日本では都市部に人口が集中する傾向があり、地方では少子高齢化や人口減少に拍車がかかっている。人口減少による利用者減を理由に公共交通ネットワークが縮小されるケースもあり、医療機関へ行く手段を失った高齢者が医療から遠ざかってしまう懸念がある。
過疎化が進む地域において良質な医療を提供し続けるためにはどうしたらよいのだろうか?
伊豆半島南部における取り組みについて、下田メディカルセンター(静岡県下田市)の病院長・伊藤和幸(いとうかずゆき)先生にお話を伺った。
当院が属する賀茂医療圏は、伊豆半島の南部にある1市5町(下田市・南伊豆町・西伊豆町・東伊豆町・河津町・松崎町)からなり、人口約5万5000人が暮らしています(2023 年 10 月1日時点の推計)。2016年のデータが人口約6万5000人だったことを考えると、7年間で1万人も人口が減少した計算になります。一方で医療圏における高齢者(65歳以上)の割合は47.6%と一番高く、生産年齢人口(15~64歳)、年少人口(0~14歳)の順で割合が低くなっており、これは地方ならではの特徴といえるのではないでしょうか。
人口減少は地域インフラに影響を及ぼし、病院経営にも暗い影を落とします。しかし、たとえ住民の数は少なくとも、この地域で暮らす方がいる限り医療の提供を止めるわけにはいきません。地域として今取り組むべきは「安定した医療提供体制の整備」と「高齢化社会へのきめ細やかな対応」の2つだと私は考えています。
過疎地域の医療を維持していくことは非常に難しいことです。地域における人口減少が進むにつれて、医療機関を利用する患者さんの数も減っていくからです。患者数の減少はそのまま収益の減少につながり、やがて病院経営を圧迫することになります。こうした状況に昨今の物価上昇や賃金上昇などが追い打ちをかけ、悲鳴を上げている医療機関は少なくないでしょう。
今後、当院の位置する伊豆半島南部で患者さんが増えることはないと考えられ、病院経営的にも厳しい環境におかれることになりますが、当院では救急告示医療機関(都道府県知事から指定を受けた医療機関)として年間約1300台の救急車を受け入れるなど、救急医療に注力することで地域に貢献しつつ、良好な経営状況を維持できるよう努めています。
また、3つある病棟をそれぞれ急性期一般病棟、地域包括医療病棟、地域包括ケア病棟と機能分化し、急性期から回復期の医療をシームレスに提供できる体制を整えていることも特徴です。当院は賀茂医療圏に属する1市5町が共同で開設した公立病院でもありますから、健全経営を推進しつつ安定的な医療提供体制を維持し、地域の患者さんの暮らしと健康をしっかり支える役割を全うしたいと考えています。
高齢化が急速に進む地域においては、高齢患者さんへのきめ細かな対応も必要です。たとえば近年、高齢者に免許の返納を求める動きがありますが、交通インフラが乏しい地域においてマイカー利用は不可欠です。「病院に行く足がない」ことを理由に、医療機関にかかりたくてもかかれないでいる方々にどのようにアプローチするか? このことは過疎地域に共通する課題の1つといえるでしょう。
当院は伊豆急下田駅から歩いて10分ほどの場所にありますが、全ての患者さんが歩いてお越しになれるわけではありません。また昨今の利用者減の影響で、路線バスの本数も1時間に1本もないという状態です。このため当院では、伊豆急下田駅をはじめとした主要施設と当院をつなぐ無料の巡回車を運行(日・祝日を除く)することによって、「医療難民」といわれる患者さんが発生しないよう努めています。
とはいえ今後さらに高齢化が進めば、ご自分の力で医療機関を受診することが難しい高齢患者さんが増えていき、地域における在宅医療のニーズはいっそう高まることが予想されますが、急性期医療を担う当院がこの領域に踏み出すことは医師不足の観点から現実的ではないと考えています。当院では「賀茂地区在宅医療ネットワーク」を構築して地域のクリニックの先生方との連携をより強固なものとし、在宅療養中の患者さんに何かあったときに速やかに当院で受け入れるといった後方支援の役割に注力して、密な関係を築いていきたいと考えています。
人口減少や高齢化率の進展はこの地域に限った話ではないと思いますが、その状況下で地方の医療機関が経営の安定化を図り、優秀な人材を確保することは決して簡単なことではありません。当院においてもDX(デジタルトランスフォーメーション)推進によって業務効率を上げ、医師、看護師、医療技術職(薬剤師、放射線技師、臨床検査技師など)の採用を積極的に行うことによって、病院としての機能維持に努めているところです。
今後は高齢患者さんの割合が増え、1人の患者さんにより多くの医療やケアが必要になる反面、医療従事者の数は不足することが予想されます。少ない医療資源を有効活用し、長期にわたり良質な医療を安定的に提供していくためには、単に病気を治すだけでなく、健康講座などを通じた啓蒙活動(けいもうかつどう)、人間ドックや健診(検診)などの予防医療にいっそう注力する必要があるのではないでしょうか。
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