高知大学医学部附属病院 病院長 花﨑和弘先生
高知県は高齢化と少子化が進んでおり、いわば日本の未来を先取りする県だ。その高知県で県民の健康を守る医療体制は今、複雑な課題に直面している。県内の医師数は全国平均を上回る一方で、その大半が都市部に集中する「医師の偏在」が深刻化しているのだ。
さらに、特定の民間病院が循環器(心臓や血管)の医療において圧倒的な存在感を放つという、他の都道府県には見られない特異な医療構造も存在する。
こうした構造的な課題に加え、近年は県内の基幹的な病院を支えてきた他大学の医師引き上げという事態も発生し、周産期医療などが崩壊しかねない危機にも見舞われた。この複雑な高知県の医療課題に対し、地域最後の砦として大学病院がどう立ち向かっているのか。高知大学医学部附属病院(高知県南国市)の病院長、花﨑 和弘(はなざき かずひろ)先生にお話を伺った。
高知県の医療は、他の都道府県にはない特殊な面を持っています。まず、当県は高齢化率が全国2位、かつ子どもの割合は全国で5番目に少なくなっています。この状況を考えると、地域の病院の集約化や連携強化といった、厚生労働省が考える地域医療構想に則った地域医療が求められるでしょう。
そのなかで、私は高知県の地域医療には大きく分けて3つの課題があると考えています。
第1の課題は、「医師の極端な地域偏在」です。高知県の医師数は全国平均を上回っていますが、その大半が当県に4つある二次医療圏のうち高知市などの中央医療圏に集中しており、他の医療圏では深刻な医師不足が起きています。
第2の課題は、「民間病院への集中」です。実は現在、当県では特定の民間病院に循環器医療の患者さんが集中し、県民の受診行動も偏っています。その結果、僻地を含めた高知県全体の医療機関で循環器を専門とする体制の維持が難しくなっている状況です。
第3の課題は、「医師不足による既存の医師派遣体制の綻び」です。近年、これまで高知県の医療を支えてきた他大学による医師の派遣が難しくなり始めたことで、昨年(2024年)は周産期医療や麻酔科体制が崩壊しかねない危機に直面しました。
私はこれらの課題の解決にあたり、大学病院が果たすべき「医師派遣拠点」としての役割が重要だと考えています。
先ほど申し上げたとおり、高知県の医師数は決して少なくありません。たとえば循環器内科医は10万人あたり14.5人(全国平均10.4人)(2020年時点)、心臓血管外科医は3.0人(全国平均2.6人)(2020年時点)と、全国平均を上回っています。
問題は、その「分布」です。循環器の状況で話を続けると、日本専門医機構が認定した循環器専門医は県全体で約100人いるうち、実に85人が高知市を中心とする中央医療圏に集中しています(2025年時点)。同じく日本心臓血管外科学会が認定した心臓血管外科専門医も県内21人中20人が中央医療圏です(2020年時点)。さらに深刻なのは日本心血管インターベンション治療学会が認定する心血管カテーテル治療専門医で、県内にいる11人全員が中央医療圏に集中しています(2025年時点)。
これでは、ほかの高幡医療圏、安芸医療圏、幡多医療圏といった地域にお住まいの方々が、必要な医療にアクセスしにくい状況が生まれてしまいます。こうした状況にもかかわらず、私たち高知大学医学部附属病院は、高知県立幡多けんみん病院(宿毛市)や高知県立あき総合病院(安芸市)などに常勤医師を積極的に派遣しています。
この課題は循環器分野だけでなく、他の診療科でも状況は同じです。高知県全体の医療を維持していくために、この偏在は解決すべき大きな課題といえるでしょう。
高知県の医療構造、特に循環器の分野では、高知市にある民間病院の存在感が非常に大きくなっています。同院には大学病院の循環器内科よりも多い25人前後の循環器内科医師が在籍されています。
その結果、3次救急も担う同院に循環器の患者さんが集約される構造になっています。もちろん、それは同院のご努力の結果であり、多くの患者さんに選ばれているということは素晴らしいことだと考えています。ただ、私は高知県全体の医療を将来にわたって守りきるためには、大学病院が一定のプレゼンスを保ち、人材を集める必要があると考えています。
たとえば高知県の西南、足摺岬がある土佐清水市に将来医師を派遣し続けることは、市場原理に左右される民間病院では難しいでしょう。それを行うのは、人材を集め育てている我々のような大学病院の使命ではないかと考えます。
歴史的に高知県の病院は、1976年に高知医科大学(現・高知大学医学部)ができるまで中四国地区の大学、また西部の幡多地区などは九州地区の大学からの医師派遣に支えられてきました。その後、高知医科大学やその後身の高知大学医学部では県内の病院に若手の医師を派遣していますが、病院の「長」となる幹部職は他大学の出身者が占めるという構造が長く続いていました。
この構造に綻びが見えたのは昨年のことです。まず、二次周産期医療施設の産婦人科を支えていた四国地区の大学が、医師を引き上げることになりました。同施設は県内でかなりの分娩数を扱っていましたから、これがなくなると高知県の周産期医療は崩壊してしまいます。高知県知事から私の元へ「何とかしてほしい」と直接、要望書が届きました。
非常に悩みましたが、別の二次周産期医療施設の病院長に本当に苦しいお願いをし、そちらの産婦人科を閉鎖していただくというご英断をいただきました。そのうえで、大学から講師クラスの医師を含む3人を前に述べた二次周産期医療施設へ派遣し、高知県の周産期医療を守ることができたのです。
また、ほぼ同じ頃に、高知県の中核病院の麻酔科で問題が起きました。同病院にはこれまで中国地区の大学が医師の派遣をしており、かつては麻酔科医が30人もいたのですが、同大学が医師の引き上げを決めた結果、13人ほどに激減してしまったのです。
再び高知県知事から要望書が届きました。私は副学長と共に中国地区の大学に伺い、学長や病院長や医学部長と交渉しました。その結果、今後は麻酔科医を高知大学から派遣することとなり、2025年の4月からは大学病院の准教授経験者の医師を同病院に派遣してこの問題も解決をみました。
高知県知事からは「最高の形で結果を出してくれた」と感謝の言葉をいただきました。この2つの大きな危機を大学病院の力で乗り越えたことで、県も他の医療機関も、ようやく「地元の大学病院がいかに大事か」ということを分かってくれたと思います。まさに「雨降って地固まる」です。
これまで挙げた3つの課題は、全て医師の派遣を適切に行うことが処方箋として有効です。これを高知県で同時に実施できるのは、大学病院である我々高知大学医学部附属病院しかないと考えています。当院に人を集め、そこから高知県内各地へ医師を派遣していく形を採らないと、高知県全県の地域医療は衰退していってしまうでしょう。
高知県の地域医療を守るためには、我々のさらなる努力が必要だと痛感しています。
2022年4月に私が病院長になった際、地域の多くの方々から「大学病院は敷居が高い」と言われました。それを踏まえて「マニフェスト(公約)」を作成し、「高知県民に最良の医療を提供する」という目標を明確化したうえで、現在全職員で「ホスピタリティ(接遇)」の改善を徹底しています。
また、救急医療も大幅に強化しました。今では四国の大学病院の中で救急車の受け入れ台数が一番多くなり、年間3,000台に乗る勢いです(2025年度)。さらには、将来にわたって良質な医療を提供し続けるため、手術支援ロボットを4台、また高度がん治療に不可欠な新しい放射線治療装置も導入しています。これらを通じて、当院は高知県の医療を守っていきたいと考えています。
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