兵庫県病院局 杉村 和朗病院事業管理者
2004年の新臨床研修制度の開始を契機として、全国の地方病院から急速に医師が姿を消した。多くの病院が赤字にあえぎ、診療科の閉鎖が相次ぐなか、「このままでは地域医療が崩壊する」という危機感を持った兵庫県では、大胆な「病院統合・再編」を開始することとなった。
その過程で得たものや、日本の医療が抱える構造的問題について、兵庫県での病院の統合・再編を主導した兵庫県病院局の杉村 和朗(すぎむら かずろう)病院事業管理者に伺った。
お住まいの地域で、「小児科がなくなった」「救急車がなかなか受け入れてもらえない」といった話を聞いたことがある方は多いのではないでしょうか。実はこうした問題の大きなきっかけの1つが、2004年に始まった新臨床研修制度にあります。
それまでの研修医の制度では、卒業したばかりの医師の多くは大学の病院で研修医としてのキャリアを開始しました。しかし、新臨床研修制度では卒業後2年間、大学の病院に残らずにさまざまな病院で研修できるようになりました。2004年には約45%が、2005年では約51%が市中病院で臨床研修を開始し、大学で研修する医師は急減しました。大学病院では急速な医師不足を懸念して、市中病院に派遣していた医師を大学病院へと引き上げ、大学での医師不足解消を図りました。
これによって大きなダメージを受けたのが、200~300床規模の、地域の中核的な病院でした。これらの病院はもともとギリギリの人数で運営していたところに、大学からの応援もままならなくなりました。その結果、常勤医不足による診療科の閉鎖や縮小をきたし、これらの病院への受診が急速に減りました。こうした悪循環によって地域の病院はさらに疲弊していきました。兵庫県でも同じ状況になっており、これが当県で病院の統合・再編を進めるきっかけとなりました。
こう話すと、そもそも問題の核心は医師不足にあるようですが、実際にはもっと根深い問題があります。そもそも日本の医師の数はOECD諸国の平均と比べると7割程度の数(2019年時点)で、アメリカとほぼ同じ、決して極端に少ないわけではないのです。むしろ問題は、病院とベッドの数が非常に多いことです。韓国に次いで世界トップクラスで、とにかく「歩いて行けるところに病院があって、何時でも受診できる」のが日本の特徴でした。その結果、1つの病院あたりの病床数は多くても、そこにいる医師や看護師の数が手薄になってしまうのです。
また、もう1つの日本の医療課題として、高額な医療機器の非効率な利用状況があります。日本は、MRIやCTの保有台数は世界最高レベルです。各病院が「うちにも最新機器がないと患者さんが来てくれない」と競って導入してきた結果、世界でもまれに見る医療機器が充実した国になりました。しかし多くの病院では、何億円もする機械を有効利用できていないのが実情です。各自治体が「自分のところでも立派な病院を持ちたい」という思いで箱は作ったものの、中身である医師や看護師がいない。高額な医療機器はあるのにあまり使われていない。ハードはあるのにソフトが極めて脆弱(ぜいじゃく)で非効率という状況が、日本の医療に共通する課題であったのです。
このような状況を打開するため、2004年以降兵庫県ではいくつかの病院の統合・再編を進めました。たとえば北部の丹波地域では、300床規模の県立病院である柏原病院と、150床規模の公的病院である柏原赤十字病院の統合に取り組みました。県立柏原病院の医師は2008年には20人ほどにまで減っていました。また、両病院共に病床稼働率が落ち込んでおり、救急患者の多くは圏域外へと搬送される状況で、丹波地域の医療に重大な影響が出かねない状況でした。
そこでまず、兵庫県が神戸大学へ人件費として年間1億8000万円ほど支援し、その資金で大学の教員を増やし、若い医師を丹波地域へ継続的に派遣する仕組みを作りました。また、地域医療教育センターを設立し、若手医師の教育環境を整えました。さらに、「2020年までに両病院を統合して新病院を建てますよ」という明確なビジョンも打ち出しました。
すると、統合前にもかかわらず医師の数は50人程度に増加し、2019年に完成した兵庫県立丹波医療センターでは、現在70人を超え、順調に推移しています。各診療科の機能も充実し、救急患者も今までとは逆に周辺市町から受け入れるほどになりました 。また研修医の応募も多く、毎年8人の定員がフルマッチとなっており、若手医師が目指す病院という当初の目標を達成しています。
同じ頃に進めていたのが、隣接している三木市と小野市の市民病院同士の統合です。この2つの病院は新臨床研修制度による急速な医師不足による診療科の閉鎖や建物の老朽化などから、受診患者が急速に減ってきていました。このため診療科の機能が低下し、医師が減少するという悪循環に陥っていました。
そこで統合に向けて走り出したのですが、一般論として市民病院同士の統合は非常に難しいものがあります。自治体は自前の病院を自治体内に維持し、市民の健康を守りたいからです。よく、「自分の街から自治体立の病院がなくなると、そのときの市長は選挙に落ちる」といいます。そんな話が出るくらい、自治体にとって自前の病院は重要な存在なのです。
三木市と小野市でもこの問題が立ちはだかりました。しかし、ここで大きかったのが両市の市長の決断でした。われわれが提案した「これからの時代、医師も患者さんも集まるような『マグネットホスピタル』を1つドンと作り、周りが連携する形でなければ生き残れない」という考えに強く共感していただけたのです。さらには、病院がなくなる側の三木市の市長が市民や議会によく説明し、最後は住民アンケートで「統合病院が隣の小野市にできてもよい」という結果が出たことで、統合が進みました。
