いわき市医療センター 病院事業管理者 新谷史明先生
我が国では長く少子高齢化が課題となっているが、現状は決定的な対策を打てていないままといえるだろう。これに対し、各地の医療機関では現状をどのように捉え、どんな対策を講じているのだろうか。
1950年の設立以来、福島県いわき市の中核的な病院として地域の医療サービスを支えるいわき市医療センターの病院事業管理者、新谷 史明(しんや ふみあき)先生にお話を伺った。
現状、はっきりと見えているいわき市の課題は2つあります。1つは医療人材が少ないこと。もう1つは健康診断の受診率の低さです。
医療人材不足については今や全国の地方都市に共通する課題ともいえますが、特に東北地方はどの医療機関も医師や看護師の不足に悩んでいます。たとえば当センターには約140人の医師が在籍 していますが、診療科によっては常勤医がいない科もあり、限りある医療資源のなかで患者さんに真摯に向かい合っています。
また、新型コロナウイルス感染症過渡期には、当センターに呼吸器内科の常勤医がいませんでした 。そのため新型コロナウイルス感染症が蔓延し、市から患者さんの受け入れを要請された際、どのように対応すべきか苦慮しました。地域の中核的な病院として当然患者さんを受け入れたのですが、その際は救急部が中心となって診ると同時に、地域内の病院、診療所にも協力をお願いして対応しました。
医師が足りないことについては、人口そのものが減ってきているのだから当然だと思う方もいることでしょう。しかし、たとえば少子高齢化でお子さんが少ないから小児科の医師が必要ないかというと、そんなことはありません。妊娠・出産する方が少なければ、産婦人科をなくしてよいというわけでもありません。地域にお住まいの皆さんが等しく医療を受けられるようにするには、医師不足を解決する必要があります。
医師不足、診療科の偏在への対策として、まず大学から医師を派遣してもらうことが考えられます。しかし、現在は大学自体にも人的な余裕がないのが実情です。
そういった状況のなかで改善策をとるとしたら、いわき市に就職しようと考える医学生を増やすことでしょう。そのためいわき市では、福島県立医科大学と協力して地域医療セミナーを行っています。2泊3日で市内の医療機関を巡り、現場の医師や患者さんと交流したり、いわきの街や食の魅力を感じてもらったりするイベントです。参加することで大学での地域医療実習の単位も認定されるため、非常に人気のあるセミナーとなっています。
また、医療の仕事を目指す若者を増やすための取り組みとして、医師や看護師が県内の高校を訪れて医療職の現状ややりがいを語ったり高校生の疑問に答えたりといった交流をしています。非常に地道な活動ではありますが、その結果として医学部進学を決めた生徒も出てきており、やはり教育は大切だと改めて感じました。
当センターでは小学生や中学生を対象に、手術支援ロボット「ダビンチ」や腹腔鏡(ふくくうきょう)を使った模擬手術体験イベントも開催しており、参加希望者が多すぎて毎回抽選になるくらいです。そういった状況を見ても、医療職を志す人材を取りこぼさない環境を整えることが重要なのではないでしょうか。
もう1点、いわき市特有の課題として、生活習慣病の患者さんが多いことが挙げられます。心血管疾患や脳血管疾患の死亡率も高く、病気によって日常生活が制限されることなく過ごせる期間を示す“健康寿命”は、福島県内の13市の中でもワースト1となっています。
東北地方は、喫煙率の高さ、食生活での塩分摂取量が多いこと、冬期の積雪による運動不足などから、生活習慣病の罹患率が全国平均より高い傾向にあります。そのなかでもいわき市の健康寿命が目立って短いのは、生活環境が関係しているのではないでしょうか。
いわき市は福島県全体の約9%を占める広大な面積がありますが、公共交通機関が充実していません。JRは通っているものの駅から延びるバス便が少ないため、圧倒的に自家用車の保有率が高い地域となっています。肥満率の高さは自家用車使用による運動不足が原因の1つに挙げられるのかもしれません。
生活習慣病の予防には健康診断が大きな役割を果たしますが、いわき市は健康診断の受診率が低く、医師会ぐるみでの啓発活動により大幅に改善したものの、まだ十分ではありません。生活習慣病に特化した特定健康診査の受診率を見ると、2019年のデータでは全国平均が37.88%、福島県平均が42.92%のところ、いわき市は33.96%となっています。
医師会としても健診を受けるようアピールを行っているのですが、人の意識を変えるのは非常に難しいことです。そもそも自分は元気だと思っている人に、健診へと意識を向けてもらうのは容易なことではありません。
そのため、各医療機関でも積極的にイベントや公開講座などを開催して、病院を「気軽に足を運べる場所」にすることが大切なのではと感じています。ホームページやSNSでの情報発信も行い、親しみをもってもらうことも重要でしょう。当センターでもメディカルフェスティバルを実施し、飲食物の露店やフラダンスショー、落語、薬剤師による調剤講座などの催しを楽しんでもらいました。催しは非常に盛況だったので、手応えを感じています。
少子高齢化によって、今後は医療人材の確保がますます困難になっていくでしょう。地域住民の方々が医療環境の変化に対応していくには、病気になってから病院にかかるのではなく、そもそも病気にならない工夫をすることが大切です。
私たちも公開講座や講演、広報誌などさまざまな形で、予防医療の大切さを訴えていきたいと思っています。まずは病気にならないこと。なってしまったら病気と適切に向き合うこと。そういった健康リテラシーの向上を図るためには、市と医療機関が協力して取り組む必要があると感じています。
コロナ禍の際には、行政と市内の医療機関、医療従事者が連携して役割分担し、なんとか窮地を乗り越えることができました。ホテルに宿泊している軽症者は日本看護協会のOGの方々が看護し、当番の医師が診て症状の悪化が見込まれる場合はすぐに中核的な病院に移送するといった体制が、上手く機能したといえるでしょう。同様の体制がほかの分野でも導入可能なのでは、と手応えを感じました。
2025年4月からは、病院協議会が中心となり、市内の救急体制の見直しを図りました。ただどんなサービスであっても、実際に利用する地域住民の方々の協力がなければ上手く回っていきません。文字どおりいわき市の全てが一丸となって、課題に向き合っていきたいと考えています。
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