日本は急激な人口減少とともに超高齢社会を迎えている。そんななか、医療の世界でもさまざまな問題が起こることが懸念されている。これに対し、各地の病院はどのような問題意識を持ち、どんな手を打っているのだろうか。
福島県の浜通り地域で救急救命から緩和ケアまで幅広い医療サービスで地域を支えている、福島労災病院(いわき市)の院長、齋藤 清(さいとう きよし)先生にお話を伺った。
いわき市では、人口増減率が2015~2020年で-2.09%、2020年の高齢化率は32.1%となっています。人口増減率の全国平均は-0.75%、高齢化率の全国平均は28.6%ですから、突出というほどではないにしろ、かなり進んでいるといってよいでしょう。
そして、医師の不足も顕著になっています。同時に看護師など、医師以外の医療スタッフも不足しています。そもそも福島県は、人口10万人あたりの医師数がワースト5に迫る勢いで少なくなっています。中でもいわき二次医療圏を含む県南地域、双葉町あたりまでの海岸沿いでは、医師をなかなか確保できない状態となっています。
理由として、福島県内の医科大学が県北の福島市にある福島県立医科大学のみであるということが挙げられます。同大学は毎年約130人の卒業生を送り出していますし、県内で医師として就業する割合も少なくないのですが、それでも需要を十分に満たせてはいません。福島県立医科大学のある福島市からいわき市までは車で2時間程度かかるため、医科大学に医師の派遣を依頼してもなかなかかなえられない状態です。そこで当院では首都圏の大学からも医師を派遣してもらうことで医師不足を補っていますし、当院から徒歩数分の場所にあるいわき市医療センターでは東北大学など県外の大学からもなど県外の大学からも医師の派遣を受けているそうです。医療スタッフの採用についても、我々はさまざまな民間業者に依頼するなど手を尽くしていますが、十分とはいえません。
医療の担い手が足りないと、患者さんに対応できる数も少なくなってしまいます。現在、心疾患や脳卒中といった即時の対応が求められる病気に関してはいわき市医療センターが中心となって懸命に対応しています。決して充足しているとはいえませんが、何とか持ちこたえている状態です。いわき医療圏には独居の高齢者も多く、整形外科の需要も多くなっています。こちらも同様に、ギリギリの状態が続いているといってよいでしょう。
いわき医療圏で医師不足が顕著な診療科としては、呼吸器内科、糖尿病内科が挙げられます。特に呼吸器内科は、いわき市全体で専門医が不足しています。したがって、この地域の患者さんは普段はかかりつけの内科のクリニックへ行き、状態が悪くなれば当院や、重症の場合にはいわき市医療センターで治療を受けている状況です。
医療スタッフの不足は、いわき医療圏ではかなり前からの課題でした。これに対し我々は、限られた医療資源を有効に使うために医療機関が互いに連携して対応するという現在の国の方針である「地域医療連携」を先取りして対応してきました。いわき医療圏において医療機関同士の連携・懇親を目的とした「病院協議会」が設立されたのは2011年でしたが、実はそれ以前からもこの地域では病病連携、病診連携を個々に進めていたのです。
病院協議会ができたことで、医療機関同士の横のつながりはさらに強化されました。現在は、普段の診療をかかりつけの診療所、三次救急(一刻を争う重篤な患者に対する救急医療)をいわき市医療センターが担い、その間を当院のような二次救急(手術や入院が必要な重症患者に対する救急医療)に対応する病院がつなぐという受け持ち分担がすでにできている状況です。
病院協議会がこの連携、分担に果たしている役割は、たとえばどこかの病院で医師が急病になった際、ほかの医療機関からヘルプに駆けつけるといったことが普通に行われていることからも分かっていただけると思います。ほかにも協議会では、救急医療フォーラムなど医療に関する最新情報を共有するための勉強会を定期的に開催しています。また、協議会は医師会や行政から全面的なサポートを受けており、いわきの地域医療を支える大きな力になっているといってよいでしょう。
医療スタッフ不足の解決のためには、未来の地域医療を担う人材の育成も欠かせません。非常にスパンの長い話になりますが、いわき市では医療職に興味のある中学・高校生を対象にトークイベントや懇親会を開く、各学校に出張して病気や医療に関する説明会を開くといったアピールをしています。また福島県立医科大学の新入生に対して、行政が「医師になったらいわき市に来て」といったキャンペーンを行ったこともありました。地道な活動ではありますが、少しでも効果があればという思いで行っています。
日本人の主な死因をみると、1位ががん(悪性新生物)、2位が心疾患、3位が老衰、4位が脳血管疾患、5位が肺炎となっています。福島県でもその順位は変わりませんが、心疾患、脳血管疾患の全死亡者に占める割合が全国平均より高くなっています。
理由としては塩分の摂取が多いこと、冬の寒さの影響、糖尿病など生活習慣による基礎疾患を持つ人が多いこと、喫煙率が高いことなどが考えられます。塩分摂取量など食生活については、注意喚起を続けてきたこともあり改善されてきたのではないでしょうか。後者の2つについては引き続き注意を呼びかけています。
現場にいる医師の目からみると、いわき市とその周辺では「定期的に健康診断を受ける」「不調を感じたときは、すぐに病院にかかる」といった健康意識が低いように感じられます。死亡率を引き下げるには、そもそも病気にかからないようにする予防医療や、病気の早期発見・早期治療が重要です。そのためには、病院に対する苦手意識を少なくするような啓発・広報活動を進める必要があると考えています。
病院に足を運ばなくても診察を受けられるオンライン診療の導入も、有効な手段かもしれません。近年は高齢者でもスマートフォンを使う人が多くなっており、オンライン診療のやり方をきちんと説明できれば、高齢者でも問題なく利用できるのではないでしょうか。
先述の死亡原因ランキングで上位に入っている心疾患や脳血管疾患は、一度治療を行って命が助かっても、生活習慣を改めないと再発することが少なくありません。手術をして生命の危機を免れたら終わりではなく、患者さんが自宅に戻ってからも、かかりつけ医や介護スタッフと連携し、継続したケアが必要です。そのためには我々医療者が、急性期医療だけではなく在宅療養や緩和ケア、人生の最終段階における医療(終末期医療)などまで含めたトータルな医療サービスを考えていかなければなりません。
それこそが患者さんの生活に密着した医療であり、その実現のためには医療機関の枠を超えた地域連携が必要です。
医療における地域連携という点で、福島県は他県より進んでいると考えています。
東日本大震災で福島県は、原子力発電所の事故という未曾有の事態を経験しました。震災後の停電が続くなか、県民は誰もが大変な思いをしたことでしょう。医療機関も、規模や得意分野の違いを超えて互いに協力しなければ、どうにもならないような状態でした。地域内、県内では治療ができず、首都圏の医療機関に送り出した患者さんも少なくありません。当院では2024年現在も政策医療として、福島第一原子力発電所の作業員に対する健康診断を行っています。これも福島県という地域ならではの状況でしょう。
それだけでは終わらず、ようやく復興という時期に訪れたコロナ禍。しかしその経験から、地域として手を取り合って乗り越えるというネットワークができた、福島県全体が変わったという実感があります。医療スタッフの不足や地域全体の健康意識など課題は多々ありますが、1つの病院でできないことでも、さまざまな医療機関、行政、そして地域住民の方々と連携し協力することで、よりよい方向に進んでいけるのではと考えています。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。