新潟県立がんセンター新潟病院 院長 田中洋史先生
全国第5位の広大な面積を持ち、高齢化が進む新潟県。がん医療においても、都市部との格差や医療資源の集約化という大きな課題に直面している。
厳しい経営環境の波にさらされながらも新潟のがん医療を牽引する新潟県立がんセンター新潟病院の院長、田中 洋史(たなか ひろし)先生に、同県のがん医療の課題と未来について伺った。
新潟県は、日本海側に長く伸びる広大な県土を持ち、佐渡島という離島も有しています。また、全国平均を上回るペースで少子高齢化や過疎化が進行しており、一人暮らしの高齢者が増えているのも大きな特徴です。食生活の面では、寒い気候からか塩分摂取量が多い傾向があり、その影響もあってか脳卒中が多い状況です。また伝統的に胃がんや大腸がんをはじめとする消化器がんが多く、現在もその傾向は続いています。近年ではそれに加え、乳がん、膵臓(すいぞう)がん、そして男性の前立腺がんも増加傾向にあります。
このような状況のなか、新潟県のがん医療は、大きく分けて2つの課題に直面していると考えています。
1つは、県の広さから生じる「地理的・人口動態的な課題」。もう1つは、医療制度の変化や医療機関が持つ資源の限界からくる「医療体制と医療資源に関する課題」です。
まず、県の広さに起因する課題からお話しします。現状は広大な県土に患者さんが点在しているため、専門的な医療を受けられる病院へのアクセスが容易でない場合があります。特に専門医が少ない地域では、診断や治療方針の決定に困難が伴うことも少なくありません。
こうした物理的な距離を乗り越えるための一般的な解決策として、近年は情報通信技術(ICT)を活用した「遠隔医療」が推進されています。当院でも、この遠隔医療に力を入れています。
たとえば、手術中に採取した組織をすぐに診断する「術中迅速病理診断」を、遠く離れた十日町市の病院との間で実施しています。手術室から送られてくる映像を当院の病理医がリアルタイムで確認し、診断結果を現場にフィードバックすることで、遠隔地での手術の精度向上を支えているのです。
また、佐渡総合病院とは月1回、ウェブ会議システムで症例検討会を開いています。先日も、佐渡からご紹介いただいた患者さんの治療について、現地の先生方と今後の治療方針を深く議論しました。単に患者さんを受け入れるだけでなく、こうした顔の見える連携を通じて、新潟県全体で質の高いがん医療について一緒に考える体制を築いています。
さらに、技術だけでなく「人」の力も重要です。当院では日本看護協会が認定するがん看護専門看護師や緩和ケア認定看護師といった専門看護師、日本病院薬剤師協会が認定するがん薬物療法認定薬剤師といった専門職の育成に注力しており、これまで100名近い専門家がここから巣立っていきました。彼らが県内のさまざまな病院を循環していくことで、県全体の医療レベルの底上げ、いわゆる「均てん化」にも貢献していると自負しています。
次にお話しする課題は、より構造的な問題です。これまで国は、全国どこでも質の高い医療が受けられる「均てん化」を進めてきました。しかし、人口減少や医療費の増大といった社会背景から、今は逆に、特定の機能や治療を拠点病院に集める「集約化」へと舵を切っています。
しかし、集約化を進めるには高額な医療機器を維持したり、専門スタッフを確保したりする必要があります。ところが、これは施設の老朽化や人材不足で悩む地方の病院にとって非常に難しいのです。当院も例外ではなく、多くの難題を抱えている状況で、このままでは当院ががん医療を提供できなくなるのではないか、という強い危機感を持っています。
このようななかで私たちが果たすべきことは2つあると考えています。1つは、限られた資源を最大限に活用し、将来の新潟県の医療に貢献すること。もう1つは、進んだ医療を担う中核的な病院と地域医療を支える一般病院との間の「つなぎ役」になり、新しい医療を地域に広め、逆に地域の課題を国へ届ける双方向の役割を担うことです。
前者については、当院で導入している手術支援ロボット「ダヴィンチ」の集中的な活用がその例になります。新潟県全体で4施設導入されているダヴィンチ(2022年10月時点)は、導入費も運用費も非常に高額であり、正直なところ病院の収益だけを考えればロボット手術は難しい面もあります。
しかし、「採算が合わないからやらない」という判断はしていません。神経が入り組んだ場所にある直腸がんの手術など、ロボットだからこそやりやすい治療がありますし、ロボット手術を志向する若い医師もいるのが現実です。
現在当院では、将来の新潟県の医療を担う若い医師たちが最新技術を習得できるよう、非常に高い稼働率でロボット手術を行っています。これは目先の利益ではなく、未来の新潟県の医療全体への投資だと考えているからです。
また、後者の例を挙げると、我々が積極的に参加している新しい治療薬の治験を挙げることができます。新しい薬の治験には、これまでにない副作用が起こる可能性があります。それを踏まえ、私たちはいち早く多職種で副作用に対応するチーム「iSINC」を全国に先駆けて立ち上げ、安全な薬物療法を実践するための体制を広めています。これは、新しい治療を地域の病院へ安全に届けるための「つなぎ役」としての使命だと考えています。
このように当院だからこそできる新潟県の医療への貢献を通じて、当院の役割や必要性を示し、新潟県のがん医療の継続、発展に尽くしていく所存です。
新潟県のがん医療は、地理的な問題から制度的な問題まで、多くの課題に直面しています。しかし当院は、県内のがん患者さんの実に5.5人に1人を診療する(2021年時点)という大きな役割を地域で担っています。
また当院は、医師であり知事であった君 健男(きみ たけお)先生が「これからはがんの時代が来る」と、全国に先駆けて設立を決断した公立のがんを専門とする病院です。その歴史の中で、全国規模の臨床研究グループ(JCOG)の中核を担い、治療ガイドラインを書き換えるような研究成果を出すなど、日本の、そして新潟県のがん医療の発展に貢献してきました。
この歴史と矜持を胸に、我々は「がんで困っている人を助けたい」という強い思いのもと、これからも新潟県のがん医療を支え続けていきたいと考えています。新潟県でがんのことで不安や悩みを抱えている方がいらっしゃれば、どうか1人で抱え込まず、私たちを頼ってください。
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