかじめACPを考えておけば、自分が望む医療を効果的に受けられるのです。逆に、ACPに関する情報がないと、場合によっては、本来は患者さんも望んでいなかったような濃厚な治療を受けた後に最期を迎ええるということにもなりかねません。つまり、ACPを考えていくことで、その方らしい生き方、納得できる医療を提供することが可能となります。また、このことを通じて医療資源の効果的な配分にもつながってきます

ACPについては、当院でも推進チームを作っています。その活動の中で、患者さんのご希望を伺おうとしたときに、「これから病気を治そうと思っているのに、私はそんなに具合が悪いのですか」といわれてしまうこともあります。しかし、平時のうちからACPを行うことは、将来自分が納得の行く医療を受けられるという点でご本人やご家族にとってよいことだと考えます。ACPが広まり、多くの方が自分の人生の納得できる総括についてあらかじめ考えられるような社会になっていくとよいと思っています。

まずはかかりつけの先生に相談する習慣を

少子高齢化が進むこれからの日本で、今の医療のレベルを落とさず、将来にわたって提供できるようにするために、患者さんにはまず、かかりつけの先生にご相談いただきたいと思います。
かかりつけの先生は、病気や症状、治療法などについて的確な診断やアドバイスをくれたり、必要に応じて適切な医療機関を紹介してくれたりする、大変頼もしい存在です。特定機能病院を担う当院のような病院は、かかりつけの先生との連携と役割分担により、地域に必要な医療を提供しています。患者さんにはぜひこのシステムをご理解いただき、ご協力をお願いしたく存じます。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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