高齢化社会やライフスタイルの変化によって、医療の幅は広がりつつある。その中で限られた医療資源を有効に活用するため、医療機関同士の役割分担がますます重要視されている。また、多様化する地域の医療ニーズに対応するため、各医療機関で医療を提供する体制の見直しも必要となってくるだろう。それぞれの医療機関は、このような多岐にわたる課題をどのように乗り越えていけばよいのだろうか。
武蔵野赤十字病院(東京都武蔵野市)の院長を務める黒崎 雅之(くろさき まさゆき)先生に伺った。
現在の日本で、地域共通の医療課題として挙げられるのは次の3点です。
当院ではこの3つの課題の解決に向けて積極的に取り組んでいます。1については救急や高度な医療を担当し、2については高度専門的医療や、合併症がある妊婦さんへの周産期医療や低侵襲手術に対応し、3についてはがんゲノム医療を開始しました。
それぞれの課題と、それに対して我々医療機関がどのような対応をすべきか、当院は具体的にどのように対応しているのかを順番に説明したいと思います。
まず、第1の課題である医療機関同士の役割分担については、基礎疾患の合併症があるご高齢の方の増加を視野に入れる必要があります。現代では、1つの医療機関だけで全てに対応するのは現実的ではありません。そこで、多くの地域で初期診療を担うクリニックとより高度な医療を提供する病院が密接に連携し、まずはかかりつけ医を受診することでスムーズに専門治療を受けられる仕組みが構築されています。
また、病院でより高度な診療を受け、その治療が終わったら、急性期病院、回復期病院や慢性期病院、介護リハビリテーション施設やかかりつけ医のもとで治療を継続する、という流れも非常に大きなポイントとなります。
この流れに従い、当院では救急の患者さんを受け入れるとともに、近隣クリニックからの紹介を中心とした完全紹介予約制を採用して急性期医療と専門的な医療に注力しています。そのうえで地域の医療機関の役割分担に沿って、当院での診療によって病状が安定した患者さんや療養が必要な患者さんには、急性期、慢性期、回復期病院、かかりつけの先生のところへ早期にかかっていただいています。
とくに後者については、地域の医療機関とともに流れをしっかり確立すべく力を入れて進めているところです。近年、多数の随伴疾患を有する高齢者が救急車で搬送されるケースが増えています。たとえば当院に緊急入院された患者さんの診断と治療方針が決まり、当院と連携協定を結んでいる医療機関で見ていただける病状の場合には急性期転院をしていただき、そこで治療を受けられる仕組みを作っています。現在、当院と急性期転院の協定を締結していただいている医療機関は17あり、誤嚥性肺炎、手術を必要としない骨折、尿路感染、心不全など、それぞれの医療機関の得意分野に合わせ、当院で初診してから3日以内に病状が落ち着いた患者さんを受け入れていただいています。これだけスムーズに転院が進むのは、患者さんやご家族のご理解があることと、当院の医師と転院先の先生が直接電話で相談して転院を決めているからだと考えています。
このような医療の役割分担は、地域住民の健康を守るために国が進める地域医療構想に基づいて整備されたものです。一部では大規模な病院が初期診療を避けているとの誤解があるかもしれませんが、必要な医療を適切に提供するための役割分担であることをご理解いただければと思います。
次に、第2の課題として、多様化する医療ニーズへの対応が挙げられます。上述した通り多数の随伴疾患を有する高齢者に対する救急医療も重要な課題ですが、そのほかにもたとえば、近年は高齢で出産する方が増え、それに伴い合併症を持つ妊婦さんも増加しています。
こうしたハイリスク出産では、産科だけではなく、さまざまな診療科がそろう総合病院で出産する方が母子ともに安全性を確保しやすい場合があります。
しかし、対応できる医療施設は十分とはいえない状況です。また、近年、無痛分娩のニーズも高まっていますが、設備投資のコストや麻酔科医の不足といった理由から対応可能な施設は限られています。当院ではこれらのニーズに対応するために十分な体制を整備しています。
近年増加しつつある医療ニーズとしては、より低侵襲な手術も需要が急増しています。手術後の身体的負担を軽減するロボット支援手術は、多くの病院で導入され、適用される診療科や疾患の種類も広がっています。当院では、手術支援ロボット“ダヴィンチXi”を活用していますが、症例数が増加し稼働が追いつかない状況です。そのため、病棟のリニューアルに合わせ、2台目の導入を予定しています。
このように、地域ごとの医療ニーズは多様化しています。医療機関には時代の流れに合わせた柔軟な対応が求められているのです。現状のニーズをいち早く察知し、対応を検討することが重要だと考えています。
最後に、第3の課題である新しい医療への対応についてです。新しい治療法は、その性質上、準備に時間がかかるため、迅速な治療提供に結びつきにくいという問題があります。
たとえばがん細胞の遺伝子を解析して治療法を検討する「がんゲノム医療」は、2019年6月にがん遺伝子パネル検査が保険適用となったことで普及が進んでいます。この医療では患者さんごとにより適した治療法を選択できる可能性が高まりますが、専門的な医療体制が求められます。
この問題に対しては、国や各地域のがんゲノム医療を担う医療機関で解決に向けた取り組みが進められています。当院での例となりますが、外部の医療機関と連携していたエキスパートパネル(がん遺伝子パネル検査の結果に基づいて治療方針を決める会議)を2024年10月から院内で完結させ、がんゲノム医療を迅速に行えるような体制を構築しました。
医療を取り巻く環境は日々変化しています。
今後も各地域で十分な医療体制を維持していくには、医療ニーズを正確に捉え、体制を柔軟に変えていく姿勢が必要となるのではないでしょうか。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。