北海道医療センター 伊東 学院長
近年の医療技術の進歩によって、かつては救えなかった命が救えるようになってきている。大学病院などでは臓器ごとに専門性の高い医療が行われているが、全ての患者さんが先進的な医療を必要としているわけではない。1人で複数の病気を抱える高齢の患者さんは全身を横断的に診る必要があり、重い障害がある患者さんは積極的な治療よりも呼吸管理などの医療的ケアを必要とするからだ。
病院機能の分化・集約化が進められるなか、さまざまな医療ニーズにきめ細かく対応するためにはどうしたらよいのだろうか?北海道医療センター(北海道札幌市)の院長である伊東 学(いとう まなぶ)先生に話を聞いた。
北海道は日本の国土の約22%を占める広大な土地に、人口約522万人(2024年時点)が暮らしています。道内に179ある市町村の中で最も人口が多いのは札幌市で、当院をはじめとした医療機関も札幌市に集中しています。
一見すると札幌市の医療体制は充実しているように思えるものの、今の時代に合った医療提供ができているかといえば決してそうではありません。今後さらに増えると予想される高齢の患者さんや、受け入れられる病院が限られる重い病気がある患者さんの受け皿を用意しておく必要があるからです。
こうした現状を踏まえて今取り組むべきは、「地域医療連携」と「院内連携」の2つであると私は考えています。
「地域医療連携」とは文字どおり、地域の医療機関同士が連携して患者さんを支えていきましょう、という考え方です。札幌市内には200ほどの病院と、1400あまりのクリニックがありますが、そのうちの多くは何らかの領域に特化した専門的な医療を行っています。たとえば、脊椎の病気を専門にするクリニックがあったり、日帰り手術や再生医療だけを扱うクリニックがあったり……という感じです。
とはいえ高齢化が進む日本では医療機関を受診する患者さんも高齢化し、1つの病気だけでなく、同時に複数の病気を抱えているケースが珍しくありません。また患者さんの中には、会話や歩行が困難な重い障害を抱えている重症心身障害児(者)もおられます。治療にあたってさまざまな配慮が必要になる患者さんは、一般的なクリニックでは診ることが難しいため、受け皿となる医療機関が必要になってきます。
当院は、内科と外科を合わせて30あまりの診療科と643床の病床を有しており、病床の内訳は、一般410床、結核21床、精神40床、筋ジストロフィー116床、重症心身障害56床となっています。精神疾患があったり、重い障害があったりする患者さんに対応できる点が特徴であり、他院からの紹介患者さんや救急患者さんを受け入れる、まさに地域の受け皿のような存在です。一方で、がんに対する専門的な治療が必要なときには、北海道がんセンターなどと連携して患者さんの治療にあたるケースもあります。
このように病院ごとの特徴や強みを生かしつつ、カバーできない部分は他の医療機関に補ってもらい、地域の医療資源を最大限に活用できることが地域連携のメリットです。当院は、困ったときになくてはならない「水」のような役割を担い、地域医療におけるさまざまな場面で柔軟に動ける存在として、これからもお互いを支え合う地域連携を強化していきたいと考えています。
もう1つの課題である「院内連携」について、当院の成り立ちからお話しさせてください。当院は札幌市にあった2つの病院(国立病院機構西札幌病院・国立病院機構札幌南病院)を統合する形で2010年に誕生しました。その後、地域連携の一環として2020年に国立病院機構八雲病院の機能を当院に移転しました。コロナ禍真っただ中の暑い時期に、140人以上の患者さんを搬送入院させたことは記憶に新しいところです。
2つの病院の機能を1つに集約するにあたり、当院では東館と西館の2つの建物で医療の役割分担を行いました。手術支援ロボット・ダヴィンチやICU(集中治療室)を備えた東館では引き続き急性期医療に注力し、屋上にヘリポートを備えた西館では、それまで八雲病院が担っていた筋ジストロフィーや重症心身障害などのセーフティネット医療を行える体制を整えています。
ここで大切になるのが、院内連携の強化です。渡り廊下でつながった2つの建物の垣根をできるかぎり低くして、命に関わる病気やけがで運ばれて来た救急患者さんも、呼吸管理をはじめとしたさまざまなサポートを必要とする筋ジストロフィー患者さんも同じように診ていく。そうしたマインドを醸成していくことが医療の質を高め、人を育てることにつながると考えているからです。
また、院内連携の力を高めることは、さまざまな併存疾患を抱える高齢患者さんへのスムーズな医療提供にもつながります。超高齢社会にある日本において、このような連携の力はますます重要になっていくのではないでしょうか。
今の日本では国が掲げる地域医療構想の下で医療機関の機能分化・連携が進められており、2020年に八雲病院の機能を当院に移転したことも、この流れのなかで行われたことでした。これを機に当院は急性期・回復期・慢性期の医療、災害時医療、セーフティネット医療などを担う多機能なハイブリッド病院へと進化しました。
また当院には、病気のある子どもたちが治療を受けながら学べるようにと考えられた支援学校(市立札幌山の手支援学校)、未来の医療人を育てる看護学校(北海道医療センター附属札幌看護学校)なども併設されています。「ゆりかごから墓場まで」の医療と教育がコンパクトにまとまった当院のような施設は、全国的にも非常に珍しい存在です。ここで経験を積んだ医療者が巣立っていけば、日本の医療の未来も明るくなるかもしれません。
当院のスローガンである「まいにちから、まんいちまで。」は、まさに当院の医療が担う役割そのものです。地域の医療機関と連携しながら地域の患者さんを支え、重症心身障害や精神障害のある患者さんもしっかりと診ていく……。まだまだ試行錯誤を繰り返しつつではありますが、当院の取り組みが他の医療機関の参考になれば幸いですし、その試金石となるべく邁進したいと考えています。
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