八尾総合徳洲会病院 外観(八尾総合徳洲会病院ご提供)
医療の質を客観的に示す指標の1つに、病院の評価制度がある。国内では日本医療機能評価機構(JQ)が知られ、多くの病院が取得しているが、中にはより厳格な国際基準であるJCI(Joint Commission International)の認証を取得する病院もある。
その評価は日本の医療に何をもたらすのか。2年の歳月をかけて2020年にJCIの認証を取得し、その後も認証を継続している八尾徳洲会総合病院(大阪府八尾市)の院長・原田 博雅(はらだ ひろまさ)先生と、認証取得に際して陣頭指揮をとった副院長・木村 拓也(きむら たくや)先生に、その挑戦の裏側と病院にもたらされた変化について伺った。
多くの方は、「病院の評価制度」と聞いてもピンとこないでしょう。医療は人の命と健康に関わるため、常に高い安全性と質の維持が求められます。その維持のために、日本の病院の多くは第三者機関(=病院の評価制度)による評価を受けており、客観的な視点から問題を洗い出してよりよい医療の提供につなげる機会としています。
日本には「日本医療機能評価機構(JQ)」という評価制度があります。これは日本の医療の標準的な評価制度であり、多くの病院がこの評価を受けて日々の業務改善に生かしています。
もう1つ、評価を受ける病院が徐々に増えてきたのが、世界中の医療施設の医療の質と患者安全を国際的な基準で評価する第三者機関、Joint Commission International(JCI)による評価です。JQの病院評価制度は大変素晴らしいものですが、JCIはさらに深く、細かいところまで踏み込んだ内容を求めている点が特徴です。
JCIの審査対象は16カテゴリー、1,100項目以上にも及びます。初めてその数字を聞いたときは、正直、目の前が真っ暗になるような思いでした。しかも、膨大な書類やプレゼンテーション資料のほぼ全てを英語に翻訳しなければなりません。普段の診療と並行しての作業は、想像を絶するものでした。
たとえば、日々の診察記録もJCIの評価基準に合う形にする必要があり、カルテのテンプレートを1から作り直すことになりました。そのうえで、過去の診察記録も一つひとつ見直していくのです。術前・術後の所見や麻酔記録の記載内容まで、本当に細かい規定があり、とにかく終わりが見えないように感じる作業でした。
また、医療安全や感染対策に関するeラーニングの受講を全職員に徹底するのですが、特に多忙を極める医師たちに協力してもらうための工夫と労力は大変なものだったと記憶しています。2018年から取得の準備を進め、スタッフ全員がそれぞれの持ち場で奮闘し、2020年に最終的に認証がおりたときは、大きな安堵と共に、言葉にならないほどの喜びがこみ上げてきました。
さらに、JCIは職員の教育にも重きを置いており、認証取得後も毎年、職員の研修を行ってその記録を残す必要があります。取得したら終わりではなく、継続的な取り組みが必要になるのです。
ここまで聞くと、「なぜ、それほどまでして取得するのか」と疑問に思われる方もいらっしゃるでしょう。実を言うと、このJCIはアメリカの制度が基になっているため、取得したからといって当院にすぐに直接的な経営上のメリットが生まれるわけではないのです。当院は徳洲会グループの病院ですが、グループから指示があったわけでもありませんでした。
では何のために取得を目指したのか。それは、患者さんの安全を守るための管理体制がJCIの認証取得の前後でまったく違うレベルになるからです。
JCIが評価するのは、単にマニュアルが遵守されているかだけではありません。院内で何らかの問題が起きたとき、「職員自らがどうやってそれに気付き、どう解決しようと動いたか」という、改善へのプロセスこそを重視します。
誰かに指示されるのを待つのでなく、現場のスタッフが自から課題を見つけ、改善策を立てて実践する――いわゆる品質改善(Quality Improvement: QI)活動を主体的に行い、その成果を院内で共有する。この一連の経験が、病院全体の医療の質と患者安全への取り組みをよりよいものに変え、それが病院の文化として育ってきています。この文化は、当院がJCIの認証取得を通じて得た何よりの財産になっています。
この「自ら考え、行動する」という文化は、実は私たちが以前から大切にしてきた「断らない医療」という信念と、深くつながっていると感じています。
たとえば、海外で病気や事故に遭われた日本人が帰国しても、すぐには受け入れ先の病院が見つからない、という現実があります。紹介状があっても、海外で行われた治療を引き継いで治療することの困難さなどから受け入れが難しいと断られてしまうことが多いのです。
実は、このような事例が過去に数件あり、どこの病院からも受け入れてもらえず、院長の判断で当院が受け入れた実績があります。
私たちは、どのような方でも医療をお断りするようなことがあってはならない、という信念を持っています。その信念と、JCI認証取得を経て自ら深く考えて行動するという文化によって、当院はそういった患者さんを受け入れる動きを職員全体で進めています。
困っている方がいれば手を差し伸べる、という姿勢を貫くうえで、JCIのような国際基準は、私たちの活動の大きな支えとなっているといってよいでしょう。
JCIの認証を取得したことで、当院の職員に国際的な視野が加わったことも、大きな財産です。「Think globally, act locally」という言葉がありますが、まさにそのとおりで、地球規模の広い視野を持ちながら、目の前の地域の医療に丁寧に取り組むことの積み重ねが、結果的には国際的な医療にもつながっていくことを実感しています。
実際、当院は大阪府から「外国人患者受入れ地域拠点医療機関」に選定されました。また、2023年に大阪公演のために来阪したシルク・ドゥ・ソレイユのバックアップ病院として提携し、団員やその家族の診療を半年間担当しました。大阪万博では地中海の島国であるマルタ共和国のホームドクター的な役割も担うなど、国際的な連携は徐々に増えています。これらは本当にうれしい変化です。
JCIの認証取得はゴールではなく、あくまで新たなスタートです。世界基準の視座を持ちながら、地域に根ざした医療を一歩ずつ進めていく――その取り組みの先にこそ、これからの日本の医療が目指すべき姿があると信じています。
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