この結果、2013年に完成したのが北播磨総合医療センターです。統合後は両市のみならず近隣からも多くの患者さんが来院し、コロナ禍でも地域医療で大きな役割を果たすことができました。
もう1つ、別の例を挙げましょう。姫路市と明石市の間に位置する加古川市では、加古川市民病院と神戸製鋼所の企業立病院である神鋼加古川病院という、成り立ちのまったく違う病院の統合が行われました 。これらの病院も、新臨床研修制度開始後急速に医師が減少し、特に加古川市民病院では14名いた常勤内科医が1名まで減少するという危機的な状況でした。そこで職員の文化も給与体系も大きな違いがある、公立病院と民間病院の統合に取り組みました。この場合も神戸大学が両病院に医師を派遣していたので、主導して統合を進めました。
まず、2011年に地方独立行政法人 加古川市民病院機構を発足し、加古川市民病院を「加古川西市民病院」、神鋼加古川病院を「加古川東市民病院」として再編しました。また両病院を統括病院長が運営することによって人事交流などを進め、5年ほど組織の融和を進めた後統合して、2016年に加古川中央市民病院としてスタートしました。
加古川中央市民病院は今や兵庫県内での救急車受け入れ台数でトップを争うほどになり、2023年度には自治体立優良病院総務大臣表彰を受けるような、患者さんも医療者も集まる地域の中核的な病院として発展しています。経営も堅調で、約9割の自治体病院が赤字を出した2024年でも黒字を維持しました。
集約化による高額医療機器や医師の効率化について、放射線科におけるCT、 MRIを例にとって考えてみます。統合後は以前の両病院に比して医師1人あたりの読影件数は1.8倍に、機械1台あたりの検査件数は2.3倍に増加しました。医師や機材が集約されるといかに効率化が進むかが、この例でもお分かりいただけるのではないでしょうか。
病院統合にあたっては、対象となる病院は勿論のこと、関係する自治体、組織が関係してきます。当然ながら賛成する声ばかりではなく、むしろ反対する声が大きいのが通常です。これをまとめて統合へ進めていくには強い指導力が必要ですが、医療行政は方針は提示しても、強制力はありません。これらの統合・再編を実現するうえで重要であったのは、大学の強いリーダーシップです。この指導力を生かすには、当初は病院が成り立たないほど困らなければ、話が進みませんでした。しかし最近の事例では、統合の有用性が知られてきたため、将来を見据えた統合を進めることができています。
企業においても、何時までも前の組織の文化を引きずることによる問題が報道されています。公立病院同士であっても、民間病院との統合であっても、長い間培ってきた異なる文化の融合ですので、統合後の障害にならないように細心の注意が必要です。実際、規模が大きい病院に統合される病院職員の離脱には注意を払いました。また待遇面での差をいかにして解決するかについても、細心の配慮が必要です。各部門における様々なルールに整合性を持たせることは、医療安全を含めて、病院運営において極めて重要です。これについては、地方独立行政法人や連携推進法人(今回例示しませんでしたが、兵庫県立姫路循環器病センターと製鉄記念広畑病院の統合時の法人)などの枠組みを使って、統合元の病院の病院長が統合対象病院の病院長を兼ねること等、融和を図った後に統合病院をスタートさせるといった工夫が必要です。
兵庫県での病院の統合・再編では神戸大学を通じて進めることが多く、統合・再編を行った病院のほとんどは神戸大学から医師の派遣を受けている病院同士でした。この方法でなければ、統合や再編は実現できなかったでしょう。
専門性の高い医療は拠点病院に集約し、地域内の病院との役割分担や連携を進めていくことが重要であることを、これまでの事例から提示してきました。しかし率直に言って、今から同じことをするのは非常に難しいと感じています。その最大の壁は、建設コストの高騰です。実際に兵庫県西宮市で進行中の病院統合では、当初400億円台であった予算が、現在では600億円を超えてしまいました。この規模になると、現行の診療報酬体系のもとで返済を行うことは極めて困難です。
したがって、これからの統合・再編では、新しい病院を建設するといったハード面だけに依存するのではなく、地域全体で医療資源を効率的に活用するソフト面での連携が一層重要になります。具体的には、地域の複数の病院がそれぞれ特徴ある診療科を育て、病院間で不足する診療科を支援し合う体制を築くことが求められます。また、大学からの医師派遣についても、1つの病院に派遣すれば終わりということではなく、その地域全体を支える役割を担ってもらうことが重要です。もはや「自分の病院」「自分の自治体」といった枠にこだわっている時代ではありません。
こうした連携を進めるためには、医療者だけでなく住民の意識改革も不可欠です。近隣に全てを備えた病院があることを当然と考えるのではなく、必要に応じて遠方の病院で充実した医療を受けるという発想が必要になります。特に、がん治療のように専門性が高く時間的に余裕をもって対応できる医療については、拠点病院に集約し、少し距離があっても高度な医療を受ける体制に移行すべきです。
人材や医療機器を集約して効率を高めなければ、人口減少社会において持続可能な医療は実現できません。地域全体で役割分担を受け入れ、持続可能な医療体制を築いていくことこそが、これからの地域医療を守るうえで最も重要であると考えます。
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